第4話「私はご立腹」

「ふー」


 パタパタぱたぱた。


 んー、涼しくないんだよねぇ、これ。


 下敷きとうちわ。構造的にはほとんど変わらないのになんで下敷きだとこんな違うんだろって不満に思う。

 実際、扇子だとうちわ以上に涼しい。

 わたし的には。


「(いねーけど なに)」

「(べつに)」

「(はぁ〜〜?)」


 書きながら表情までついてきた。確かに「はぁ〜〜???」だろうなー、これ。

 わたし的にも「はぁ〜〜〜????」だし。意味わかんないもん。なにしてんだか。


「(告白されたらうれしい?)」

「(なんの話だよ)」

「(

「…………」


 書こうとして手が止まった。

 祥子のことを言うわけにもいかないし、んー……。


「(もうすぐ卒業だしそう言う子も増えるかなって)」

「(まだ始まったばっかだろ)」

「(そりゃそうだけど)」


 我ながら苦しい言い訳だったな。と反省。

 て言うか、なんか妙にドキドキして落ち着かない。


 あれ? これもしかして、私がこいつのこと好きだって勘違いされたりしない??


「ぃっ……」

「ぃ……?」


 急に変なこと意識したせいで変な声が出た。

 変わってないって言うならこう言うところだ。昔から思ったことが口に出る。お母さんに直しなさいって言われても治らなかったし、あーもう、そうじゃなくてっ……!


「(なんでもない!)」


 今は授業中だ。


 教科書を見せてもらってるなら余計なこと考えずに先生の話を聞いとけばいいんだ。

 むごごごと汗をタオルで拭きながら黒板を睨む。幕府がなんだってー? 各地の武将がどうしたっていぅーんですかー。


「(やっぱ変だぞ)」

「……」


 亮太も亮太で諦めたのか前を向いてしまった。


 これでいい。これで。


 なんかイレギュラーなことが起きて変な感じになってるけど、本当は最初からこうだし、気にしなくていいし、亮太が祥子と付き合おうがどうでもいいって言うか、わたし的にはおめでとーみたいな。


「……ぁれ……?」


 ふと、ポロリ涙が溢れて慌ててタオルで押さえた。


 汗? なんで、え……?


 訳がわからず汗を拭くふりをして押さえて、でも次から次へ溢れてくるから突っ伏した。

 かばぁって、ちょっと大袈裟すぎたかもしれないけど顔を埋めて窓の外へ向ける。


 なにこれ、なんで、あれ……?


 声が出るような涙じゃない。ただ蛇口が壊れたみたいにポロポロこぼれ落ちてあれれっ? てなる。


 祥子が亮太と付き合う……?


