第18話

 倉庫内にはスキンヘッドが言っていた通り、いくつかのコンテナが無造作に置かれており、倉庫内のダチュラメンバーが素っ頓狂な表情でこちらに視線を向けている。

「ウオォラァ、殴りこみじゃい!」

 大柄で獣のような突入班の男が、おれの肌にまで鳥肌を立てるような怒号を発した。その声を追いかけるように突入班が次々と殴りかかる。おれはその様子を戦闘に混じりながらじっくりと観察していた。倉庫内に入ったときの敵の人数は三十人ほど。突入して五分経った今、数は増えてはいない。むしろ減ったように感じる。ということは、この混乱に乗じて数人が幹部に報告をしに行った可能性がある。と、そう思ったとき、二階へと通じる階段を駆け上がる二人の男の姿が目に入った。階段はここからだとコンテナに隠れ死角となっていた。

「クレナイ、聞こえるか? 突入班は持ちこたえれそうだ。でもダチュラの二人が階段で二階へ逃走。おそらく二階にいる人身売買組織幹部に報告に行ったんだと思う」

 クレナイはおれの言葉を復唱してリーゼントに伝えているようだった。

「凛太、すぐに後衛を除く残りの二班を突入させる。制圧班と救出班に合流して二階へ移動。それぞれの役割に分かれて任務続行とリーゼントが言ってる。増援が欲しけりゃ、いつでも言ってくれ」

「了解。ありがとよっ」

 おれは突入班を離脱し、即座階段の前へと向かった。コンテナの角を曲がると、おれを待ち伏せていた伏兵が角材でおれに殴りかかってきた。それを間一髪で避け、お辞儀をしたような体制になった敵のみぞおちにつま先を力一杯ねじ込んだ。敵は地面に倒れこみ、悶えている間に再びつま先で相手の顔面の中心を蹴り上げた。糸の切れたマリオネットのように、静かになった。

「ほぉ~。小さな体でなかなかやるねぇ。動きに躊躇がない。それに冷静だ」

 背後から突然投げかけられた言葉に、一瞬防御態勢に入ったが、それが制圧班だとわかり、体を楽にした。

「いやいや、こいつらが弱すぎんだよ。あんた制圧班だろ? おれは凛太だ。あと、救出班にいるでっけーオールバックのバカが腐れ縁の須藤だ」

「よろしく、凛太。僕は郎一郎ろういちろう、一応、この制圧班の指揮を任された」

 まさかダチュラをプレイしていただなんて思えないような上品な佇まい。サラサラの黒髪に真っ白な肌、優しそうな表情とは裏腹に憂いを含んだ声。身長もそう高くなく、おれより少しだけ歳上に見えた。

「凛太、先を急ごうぜぇ。レンさんを助けるのがおれたちの役目だろぉ?」

 須藤が最もなことを言ったので、少し腹が立ったが、おれたちは先を急いだ。

 簡素な合板造りの階段を駆け上り、目の細かい網目状の鉄の床を走る。通路は遠くに見える扉につながっているようで、その扉の先に幹部たちやレンがいるのであろう。

 扉の前までたどり着き、須藤がドアノブに手をかけたのを郎一郎が制した。

「待って、何か罠が仕掛けられてるとも言えなくはない。念には念を」

 そう言って郎一郎は身振りでおれたちに指示を出した。全員、両サイドの壁に張り付き、郎一郎が靴の底でドアノブをゆっくりと回した、そのとき。扉の中心より少し上の箇所が、爆発音とともに貫かれた。郎一郎が須藤を止めていなければ、須藤の胸には大きな穴が空いたことだろう。衝撃によって壊れた扉がゆっくりと開き、中から男の声が聞こえてきた。

「何が目的か知らんが、死にたくなかったら大人しく降参しろ。こちらには商品という人質がある。降参しないのなら、商品を壊し、お前らも壊す。さぁ、どうする?」

 寄せ集めの軍団、顔を合わせるのも初めて。敵の人数、倉庫内の間取り、敵の装備。何にも把握できていないおれたちに、これ以上の作戦なんかない。このまま降伏すればレンは助かる。でもおれたちはおそらく殺される。もしおれが死ねば、かすみはきっと悲しむ。かすみが悲しめば、レンは自分を責める。二人の絆にヒビが入ってしまう。それではなんの意味もない。だから、おれにはレンを無事救出する以外に道はないのだ。

 ふと向かい側の壁にいる郎一郎と目があった。彼はおれの顔を見るなり、にっこりと優しい笑顔で立ち上がり、両手を上げながら部屋の入口の前に立ちはだかった。

「ん? 降参すんのか? しねぇのか? どっちなんだ?」

 そう、中の男に訊かれた郎一郎はおそらく笑顔を保ったまま話した。

「降参するのはするのでいいんだけど、それだけじゃ面白くないだろ? 僕たちだってこんなこと好きでやってるわけじゃないんだ。ある組織に雇われてやってるだけなんだ。だからさっ、僕の知っている情報を話す代わりに、殺すのだけは勘弁してくれないかな?」

 何をわけのわからないことをやってるんだ! と心の中で叫んだ瞬間、おれのナリフィケーサーに新着情報が届いた。それは郎一郎の視覚情報だった。

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