メンテナンスと持ち歩き

 好きで書いていてこんなことを言うのも恐縮なのだが、メンテナンスを文章で語る意義は薄い。動画を参照するのが一番である。

 だが一つだけ文で語る意義がある項目がある。万年筆にとって何よりのメンテナンスは日々の使用にあるということだ。万年筆は日々の使用が最良のメンテナンスであるという言いは多くの場所で聞く。その証左を一つ示したい。ある吸入式の万年筆をかれこれ五年使い続けているが、その間洗浄など煩雑はんざつなメンテナンスは一度もしていない。インクを瓶から充填する際、書く時とは逆方向にインクが流れて洗浄の代わりになっているのだろうか。その万年筆はインクの流れも良く、快調そのものだ。とにかくこれを一つの実例として読者諸氏に提出する。

 また持ち歩きについては一本差しのペンケースに入れて持ち運ぶのが一番良いだろう。しかし他の筆記具と筆入れに放り込んでおいたとしてダメになるようなことはないから、好きなようにお供させると良い。

 一点だけ注意すべきは飛行機への持ち込みである。気圧の変化でインクが漏れることがあって、古い万年筆では特に注意が必要だ。近頃は飛行機の気密が良くなり、万年筆自体の内部構造が発達したことと相まって殆ど問題はなくなった。それでも頭の隅に引っ掛けておけば無用の事故を防げるだろう。


 唐突だが一つ、万年筆を持ち歩くようになって起きた変化を紹介したい。

高校生の頃である。バスケットに熱中し、コートを跳ね回る学生は物を丁寧に扱うなど知らないことであった。ボールを放るのと同じ感覚で、ベッドに鞄などよく放り投げていたものである。しかし万年筆を得て、これをボールペンと同じように扱ったのでは粗暴だと思い一本差しのケースを用意した。するとそれを入れて持ち運ぶ鞄なども丁重に扱うように自然と変化したのだ。そこからは連鎖である。万年筆を出し入れする所作に始まり、動作が一つ一つ洗練されていった。万年筆は見事、荒々しい高校男子を矯正したのだ。

 今日、姿勢が正しいと褒められるのは幼き日に私を叱って正した父の薫陶くんとうであり、所作振る舞いの丁寧であると感心されるのは万年筆のおかげである。

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