 わからない。亮太もはいって言うか知んないし、そもそも祥子も祥子で本当に告白するのかわかんない。

 告白したから付き合うってことになるのかも分からないし、そもそも付き合ったらどうなるとか考えたことないし、亮太が誰かと付き合うとか想像できないしーー、


「想像……できない……?」


 嘘だった。想像できた。


 頭の中で祥子と手を繋いでデートしてる亮太が浮かんだ。

 夏祭りで、浴衣姿で。亮太は相変わらずのTシャツにハーフパンツだけど祥子はなんか似合ってて、私はなんでそれをぼんやり見つめてて。


「…………?」


 可愛くないなぁって凹む。


 想像の中の私も浴衣をきて、髪留めとかつけてるけど、なんか可愛くない。

 それは祥子がお嬢様って感じだからなのかもしれないし、ただ単に私が可愛くないからなのかもしれない。

 けれどどうしてもその二人の間に割って入ろうとは思えなかった。


「おい」


 コンコン、ってまた亮太が机をつつく。


 無視する。


 本当に寝てるわけじゃないけど寝たふりをする。


 亮太にこんな顔見せられなかった。


「はぁ……」


 大袈裟にため息をつきながらノートを写す作業に戻る亮太。

 佐竹は明らかに授業とは関係のないウンチクを熱弁していて、どうやら周りが見えていない。……助かった。


 運が良かったとは思う。不幸中の幸いだ。


「なんだかなぁ……」


 好きなら告白すればいいと思うし、祥子が亮太とくっつくならそれはそれでいいと思う。

 別に私が兎や角いう事でもないだろうし、祥子なら亮太も満更じゃないだろうし。


「…………」


 なんだかなぁー……。


 よく分からないけど不服だ。不満だ。

 解せぬ。

 意味はよく分からないけど分からないなりに分からない。分からないならもういいっ。


 考えることをやめて不貞腐れ、むごごーって窓の外を見る。

 雨が若干強くなってる。やっぱり今日の部活は体育館だ。

 ツンツン。ってつつかれて、少しだけ横を見たらノートの切れ端が机の隅に乗せてある。亮太だ。

 済ました顔で黒板見てるけどこっちを気にしてるのがバレバレだ。


 あんたも大概変わってないじゃん……。


 唇が尖るのを隠そうともせず、机に倒れこんだままそれを回収すると片手で見開く。


「(よくわかんねーけどらしくないぞ)」


 小さな字で書いてあった。


 らしくないことぐらいッ……わかってるわよッ。


 ガンッて足を蹴ってやりたかった。蹴ってやる代わりに教科書を少しだけ引っ張って奪った。


「ォい……」


 流石に亮太は睨むけど知ったことか。

 あたしを怒らせたあんたが悪い。

 昔から気は合うのに喧嘩をよくした。

 殴り合いの喧嘩なんてのは幼稚園の時ぐらいまでだったけど、事あるごとに言い争って、時には泣かされ、時には泣かし返した。

 それなのになんだ、お前は。勝手に大人になるな! 勝手に私の知らないお前になるな!


 見当違いな怒りを抑えようともせずに不満をノートに書き綴る。

 バカだと思うけどバカなんだからもういい。


「(勝手にすればいいじゃん バカ)」


 祥子のことは応援したいし、祥子と付き合うなら反対しない。

 けど、私は知らない! あんたがどーしようが私には関係ない!

 キッパリと自分の中で線引きをして黒板を見上げると、ちょうど文字を消すところだった。


「ああっ!」


 思わず声を出し、「なんだ清河。まだか」「い、……いえ……平気です」「そうか」諦めた。

 諦めが肝心な時もある。どうせあがいたところで私のノートはぐちゃぐちゃだし、どうにもならないことだって、きっと。


「……はぁ……」


 けど心は裏腹に落ち込んでいった。

 なんでこんなに一喜一憂(喜び要素がない)しなきゃいけないのかと心底嫌になる。


 祥子が亮太に告白するのがそんなに嫌……?


 根本的な問題に向き合うと妙に冷静だった頭の部分もドキドキと徐々に鼓動を早めていく。

 どうして二人が付き合うのが嫌なんだろうってなんか落ち込む。


 人の不幸を喜ぶようなタイプじゃないと自分では思ってる。余計なお世話なんだろうけど、祥子に振られて肩を落として帰っていく人たちを見ていると何だか自分まで可哀想って思えてきて同情しちゃう。だから祥子が亮太に告白して、もし上手くいかなかったらって思うとハラハラするし、祥子に限ってそんなことありえないんだろうけど、でも、もしって。


 ……余計なお世話だなぁー。


 ほんと人がいいっていうか、良い性格してるよ私。

 自画自賛。問題は棚上げ。

 結局、向き合うのが怖いのかもしれない。自分が気がついていなかっただけでそこにあったらしい「何かに」。


「おぃ」


 流石に私の様子が異常すぎたのか、直接肘をつつかれた。

 困惑気味の亮太が見ていて、らしくないとは思うのだけどへなっとした笑顔で返えす。どうにも自分の気持ちをうまく絡め取れなかったから。私自身どう思ってるのかよく分からないから。


「(なに悩んでんのか知んねーけど、元気出せよ)」

「っ……」

「ィっ……?!」


 我慢の限界だった。

 気がついた時には亮太の足を思いっきり踏んづけていた。

 がごんっ! て机が跳ねて佐竹が訝しげにこちらを見つめる。


「すっ……すみません……」


 涙目になりながらも亮太が謝るとなんの小言もなく授業が再開する。


 プンスカ。

 理不尽だとは思うけど自業自得だ。私を怒らせたあんたが悪い。

 そうだ、全面的にあんたが悪い。


「(バーカバーカ)」


 ムカついていた。久しぶりにこいつに腹が立った。

 席が隣同士になっていても殆ど話すこともなかったし、まぁそんなもんかなって片付けてきたけど、そんなもんってなんだッ。友達だったのに急に冷たすぎるんだよあんたは!


