第11話
ガチャリという音と共に玄関の扉が開き、凛太くんとレンが帰ってきた。正直、私はとっても怒っている。私にとってはさっき出会ったばかりの女の子に、私の大切な彼氏を横取りされたのだから。それに、言われるがままについていった凛太くんにもちょっぴり怒りを感じている。でもそれは〝怒り〟ではなく〝嫉妬〟なのだと、うすうす感づいていた。
リビングの扉を開け、入ってきた二人に怒りをぶつけようとしたが、凛太くんの顔を見て騒然とした。
「り、凛太くん! どうしたの、その怪我?」
思わず立ち上がった私は、凛太くんに駆け寄った。するとレンが申し訳なさそうに口を開く。
「かすみ……その、ごめんなさい。私が無理矢理連れ出したせいで、街の不良に絡まれちゃって、連れて行かれそうになった私を助けるために、凛太くんが……」
抱いたことのない感情が心の奥底から湧いてくるのを感じた。
理不尽だ。私にとってはレンという存在はただの他人。友情関係なんてない。共有できる思い出なんてない。そんな赤の他人のせいで、私の大切な凛太くんが傷つけられた。こんなに痛々しく腫れ上がった目、ご飯を食べるときにとても痛むであろう口角の傷。どうしてなんの罪もない凛太くんが傷つけられないといけないの?
「ねぇ、どうして? どうしていつも凛太くんばかりが傷つけられなきゃいけないの? どうして凛太くんはレンを守ったの? 私にとって、レンは……」
〝記憶にない、ただの他人〟と、そう言おうとした瞬間、凛太くんは私をきつく抱きしめた。
「それ以上は言っちゃダメだ。レンを責めないでくれ。おれはレンを守りたいと思ったから守ったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、絶望に似た悲しみが私を覆い尽くした。私を抱きしめる凛太くんの体が氷のように冷たく感じる。
「それって、レンのことが好きになったってこと? もう、凛太くんはレンに心変わりしちゃったってこと? もう、凛太くんは私のこと……」
凛太くんの本音を聞こうとすればするほど胸が痛くなる。堪えようとすればするほど涙が溢れかえり、凛太くんの肩にシミを作る。そんな私の頭をそっと撫でながら凛太くんは言った。
「おれはかすみのことが大好きだから、レンを守ったんだ」
「へっ?」
「レンはかすみの親友なんだろ? かすみの大切な人を守れないようなおれじゃない。かすみは一度だっておれに友達の話をしたことがなかった。バイトの仲間ともあまり親交を深めようとしないし、かすみがおれと一緒にいてくれることを選んでくれるのは嬉しい。でも、おれはかすみが同年代の友達との出来事を楽しそうに話してくれるかすみを見てみたい。それに、おれは信じたよ。かすみが聞かせてくれた、去年のおれたちの話。だから、かすみも信じてほしいんだ。記憶にない親友との思い出を」
そう言われ、私は我に返った。
確かに、私の記憶にはレンとの思い出なんかない。でもレンの記憶の中には私との思い出がたくさん詰まっている。きっと楽しいことばかりじゃないと思う。喧嘩したり、笑ったり、泣いたり、たくさんの出来事がレンの頭の中には詰まっている。もしさっき凛太くんが抱きしめてくれていなかったら、私はレンをひどく傷つけていた。もしそうしていたなら、私たち三人の関係は壊れていただろう。レンは私の元から去り、凛太くんは私を蔑む。もしかして……。
「もしかして、凛太くんは全部予想して私を止めてくれたの?」
「ハハッ、もしそうだったとしたらすごいよなっ」
照れ臭そうに目線をずらし、頬を赤らめ、頭をかく凛太くんがとても大きく見えた。私より二つも年下で、まだ私より少し背が低いのに……。
「ありがとう。凛太くんっ」
そう言って優しく彼の頬に唇を押し付け、私はレンの方に向き直った。
「レン、ごめんなさい。私、もう少しでレンを傷つけちゃうとこだった。でも、思い出した。凛太くんはいつだって私を、私の大切なものを守ってくれる。凛太くんは当たり前のことをしたって、きっとそう言ってくれるから、だからお互いに謝るのはもうやめにしよっ。それと、私が忘れちゃったレンとの思い出をたくさん話してほしいなっ」
そう言って私はレンに微笑みかけた。するとレンは一瞬とても悲しい顔をして私に抱きついた。
「うぅ~、かすみぃ~。私、本当はとても悲しかったの。たった一人の親友が、私との思い出を忘れちゃって。私はかすみのことを親友だって思ってる。なのに、かすみには記憶がないから、ただの片思いみたいになっちゃって、共通の思い出がないだなんて、ただの他人だもんね。だからかすみと話すのがとっても辛く感じたの。私とのたくさんの思い出を取り戻そうともせずに、新しい思い出を作ろうなんて言われたら、辛いよぉ、悲しいよぉ。だから、今はとっても嬉しいぉ~、安心したよぉ~、うわぁ~ん!」
レンは私の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。そんなレンの細くて艶やかな髪を撫でながら言った。
「不安な気持ちにさせちゃって、ごめんねっ。凛太くんが記憶を失ってるってわかったときの気持ちを忘れてたよ。私、とても辛かった。でも、それでも凛太くんはもう一度私を好きになってくれた。だから、新しく作った二人の思い出に満足してしまってた。むしろ麻痺してしまってたのかもしれない。だから、レンにも新しい思い出を作ろうだなんて軽々しく言っちゃった。絆と思い出って深いところで繋がってるんだもんね。だから、私たちの絆を私に聞かせてねっ」
「うん~、もうっ今日は徹夜だからねっ!」
レンは私をさらに強く抱きしめる。レンの頭を撫でながらふと視線を凛太くんの方へやると、凛太くんはあたたかな表情で私たちを見守ってくれていた。まるで家族を優しく包み込む父親のように。
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