第22話

 その後、デミゴッド社から正式にマンドレイクという内部組織が承認された。主にトイローズが関わる拉致や誘拐をギリギリのところで抑えるという役割である。マンドレイクの裏にデミゴッドが付いていることは伏せてある。郎一郎があのときサングラスの男に話した作り話になぞって、金髪の少年率いる謎の組織ということになった。

 そういえば、レン救出作戦の後すぐに統治代表ティナムイール・ウォルが緊急会見を開き、トイローズを名指しで撲滅すると宣言した。まるでおれたちの動きをすぐ後ろで見ていたかのようなタイミングだった。

 デミゴッド研究チームは、すぐに郎一郎の義手を製作した。脳波をデータ化しBIMと同期させ、その指示を義手に送信することで思いのままに動かせる画期的な義手が完成し、郎一郎はご満悦のようだった。

 マンドレイクとしての活動は思ったよりも活発になり、たくさんのトイローズ被害者を救った。トイローズの手先たちは、やはりサングラスの男のような、戦闘に特化した者を最低一人は配置しており、おれたちは武器を持つことを余儀なくされた。しかし表立った戦闘行為は禁止されているので、極力相手の武器を無効化するための武器を所持することが多かった。

 相手が所持している武器が銃ならば、鉄と火薬に反応し密着する性質の特殊な粒を圧縮した手榴弾を使う。これなら相手の注意を惹くこともでき、油断する。そして爆発とともに大量の粒が舞い、銃にまるで磁石のように張り付く。これで高確率で銃の機関部に入り、機能しなくなる。そのような特殊な武器をたくさん開発させ、おれたちは暗躍した。

 リーゼントの柔軟で的確な作戦と、クレナイの並外れた情報蒐集能力、郎一郎の言葉巧みな心理術、正人の並外れた破壊力、統率の取れた兵勢。全ての要素がバランスよく混ざり合い、いつのまにかマンドレイクは裏の世界で一躍有名となった。

 そんなマンドレイクの建前上のボスであるおれは、昼はかすみの家に通い、夜は戦場に出る。そんなことしているのを、かすみは知らない。知らせるわけにはいかない。知ったことによって危険が及ぶ可能性があるからだ。それに、おれがそんな危険なことをしていると知ってしまったら、きっと毎日心配するだろう。心配しすぎて睡眠時間が減り、かすみが倒れてしまう可能性だってある。だから、絶対にかすみの知るところになるわけにはいかないのだ。

 そんなこんなで夏が過ぎ、レンは大阪へ戻った。

 秋はかすみとたくさん美味い物を食べ、たくさん出かけていろんなことを一緒に経験した。

 冬には念願の温泉旅行へ行った。かすみと二人で入る混浴を楽しみにヨダレを垂らしていたのだが、混浴場には裸を見る目的のジジイで埋め尽くされており、おれだけのかすみの裸をそんなジジイたちの目の保養にされるのを許すわけにはいかず、結局男湯女湯に分かれて入ることになった。それでも、かすみと過ごす時間がとても幸せで、ずっとこのまま永遠に共にいたいと切願した。

 クリスマスには二人でおしゃれなレストランを予約し、そこでプレゼント交換をした。おれはかすみに赤く輝く宝石が埋め込まれたネックレスをプレゼントし、かすみは、裏に〝K to R〟と刻印された指輪をくれた。去年のおれがかすみに贈ったというリングと同じものだった。

 そして来た大晦日。おれはかすみが作る至極の雑煮を飲み干すと、帰り支度を始めた。

「ねぇ、どうしても帰っちゃうの? 一緒に年を越そうよ。一緒に初詣行きたいよぉ」

 口を尖らせ、玄関で靴を履いているおれの背中をつまんで、せがむように言った。

「ごめんな。大事な用があるって、親父に呼び出されてんだ。その用が済んだら直接ここに帰ってくるから。だから、少しの間だけ待ってて」

 そう言っておれはかすみを抱き寄せ、かすみの柔らかな唇に自分の唇をおし当てた。うっとりとした表情のかすみの耳元で「大丈夫、すぐに帰ってくるからね」と囁き、扉を開け外に出た。

 もちろん、親父に呼び出されているのではなく、マンドレイクに出動要請がかかったからだった。トイローズによる誘拐現場を目撃した人間からのタレコミがあったと、クレナイが報告していた。現場は繁華街から少し離れた公園。かすみと夜景を眺めたあの高台の公園だった。おれたちは一度高台の公園に集合し、そこでリーゼントの作戦を聞くつもりだった。

 十一時五十分。おれは高台の公園で正人と合流し、公園内中央の東屋へ向かう。東屋の周りにはすでに他のメンバーたちが到着しており、東屋の中にリーゼント、クレナイ、郎一郎が座っている。

 おれたちも東屋内に入り、腰かけた瞬間だった。

 目の前にノイズが走り、大きく景色を分断した。その切れ目から灰色の砂嵐のようなものがうねるように溢れ出した。

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