 今が授業中でなかったらきっと怒鳴ってただろう。

 もしかするとしばいてたかもしれない。実際に足を踏んづけたし。


 それぐらい急にムカついて顔も見たくないと佐竹を睨んだ。佐竹の髭ヅラさえも腹がたつ。ご立腹だ。私は。


 亮太も亮太で足が痛いのかなんなのか机に体をくっつけて「むーん」て感じだし。なんかいいなさいよ、ほんとにっ。

 もう一発踏んづけてやろうかしら。なんて本気で思い始めていた頃、


「すまん」


 思わず聞き間違えかと思うほどに小さな声が聞こえた。


「ぇ……?」


 あまりにも聞き取れなくて、最初はそれが亮太の言葉だと分からなかった。


「(わりぃ)」


 気を使ったのかノートに書き込まれる文字は確かに亮太のもので、けど、こいつがそんな風に謝るなんて、……信じられなくて。


「…………」


 ただ呆然と亮太を見つめ、不服そうではあるもののすまなそうにしている。


「(だから そんなタイドが気にくわないのよ!)」


 書きなぐった。シャーペンの芯がボキッて折れるぐらい思いっきり。


「(バカ!! バカバカバカ! ばか!! 意味わんない!!)」

「…………」


 そして、そんな私を冷静に見つめる姿に余計にムカついた。


「(何なのよ なんなのよ!)」


 だって昔はそうじゃなかったじゃん!

 私がバカって言ったらなんだよって言い返してバカバカバカバカってお互いにバカバカ言い合って、バッカみたいって笑って。


 そうやってこれたじゃん……私たち……、なのになんであんただけ……、


「(ずるいよあんただけ)」


 文字を最後まで描き切る前にまた泣きそうになって顔を背けた。

 タオルで顔を抑えて、けど泣いてるなんて思われたくないから汗だって言い聞かせて。


「ずるいよ……」


 言いたいことだけ言っておく。

 残念ながら声は誤魔化せなかった。


「っ……」


 あんまりにも情けない声だったから自分が何だか不甲斐なくて、情けなさすぎて。余計に涙がこぼれ落ちた。

 えぐえぐと何とか声を殺して静かに泣く。


 こんなこと、今までなかったのに意味わかんないーー。


「…………」


 ただ、無言で、亮太が何か書いてるのが聞こえた。

 でもそっちの方は見れなくて、相変わらず佐竹の話し声は鬱陶しくて、雨粒はそろそろ見えないぐらいになってて。

 部活は外でできるなーってどうでもいいこと考えて、


「わりい」


 亮太は謝った。


「……んぅ……」


 何がよ。そう言いたかったけどなんか書いたんならそれ読んでやるって探すけど何も増えてない。

 私がバカみたいに雑に書いた文字だけが残ってるだけだ。


「…………?」


 期待し多分不安になって、なんか裏切られたような気がして。けどふと教科書の一部に目が止まる。

 偉そうに描かれていた将軍様の肖像画が、とてつもなくファンキーロックな兄さん風になっていた。


「…………ぷっ、」

「……ふっ」


 思わず吹き出し、それに亮太も嬉しそうに笑う。


「(バッカじゃないの)」

「(うるせー)」


 ケラケラ、声を殺しながらも肩で笑って。そういやこいつ、小学校の頃もよくこんな落書きしてたなーって懐かしいこと思い出した。


「(よくわかんねーけど、お前元気無いの気持ち悪いよ)」


 亮太はすまなさそうに書いて私を見る。

 その言葉と表情はイマイチちぐはぐで、けど、その噛み合ってない感じが妙にしっくりくる。不思議だけど私の知らない亮太っぽいんだけど、私の知ってる亮太でもあった。だから、


「……うんっ……?」

「(私もそー思う)」


 自然に笑うことができた。

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