第四章⑤
『隊――! 爆――――聞こえ――――――、大――夫で――か? ――長っ!』
先ほどの衝撃で、インカムが壊れたようだ。螢樹の声が途切れ途切れに聞こえる。だがインカムから辛うじて聞こえた、『聞こえ』という言葉から察するに、こちらの声は届くようだ。
「な、何? へ? 何? 何なの?」
俺に押し倒された格好の山本が、現状が把握できていないのか、挙動不審になりあたりを見回そうとしている。その振動が山本と重なり合っている俺に伝わり、背中に激痛を走らせた。
「痛っ……!」
「へ? あっ!」
「怪我は、ないか……?」
「ヒッ! 血、血が……っ!」
山本は自分の手に付いた、生暖かく、どろりと粘ついた血に気が付き、狼狽していた。まるで汚いものを振り払うように、俺のしたから這い出ようとする。
だが、山本の痩せた細腕では俺をどかすことは出来ない。ただいたずらに俺を揺するだけだ。揺すられる度に、俺は呻き声を上げる。
「あっ……。はっ……はぁ……はぁ……はぁ……っ」
やがて山本は、俺の下から出ようとするのを止めた。それは自分が動けば俺が痛みを感じると理解したからではなく、単に諦めただけだ。山本は諦観の表情をしていた。息を荒くしながら、山本は力で俺をどかすことが出来ないと理解したのだ。
背中から自分の命が零れ落ちていくのを感じながら、俺はその様子を目を細めながら見つめていた。よかった。それだけ騒げるのなら、大した怪我はしていないはずだ。
だから山本に付いた血は、俺のものだ。つまり、怪我をしたのは俺の方だ。心臓が脈を打つ度、背中から激痛が、頭には鈍痛が走る。痛い。
額から、暑さと痛みで汗が滴り落ちた。玉のような汗は、俺の瞼を強引に閉じようとするが、それに俺は瞬きをして対抗する。今目を閉じてしまえば、たぶんもう俺は二度と目を開けることは出来ない。血を舐めた時に感じる、あの鉄の味を噛み締めながら、文字通り背中から這い寄って来る死神に、俺は抗う。
「だ、大丈夫、ですか……?」
ようやく自分に怪我がないと理解した山本が、俺に声をかける。その声を聞きながら、俺は汗と痛みでにじみ出た涙でぼやける視界で被害状況を確認した。
爆発に驚き、しりもちをついている人はいたが、俺のように倒れている人もいない。怪我人は俺だけのようだ。エントランスホールに交通規制をかけているコミケのスタッフの姿も見える。
「すまん、山本。俺は今、怪我で動けない。俺が意識を失わないように、死なないように、話相手になってくれ。頼む」
「わ、分かりました」
山本からの了承を得、俺は小さく頷いた。
そしてかすれた声を絞り出しながら、俺は意識を失わないために話し始める。
「お前、何でニートになったんだ?」
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