第4話
「ところで、グランツ様は今までどのような生活を?」
「他国で傭兵をしながら生活をしていたんだ」
そう言ってグランツは持っていた地図を広げる。それはヴィクトリアではあまり見掛けることがない世界地図だった。
地図には二つの大陸が記されていた。一つは北の大陸ヴィクトリア。そしてもう一つはヴィクトリア大陸の倍ほどもある広大な大陸、サタリアだ。
グランツはサタリア大陸の東部を指しながら語り始める。
「山脈を隔てて東側は差別と紛争の絶えない危険地帯です。土地が痩せているのか食糧が不足していて飢え死にする者も多い。ヴィクトリアへ渡航する難民の多くはこの地域の出身者です」
「西側は?」
「西は比較的安定しています。ブライゼン、アルティスの二カ国が覇権を握っている状態です」
地図にはサタリア大陸の南方にブライゼン連邦共和国、地図の中心にあるやや大きめの島にアルティス公国と記載されていた。
「両国とも名前を聞いたことはあるよ。特にブライゼンはかつてヴィクトリアと呼ばれていたしね」
新ヴィクトリア王国は名前が示すように新しく建国された国である。それというのも、魔王を封印し英雄とされていたヴィクトリア王が、いつしかその強大な力ゆえに恐れられ、王自身が魔王とみなされ国を追われた歴史があるためだった。
それまでヴィクトリアと呼ばれた国はブライゼンと名を改め、そして国を追われたヴィクトリアの人々は現在の北の大陸に移住することになった。
「ブライゼンは軍事強国です。紛争地に積極的に介入し、武力で地域を安定化させています。アルティスを出し抜くためでしょう」
「二カ国は仲が悪いのかい?」
鎖国しているとはいえハニエルは一国を治める統治者だ。大陸の向こう側がどんな情勢か把握しておかなければならない。
情報収集に余念がないハニエルに目を見張りながらグランツは話を続ける。
「表面化してはいませんが互いに意識しています。まあ、競争社会ですから良く言えば好敵手と例えられる関係ですがね」
「どんな人物が統治してるの? 同じように国を治める身としては気になるな」
ハニエルが好奇心に満ち溢れた目で聞く。
「アルティスの統治者は……確かジュリートという名でしたね。公の場に姿を晒さないらしくあまり良くは分かりません。ただ、海運の要衝だったアルティスの経済をさらに発展させたばかりか、諸外国の資産家から財産を預かり運用していると聞きます」
「財産? 土地や美術品でも保管しているのかい?」
「いえ、ヴィクトリアではそうでもありませんが他国では貨幣が強い力を持っています。市場の取引は勿論ですが、軍を手配し動かす際にも莫大な資金が必要なのです。商売人の力が強いと言った方が分かりやすいでしょうか……」
そう言ってグランツが懐から硬貨を取り出す。二種類ある硬貨はどちらともヴィクトリアでは馴染みがないものだ。
ハニエルはグランツから硬貨を受け取ると、手で弄びながら尋ねる。
「これは、他国の貨幣?」
「はい。アルティスで流通しているゲム通貨とブライゼンで流通しているフェール通貨です。現在はゲム通貨が強い影響力を持っている状態で、アルティスに経済基盤が集中しています」
「……つまり、アルティスは他国のお金を人質にしているってことか。軍事力以外での抑止力に目を着けたあたり、その統治者とやらは相当キレ者だね」
「噂では青年大公が国を治めているそうです。民からの信頼が厚い一方で、権謀術数に長けた青年だと聞いたことがあります。ヴィクトリアにも目をつける可能性がありますので用心が必要かと」
「世知辛いなぁ。そっとしておいて欲しいよ」
そう言ってハニエルがだらしなくソファにもたれ掛かれば、ロゼがなにかを言い掛けて口籠る。恐らくはしたないと注意しようとしたのだろう。ハニエルの姿勢は、前王ジブリールがとっていた姿勢と同じものだ。
グランツが「親子揃ってだらしない」と呟く。その声には呆れが含まれているものの、どこか郷愁を感じさせた。
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