第3話「15センチの距離」
翌朝。学校の近くで祥子に声をかけられて昨日の続きを話した。
祥子は見ているこっちが恥ずかしくなりそうなぐらい可愛かったけど、私は私で一晩たって落ち着いたって言うか雨の冷たさで冷静になったって言うか、とにかくまぁ、落ち着いたもんだった。
国語、数学、英語、美術に体育と1日を難なく過ごして日本史の授業が始まる直前まではいつも通りだった。
まさか、まさかまさか、教科書を家に忘れて来るなんて思っても見なかった。
迂闊だったなー……。
そもそも日本史のは他のと比べて分厚いし、大体学校に置きっぱなしにしているのに何で持って帰ってしまったのか見当もつかない。
何かの教科書と間違えてカバンに入れたか、そのまま「なんでこんなもん持って帰ってきたんだろ」って机の上に置きっぱなしにしたか。うーん……日頃持ち運ばないものは目に留まりづらいって言いますしなぁ……?
ぼんやり窓の外を見上げて思い馳せる。
教科書よ、今いずこへ。
「……ぉィ」
コンコン、と机の隅を叩かれ意識を引き戻された。
すぐ隣には噂の亮太だ。
「(なによ)」
一番後ろの席とはいえ口に出して話すと注意される。
ノートの端にシャーペンで書いて告げる。
平然を装っては見たものの内心ドキドキだ。昨晩の祥子の一件以来、こいつの顔を見るのがどうにもむず痒い。
「(お前変だぞ)」
ぶっきらぼうに書き綴られた文字にムッとする。
変とはなにさ変とは。
「(余計な お 世 話 !)」
これでもかとお世話の文字を大袈裟に書いてやり睨む。フンッと顔を背けてあんたなんか知るかって感じに佐竹に向き直った。
気にするだけバカだ。こんなやつ。
亮太とは幼馴染で小学生の頃はよく遊んでた。
家が近かったっていうのもあるけどお互い運動好きでサッカーとや野球とか、そういうのの遊び相手としてちょうど良かったのだ。
「(あっそ)」
素っ気なく授業に集中する横顔をチラ見して、こんな奴の何処がいいんだろうと祥子の感性を疑う。
多少足が速くて目立つ存在なのは認めるけど、デリカシーのかけらもないしそんなカッコ良いとも思えない。なんなら先月祥子に振られた野球部のキャプテンの方が全然かっこいい。丸坊主なのに。
なんでこんな風になっちゃったんだろーなーとは思う。
亮太の格好良さの事じゃなくて私たちの関係のハナシ。
子供の頃はもっと気軽に話せてたっていうか、こんなツンケンしてなかったと思う。
一緒に帰って道草くって、宿題だって見せ合ったり自由研究一緒にやったり。
仲良かったのになんでだっけ? って。
確か中学入って同じクラスになった所までは仲良かったと思う。入学式の日に「お前、全然似合わねーな」って制服笑われて「あんただってぶかぶかじゃん!」て言い返したの覚えてる。
なのに今じゃ挨拶もしなけりゃ愛想なんてカケラもない。
夏休み明けてぐらいからか、急によそよそしくなったの。
夏祭りは別々に行ったけど、会場ではいつも通りだったし……。
流石に2年前のこととなると記憶も曖昧だけどなんとなく覚えてる。おかしくなり始めたのは夏休みが終わってからで、クラスで告白しただのしてないだの騒ぎ始めてた時期だ。
……まさかあれが原因?
