第16話
中央公園に着くと、須藤はすでに到着していたようで、おれを見つけるなり大声で名前を呼びながら手を振った。
そんな須藤の元まで早足で向かい、軽く顔を叩いて、人の少ない場所に移動した。
「落ち着いて聞けよ、須藤。何があっても大きな声を出すな。いいか、レンがダチュラに拉致された」
おれが小さな声で耳打ちし、念を押したにもかかわらず、須藤は頓狂な声で叫んだ。
「エェェェェェェェェ!」
「デケェ声だすなつったろう。だからこれからレンの救出に向かう。レンに許してもらうためにも、手伝ってくれないか?」
「もちろんだっ。レンさんに許してもらえるんなら、ダチュラの一つや二つ、消滅させてやるよ」
力強く握り締めた右拳を左の手のひらに打ち込み、気合が入った表情でニヤリと笑った。
おれは作戦を伝えた。本家ダチュラにクエストの通達をし、本家と分家が争っている間にレンを救出する、と。
「早速、公園に集まったプレイヤーに呼びかけしよう。おれは素性がバレたくないからこのマスクをかぶって事情を説明する。お前はおれとの関係性がバレないようにプレイヤーに混ざっててくれ。頼んだぞ」
「ガッチン承知だ!」
「それもいうなら、ガッテンだろ?」
「おう、それそれ。あとよ、凛太ぁ。父ちゃんは元気か?」
須藤がいう〝父ちゃん〟とは、おれの父親を指しているのではなく、須藤の父親、須藤健人を指している。
そもそもおれと須藤は幼馴染なのだが、川津家の執事をしている須藤の父親・健人さんは、おれを育てなければならないという理由で、自分の息子である須藤とあまり関わらなかった。たまに健人さんが須藤を家に招き、遊んだこともあったが、父親を奪われたという意識からか、小学校を卒業し、中学に入学した頃からおれへのちょっかいが始まり、今に至る。なので、おれがデミゴットの御曹司ということを須藤は理解しているのだ。
「あぁ、健人さんはいつも通りだ。どうしたら健人さんの遺伝子からお前みたいな奴ができたのかが不思議でたまらねーよっ」
「おれはかーちゃんに似たんだよ。さてっ、行くとすっか。レンさんにこれ以上心細い思いをしてもらいたくねーからな。あとよ……悪かったな。父ちゃんを取られたって思って今までお前にちょっかい出してよ。器が小さかったなって、今になってそう思うぜ。凛太は凛太なりにもがいてたのによっ。じゃっ、また後でなっ」
そういって、公園内へと姿を消した。
須藤の意外な言動に少し戸惑いを感じながらも、おれは早速マスクを被り、電源を入れた。問題なく作動しているようで、マスク内には外の映像が鮮明に映し出されている。試しに声を出してみた。問題なく中年の男の声で話すことができた。
ダチュラプレイヤーが集まっているであろう、噴水庭園を覗くと、予想をはるかに上回る人数が集まっていた。ゆうに百人は超えるだろうプレイヤーたちは、事前に知らせておいたクエスト内容に気を高ぶらせているようで、強面の筋肉質な男たちは口々に分家ダチュラを罵る言葉を発している。
おれは噴水の壇の上に立つと、マスクの拡声ボリュームを上げ、話し始めた。
「勇敢で公平なダチュラプレイヤーの諸君、初にお目にかかる。私は開発者のXと申す。顔を隠す非礼は詫びる。今日ここに集まってくれた諸君は、ダチュラプレイヤーとしてある一定の成績をクリアした、いわばマスタークラスのプレイヤーだ。そんな君たちに問う。ダチュラプログラムを不正に改造し、そのプログラムを本来の目的以外に行使し、守るべきはずの弱きものを痛めつけ、人権までをも奪い、自らを力あるものと豪語する卑怯な存在は、野放しにしても良いものだろうか?」
おれのその問いかけに、百人を超えるプレイヤーたちは一同に大声を出した。「許すわけにはいかない」「駆逐するべきだ」「この手で潰す」など、分家ダチュラ討滅を肯定する言葉が聞こえる。
「そう、これ以上罪なきものが涙を流すべきではない。柔らかなハンカチで涙を拭ってやろうではないか。暴力組織と化したダチュラの背後には人身売買を生業とする組織が付いている。想像してほしい。諸君の大切な人が拐われ、値段をつけられ、売られ、買われ、どんなことをされるのかを。金持ちの暇つぶしの拷問かもしれない。性的異常者の玩具かもしれない。生体実験として、生きたまま切り刻まれるかもしれない。そんな不条理をのさばらせていいものか? 大切な存在を、守りたくても守る手段すらないなどという矛盾を認知できるのか?」
男たちの怒号は鳴り止む気配すらない。
「今、臨海の廃倉庫で奴らは集まり、人身売買組織への商品を収めようとしている。今回のクエストは奴らを駆逐すること。これ以上、奴らにダチュラの名を名乗らさせない。ただ、これは強制参加ではない。統治代表の就任後、刑法は大きく改変された。それによって、暴行罪には終身刑が適用される。だから、私はその決断を諸君に委ねる。だが、もう一度、さっき私がいったことを思い出してほしい。守りたくても守る手段すらない矛盾の中で、諸君は黙って目を瞑っていられるのかを」
さっきまでの威勢は夏の夜空に消えたようで、静寂が辺りを覆った。そして一人、また一人と、この場から去る者が現れた。終身刑になるかもしれないという不安が、プレイヤーたちを萎縮させてしまったようだ。そんなとき、一人のオールバックの男が他のプレイヤーに問いかけるかのように口を開いた。
「あのよぉ、みんなは覚悟を決めてここに集まったんじゃねぇのかよ? 殴られるって、打ち所が悪けりゃ死んじまうことだってあるんだぜ? そこまで覚悟したんなら今更迷う理由なんてねぇーんじゃねぇか? 何かを守るって、守りきる覚悟って、死んでも守り通すってことだろ? だったら終身刑にビビる必要なんてねーだろ。それに、こっちは悪いやつを懲らしめるっていう大義名分があるじゃねーか」
バカは純粋だと聞いたことがある。須藤は確かにバカだが、この発言はおれの次の発言の布石となり、士気を高めるための着火剤となるだろう。それにプレイヤーたちは今、〝帰るか残るか〟と〝やるかやらないか〟と〝終身刑にビビるのかビビらないのか〟という複数の選択肢に混乱している。人はこういう状態になると判断力が鈍り、決断力が麻痺してしまう。
「その通り。大義名分は得ている。それによく思い出してほしい。終身刑が適応されるのは、一方的な過剰な暴力である。我々の行動は果たして一方的であろうか? 人身売買の商品として拉致された弱き人々を守るため。卑劣な組織を潰すため、それが一方的な暴力と言えようか。こうしている間にも、拉致された人々は恐怖と不安に蝕まれている。今こそ立ち上がるとき。ヒーローになるチャンスを掴むんだ」
そしておれは今、臨海の廃倉庫前にいる。総勢七十二名を引き連れて。
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