第10話

 今、おれは自分の身に起きていることを把握しきれていない。

 夕方の繁華街を金髪のハーフ美女に腕を組まれながら歩いている。彼女が可愛いだけに、おれの鼓動は爆発寸前だ。かすみに抱きしめられるのでさえ、今だに緊張するというのに、今日初めて会った女の子にこんなにくっつかれたら、失神寸前だ。

「ねぇ、凛太くん。かすみのどういうところが好きなの?」

「えっ? そ、そ、そのっ。全部っ、そのっ、す、好き……」

「キャァ~っ、かっわいいっ」

 そう言って、レンは更におれの腕を抱きかかえるように組んだ。レンのふくよかな胸がおれの腕に当たる。かすみとは比べ物にならないくらい大きな胸が。少し淫らな気持ちになった自分を力一杯殴りつけたかった。おれにはかすみという心に決めた人がいるんだ。

「そ、その。腕、離してくれないかなぁ? それに、もう帰らな……い? きっとかすみが、そのっ、心配してると思うから……」

「だーめっ。凛太くんと仲良くならなきゃ、夏休みの宿題ができないもん」

「そ、そのっ、そもそもおれ、手伝うなんて一言も言ってないし……」

 そう言った途端、レンは立ち止まり、顔を近づけておれの瞳を覗きこんだ。かすみと出会う前だったら確実に惚れていたであろう、その可憐な顔が触れるか触れないかのギリギリの距離感でおれを見つめる。なぜかずっと息を止めていたおれは、緊張と窒息でみるみるうちに茹で上がってしまった。

「わっ、わかりましたよ……手伝えばいいんだろ?」

 レンは子どものような表情で拳を天に掲げ、「やったぁ」と叫んだ。

 その後、帰宅しようと道を歩いていると、後ろから品のない声で呼び止められた。

「てっめぇ~、確か須藤さんにちょっかい出しやがる、えぇ~何てったっけ? あ、そう! 凛太だっ。いっちょまえに女連れてどこ行きやがんだよ」

 須藤の手下が七人。穏やかではない、女に飢えた表情を浮かべ、皆各々に拳を鳴らしたり、拳で手のひらを叩いたりしている。

 おれに声をかけた男は、小太りの金髪坊主頭。あの日、かすみが怒って路地裏から去った後、須藤たちの報復に遭った。そのときに執拗におれを蹴り続けていた男だ。その男がレンのか細い手を掴み、強引に引っ張った。

「いやっ、やめてよっ、離してっ」

「ウッヒョー、この女、ハーフだぜぇ。スッゲェ可愛いじゃん。おい凛太、おれたちは今からこのかわい子ちゃんと遊ぶことにしたから、とっととけーんな」

 自身の興奮を荒い鼻息という形で表現しながら、レンの顔に顔を近づけた。

 そのとき、おれの頭の中で見たこともない光景が横切った気がした。

 上半身裸の男たちに囲まれた三人の女性。一人は子ども、うずくまる女性、男に羽交い締めにされた黒髪の美少女……その瞬間、とこからともなく憎しみと怒りが、突然噴火するマグマのように爆発した。

「レンに触んじゃねー」

 そう叫び、おれは小太りの男の顔面に飛び蹴りを食らわせた。倒れた際に地面に後頭部を打ち付け、壊れた機械のような音がポッカリと開いた口から流れ出る。

「レン、おれの後ろにいろっ」

「う、うんっ!」

 レンはたどたどしい動きで走ってきた。

 倒れた男を目視した残りの六人が一斉におれに殴りかかる。一人の拳がみぞおちに入り、おれの呼吸を奪う。もう一人の蹴りが、おれの顔面にめり込む。少し地面から浮き上がった状態から、地面に叩きつけられ、倒れたおれに馬乗りになり顔面を殴打する。口角が切れて血が流れる。腫れ上がった片目が視界をぼやけさせる。これ以上の打撃を喰らえば、気を失ってしまいそうだ。

 のしかかっていた男がおれの胸ぐらを掴み、持ち上げた。その瞬間、おれは男の股を本気で蹴り上げた。男の悲鳴で一瞬混乱した残りの五人のうち、一番背の高いやつの鼻に向かって飛び上がり、降下する力を利用して右拳を打ち込んだ。確実に鼻の骨が折れる感触を握りしめ、左足から着地し、右肩を軸にクルリと回り、振り子の要領で右足をふり、飛び上がる。そのまま左足で一人の首めがけて蹴りおろす。同じことをもう一度繰り返し、もう一人の首に打ち込んだ。二人は地面に倒れこみ、痛さに悶えることなく気を失った。

「最後はあんただが、どうする? まだやる? やるんだったらいーぜっ、単純にお前を……殺してやるよ」

 最後の一人は、おれがそう言った瞬間、一目散に悲鳴をあげながら逃げていった。

「凛太くんっ! 大丈夫? 血が出てるよ」

 レンはポケットからハンカチを取り出すと、優しく血を拭ってくれた。「大丈夫……こんなのいつものことだから。それより、無事で何よりだっ」

 そう言って、腫れ上がった顔でレンに微笑みかけた。いつのまにか、レンに対する緊張感はなくなっていた。それは今ふんだんに出ているであろうアドレナリンによるものなのもかしれない。

「ごめんなさいっ、私が凛太くんを連れ出したりしたからこんなことに……本当にごめんなさい」

 悲しい表情で何度も何度も頭をさげるレンにおれは我慢できなくなり、口を開いた。

「謝ってもらいたくて、レンを守ったわけじゃないんだ。また、さっきまでみたいに楽しく笑っていてほしいかったから……だから、謝らないで」

 その言葉を聞いたレンの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。しかし、その涙をこぼすことなく、にっこりと微笑んだ。

「そうだよね。助けてくれて、ありがとう」

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