カップル誕生だとか騒ぎに騒いで先生も好い加減にしなさいって怒鳴る始末だった。
男子が告白してオーケーもらった男の子を散々からかって、結局二人は別れちゃって。
なんとなくクラス内で男子と女子の距離がギクシャクしていたような気がする。
生憎、私はその頃部活にのめり込んでいて全く興味なかったんだけど。
ーーうーん……、わからん。
結局そのまま一年が終わり、二年になるとクラスは別々だし、お互い友達も出来てたしで殆ど話してなかったし、三年になったらなったでイマイチ変な感じで「あれ? こいつこんな愛想悪かったっけ?」て。
昔はもっとこう、ノリが良かったような気がするけど気のせいか随分声も低くなったし、よくよく見ればぶかぶかだった制服もぴったり決まってる。ていうか、夏服だし、カッターシャツも変わってるんだろうけど。
「……やっぱわからん」
思わず口に出て亮太がこっちを見るのがわかったけど、黒板に集中しておいた。知らない間に随分文字が増えてる。
「ふむふむ」
流石に教科書を忘れたからといって授業をおろそかにするつもりもなく、さっさとノートに写してしまう。教科書がなくともなんとなく頭に入ってくるのはパラパラ先読みしていたおかげだろう。
「(最近どうよ)」
すっとノートの端を寄せられて思わず固まった。
どうよってあんた。
「(どうもなにもフツーよフツー)」
私もノートの端に書いて返えす。
てか急になんだコイツ。
「(フツーねー)」
同じクラスになった時に「久しぶりー」って言ったら「おう」とか冷たく返しといて、しかもそれからもなんか「お前とは友達でもなんでもありませんー」みたいな態度とっといて、何それ。
後、今まであんまり意識してなかったけど亮太の字が無駄に綺麗で何かムカついた。
「(テニス部行けそうなの)」
器用にも黒板を見ながら指先だけでひょいひょいって書いてくるのでそういうところにも腹が立つ。
「(練習頑張ってるし。バスケ部こそ初戦はいたいしないでよね)」
「(敗退な)」
「(=====!!!!)」
消してやった。横線で。敗退って文字ぐらい書けるわ!
……咄嗟に出てこなかっただけで。
佐竹の饒舌な雑談が始まりクラス内に気だるい空気が停滞している。
うとうと居眠りを始める奴も出てきて、やっぱこの時期の6時間目はきついよねーってひと事とは思えない。私もこんなことしてなかったらそろそろ寝ちゃいそうだし。
「(ばーか)」
けれど珍しく亮太がちょっかいを出してくる。
「(なにがよ)」
「(忘れ物の癖、直ってないじゃん)」
「…………」
ぽかーんと、我ながら馬鹿丸出しだとは思ったけど亮太の顔を見上げてしまう。
「(たまたまだし!)」
「(どーだか)」
少なくとも中三になってからは忘れ物はしていないと思う。
いや、一回だけ辞書を忘れて友達に借りに行ったことはあるけどそれをこいつが覚えてるとは思えないし、そもそも一回だけだ。
「(あんたこそバカじゃないの)」
「(なにが)」
「(なんとなくよ!)」
説明のしようのないムカムカが込み上げてきてまさに「むっきー!」て感じ。
平然と手元も見ないで字を書いてくるところとか、そもそもノートの整理の仕方超上手いとか、あんたは女子か!
朝はコーヒーではなく紅茶派ですかー!?
私は牛乳ですけどね! ホットミルク!!
ぐちゃぐちゃな自分のそれと見比べてなにをどうしたらそんな風に取れるのか教えて欲しい。美的センスの違いを感じる。ほんと無駄な才能。亮太にはいらないでしょ、そんなの。
「…………」
こう見て見ると意外と知らなかった一面が多い。
いや、妙にしっくりくるから気づいてなかっただけで昔からそうだったんだろうけど「あれ、亮太ってこんな感じだったっけ?」って、ずっと見てきたのになんか違うっていうか、とにかく不思議な感じ。
「ふーむ」
確かに祥子がお熱(死語)なのも頷けるかも知れない。
他の男子と違ってちょっとは気が使えそうっていうか、この感じだと役に立ちそうだ。居眠りしたらノート見せてもらう。
見せてくれないだろうけど。
「(んだよ)」
あまりにもまじまじ見つめてたもんだから、流石に不審に思われたらしい。
それは文字にも現れてる。
「(ねぇ、彼女いないの?)」
ふと思ったことを書いてしまった。
ギョッとした顔でその時初めて亮太が私の方を見る。
「ぇっ……」
観察にふけっていた私とはバッチリ目が合い、しばらく思考停止した後になんだか急に恥ずかしくなってお互いパッと姿勢を正す。
祥子からもらったお熱(くどい)が再発したみたいに身体中パタパタだ。
「ぁー……暑い……」
わざとらしく下敷きで扇いで空を見てみた。
残念ながらまだ雨は止みそうもない。
「(なんだよ急に)」
「(気になっただけ)」
「(あっそ)」
……ムー……。
それ以上書かないってことは教えてくれないってか……。
聞いたところで興味ないけど、祥子のために献身的になってやろうかなって気持ちは多少なりあった。
ただ予想以上に、なんか……恥ずかしくてむずむずした。
なんだこれ。
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