第四章⑥

 俺の質問に、山本が身じろぎした。痛みと共に、俺に山本が動揺したことが伝わる。

「な、何で知って……。そういえば、言ってないのに、ぼ、僕の名前も」

「何でなのさ。答えて、くれよ」

 山本の呻き声が聞こえた。それだけで、山本の心中が俺には手に取るように分かる。

 山本は、俺が自分の名前と、何故山本がニートであることを知っているのか、聞きたいはずだ。だが話をしないと俺が死んでしまうというつぶやきに、会話を優先させようとするはずだ。

 話をせず俺が死んでしまった時の、言い訳が欲しいのだ。

 自分は最善を尽くしたと。自分は悪くないのだと。

 自分の所為で俺が死んだと、自分自身が思いたくないのだ。

 だから疑問があろうとも、山本には俺と素直に話すという選択しか存在しない。そして彼は、たどたどしくも、自分の過去を話し始める。

「い、いじめられてたんだよ。中学の時。その、その頃から、ぼ、僕は、ラジコンが好きで、い、今も好きなんだけど、やっていたんだ。ラジコン。が、学校にも、持って、行ってたんだ。親に買ってもらった、高いやつ。そそそそしたら、クラスのやつが、生意気だって。親に買ってもらった、ラジコン、車の、壊されて。お、親にも、怒られて……。部屋から、出なくなった」

 久々に家族意外と話したのだろう。山本は、俺が会話に入る隙もないほど、一気にまくし立てた。そしてそれ以降、何も言わなくなる。

 俺が聞いた、何故ニートになったのか、という問いに対し、全て話し終えたようだ。

 自分でもうまく話せているとは思っていないのか、山本は不安そうな顔で俺と目を合わせ、一瞬で顔をそらした。

 山本のその挙動を気にせず、俺は頷いた。

「そ、うか」

「……うん」

「俺と、同じだな」

「え?」

「ニート狩り部隊なんだ。俺……。お前を、狩りに来た」

「えっ!」

 俺が狩りに来たと告げたことで、山本の顔に理解の色が広がる。ニート狩りに来たのなら、脱走兵である山本の情報を知っていてもおかしくない。

 山本は慌てて逃げ出そうと体をずらし、俺の背中をギリギリ確認できる所まで抜け出したが、そこで動きが止まる。そもそも俺をどかすことが出来ないため、俺の下から這い出ることは物理的に出来ない。

「ヒッ……!」

 山本の悲鳴が聞こえた。俺の背中を確認できる位置まで移動してしまったので、もろに俺の傷口を見てしまったのだ。抵抗せずに、大人しくしていれば、そんな思いはしなかったはずだ。

「何故、逃げようとした……」

「だって……!」

 逃げ出そうとなんてしなければ、こんな思いはしなくて済んだはずだ。

 大人しくニート狩りにさえあっていれば、こんなことにもなっていなかったはずなのに……。

「何故、脱走兵なんかに、なった。山本……!」

「そ、そんなの、決まってるだろ! は、働いたら、負けなんだっ!」

 ニート狩りから逃げ出した理由を聞かれた山本は、激昂した。

「な、何で、僕が働かなくちゃならないだ! む、無理に働かなくたって、いいだろっ!」

「そういう、法律だ……」

「ななななら、法律の方が間違ってるっ! そ、そもそも、中学から学校にも行かず、働いたことすらない僕が、ま、まともに働けるわけないんだっ!」

「コミケには、来てるじゃないか……。なら、働けるよ……」

「そ、それは……。でもっ! でも! 急に自衛隊なんて、無理! 出来ない! 急に、厳しすぎるっ! く、訓練なんて、耐えられない!」

「特別国家自衛官、だ。大丈夫。正規の自衛隊じゃないから、いきなりそんな、きつい訓練なんて、しない……」

「う、嘘だ。嘘だ、そんなのっ! ぼ、僕を外に出そうと、むむむ無理やり働かそうとするやつらは、皆、皆そうやって言うんだっ! 大丈夫。大丈夫って!」

 ニートになったことがある人は、必ずこう言われるはずだ。

 何故引きこもってなんかいるんだ? ためしに外に出たらいいじゃないか。

 甘えるんじゃない。辛いのは、お前だけじゃないんだ。

 大丈夫。お前ならきっと、外に出られる。また、元のような生活が出来る。

 そう言われたニートは、こう思うのだ。


「信じられるか、そんなもんっ!」

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