第17話

 あの後、おれは廃倉庫へ向かうように指示を出し、人目に触れないところでマスクを脱ぎ、素知らぬ顔でプレイヤーたちに加わった。

 プレイヤーたちの参加表明はおれの誘導によって得られたが、プレイヤーたちは自ら参加の決意をしたと錯覚している。それによって、戦いへの意欲は増幅され、試行錯誤しようと参加的になる。

 早速、一人のプレイヤーが静かに口を開いた。

「中のつくりや、敵の位置、敵の人数が把握できていない以上、むやみに突っ込むのは危険じゃないか? Xはどこにいったんだ? 肝心な作戦指示はしてくれないのかよ」

 口ピアスをつけた男がそう呟いた。

「人数はわからねぇが、おれ、昔この工場に入ったことがある。ガキの頃、秘密基地を探してて、忍び込んだんだ。中は特に込み入った造りにはなってなかったぜ。コンテナが適当な間隔で置かれてて、倉庫内の左端にはロフトみてぇな二階に通じる階段がある」

 スキンヘッドの目つきの悪い小柄な奴がそう言った。

「よし、なら簡単な作戦を立てよう。班を四つに分ける。突入班は全体の半分の三十六名だ。腕っぷしに自信があるやつは前に出てくれ」

 筋肉質で長身のリーゼントの黒髪の男がそう言った瞬間、全員が前へと出た。

「まぁ、そうなるよな。よし、なら左から三十六人が突入班だ。おれを含め残りの三十六人を十二人ずつ三班に分ける。まずは救出班だ」

 そう言ってリーゼントの男は左から十二名を選んだ。その中には須藤とおれが入っている。

「あとは人身売買組織制圧班と、敵が逃げないように出口を塞ぎ相手を抑える後衛班。後衛班は臨機応変にバックアップに回ってくれても構わなねぇ。ただ、この倉庫から誰一人逃さないでくれ。突入班の中の一人は連絡役として、ある程度時間が経ったら倉庫内の状況、敵の人数などの報告に戻ってきてほしい。そうだな……」

 リーゼントの男が、その連絡役を選ぼうとした瞬間、後衛班の男が口を開いた。

「いや、連絡役が報告に戻る必要はないぜ。誰かこん中にナリフィケーサーをインストールしているやつはいるか?」

 その男は長身で、紅色の長髪を後頭部で結っている。鋭く尖った目に刃物のように鋭利な鼻。ニヤリと笑う口元から異質なオーラが放たれている。

「ナリフィケーサーって、他のAR・VRゲームの拡張機能アプリの、あのチートプログラムのことか?」

 リーゼントの男が大きな肩を大きくすくめ、少しバカにしたような様子で訊いた。

「その通りだ。今まであのアプリは、ゲームのためのチートプログラムだったが、今回のアップデートで、ある特殊な機能が秘密裏に加わった。それはジャミングシステムを〝無効化〟できるんだ。だからナリフィケーサーを使えば、この倉庫内でもやり取りができる。通信役を戻らせる必要はなくなっただろ?」

 別段得意ぶるわけでもなく、赤髪の男はリーゼントの男に説明した。

 正直、おれは驚いていた。ナリフィケーサーのアップデートを配信したのは二日前。たった二日でジャミングを無効化できる機能に気がつく人間がいただなんて、信じられなかった。

 ナリフィケーサーはデミゴッド社製の一般流通しているチートアプリだ。ジャミングに感化されない特殊なプログラムの開発に成功した研究チームに要請し、密かにナリフィケーサープログラムに追加させたのだ。おそらくこの事実が明るみになると、デミゴッド社には刑罰が科せられるだろう。

 しかし、なぜそんなリスクを負ってまで実行に移したのか。それはおれの中の、ある猜疑心によるものだった。

 統治代表ティナムイール・ウォルは一体何者なのだということだ。

 世界で最も軍事力の高いアメリカやロシアが一切反発することなく統治を受け入れた。国の政権をあっさりと委ねた。それはとても考えにくい。あるいは統治代表のバックにはアメリカが付いており、裏で世界を操っているとも考えられる。だとすれば、アメリカが有利になるよう指示を出しているはずだ。しかし、今や貧富の格差は一部を除いて平等に等しい。そんな統治代表政権の真相を掴むための、何らかの手がかりになるのではないかという理由でアップデートした。

 デミゴッド社は表向きでは統治代表を支持しているが、裏社会組織としてはこの世界で一番、統治代表を疑っている。父である川津剛二郎が諜報員を集めるようにおれに指示を出している。今回の戦いが良いサンプルになれば幸いなのだが。今はレンの安全が最優先だ。

「おれ、インストールしてるぜ。あんたは後衛班だから、救出班の状況報告はおれが担うよ」

 本来は目立たずにいようと思っていたのだが、おれは正直、この赤髪の男が何者なのか知りたかった。すると相手はおれに右手を差し出し、こう言った。

「あぁ、よろしく頼むぜ。おれは呉内くれうち隼、クレナイって呼んでくれ」

「おれは川津凛太。凛太でいいぜ」

 おれはクレナイの手を握り、顔を見上げて力強く視線を合わせた。どこか異質な存在のクレナイにとてつもない可能性を感じた。

「よし、なら凛太といったな。お前は突入班へ一時的に加わってくれ。お前の報告を元に各班を突入させる。その後、救出班に合流し、人質の救護に当たってくれ」

 リーゼントの臨機応変な作戦に柔軟さを感じ、この男もクレナイとは違う別の素質を感じる。このチームはもはや最強ではないかと錯覚したおれは、ゆっくりと頷いた。

「なら早速、殴りこみだぁ。突入班、準備!」

 リーゼントのその投げかけに、突入班は一斉に戦意を奮い立たせ、リーゼントの号令により倉庫の扉を破り突入が開始された。

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