第6話

「相変わらず君は他国の人に風当たりが厳しいね」


「当然です。私は五年間——」


「東の開拓をしたいのだろう」


 会話を割るように呟かれた言葉に、ハニエルとロゼがグランツに向き直る。


「先に申し上げましたようにブライゼンは東……紛争地域に積極的に軍事介入をしております。あの地域には鉱物資源が多く、恐らくその利権欲しさに地域の安定化を謀っているのでしょう。あの地域には、魔力を持つ者も多い」


「差別撤廃を訴えたのは、東からブライゼンへの反発を抑えるためか」


 意地の悪い笑みを浮かべながらハニエルは腕を組む。


「世界は僕が思うよりずっと賢くて強かだ」


 そう言ったハニエルの声はどこか虚ろだった。

 ヴィクトリアが国交を閉ざしている間に世界は目紛しく変化していき、急速に発展していた。自国を富ませようと統治者たちが知略を巡らせ、腹の探り合いをしている。

 人の欲は尽きない。彼らがヴィクトリアに進行するのも時間の問題だろう。

 ——世界の現実を見て欲しい。

 ふと脳裏にオリアスの言葉が過ぎる。そしてハニエルは、己の無知を痛感したのだった。


「ところでグランツ」


「なんでしょう?」


「君はリ=サナ教団という団体を知っているかい?」


 グランツが息を呑む。まさかハニエルの口からその名が出るとは思っていなかったのだろう。彼はひどく驚いているようだった。


「ハニエル様、どうしてあなたがそれを?」


 他国からの情報が入るとはいえその数は限られている。新ヴィクトリア王国は基盤が閉鎖国家だ。国政に関わる情報でもない限り、王が他国の一団体を知っているということはまずありえない。

 訝しんだ目をグランツが向けている。ロゼも不審に思っているのかその表情は険しい。


「事情は後できちんと話すよ。で、教団のことは知っているのかな?」


「はい、知っております。ブライゼンを中心に急速に信者を増やしている新興宗教団体です。噂によると奇跡を起こす力の持ち主が代表者だそうで、彼は聖人と呼ばれております。オリアス・カタルジアという青年です」


 ——聖人とは言い得て妙だ。

 高く美しい理想を抱き、傷ついた人々に救いの手を差し伸べる。碧い光を纏う優しい青年の姿は、聖人と讃えられるのに相応しく、そしてその呼び名は魔王に対する当てつけだとハニエルは感じた。


「聖人、ねぇ……。さすが、魔王を倒すって公言しているだけあるよ」


「魔王を?」


 ロゼの顔が青褪める。それと同時に、彼女の整った眉がきつく持ち上がるのをハニエルは確認した。

 憤りを露わにするロゼをいなしつつ、ハニエルは飄々とした様子で事情を話し始めた。


「実は昨夜、オリアスと会ってね。会ったと言っても夢の中なんだけどさ。魔王がいる限り差別はなくならないから僕と殺し——」


 ハニエルの言葉が続くことはなかった。だんっという大きな音で話が遮られたのだ。


「なにも知らないよそ者が勝手なことを……!」


 ロゼが勢い良く椅子から立ち上がり、机を叩く。

 歯を剥き出しにして怒鳴る彼女はまさに激昂していた。

 今にも剣を抜いて飛び出しかねないロゼをなだめるように、ハニエルは穏やかな声で諭す。


「客人の前でみっともないよ。さあ座ってロゼ」


「申し訳ございません……」


 彼女が座ったことを見届けると、ハニエルはまた話し始める。相変わらず口調は穏やかなままだ。


「それとロゼ、一つ言っておくけどね、オリアスは全てを知っていたよ。今の平穏は僕の犠牲あってこそだと、泣きながら感謝されたんだ」


「な、泣き……?! ではなぜそこまで知っていてハニエル様の命を?!」


 泣きながら感謝されたという言葉に腰を抜かしつつ、ロゼはことの真偽をハニエルに問いただす。そんな剣幕を帯びたロゼの問いにハニエルは笑って


「世界を平和にしたいからだろう?」


 と答えた。

 あっけらかんと発言するハニエルに、ロゼは愚かグランツでさえも呆れた表情を浮かべている。

 そんな二人を尻目に、ハニエルは悠々と続ける。


「オリアスの考え、僕は良くわかるよ。封印されているとは言え、魔王が存在しているのには変わりない。魔王の存在は恐怖を抱かせ、人々は恐怖から身を守ろうと他者を攻撃する。魔王が居るから差別はなくならいというのは事実だよ」


 言い終える頃にはグランツもロゼも表情を暗くさせていた。特にグランツは自身で世界を見て回り、実状を知っているためか眉間に深いしわが刻まれている。

 彼は思い出す。


〝魔王のせいだ!〟


 そう言って嘆き悲しみ、恨みを吐きながら死んでいった人々が居ることを。


「そう、かも知れませんね」


 グランツの声は心なしか苦しいものだった。

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