第三章④

「ちくしょうっ! 放せ!」

 螢樹とアンリが、不動の待つ護送車へと憲伸を連行する。

 野口との話しが終わった後、俺たちは無事憲伸を狩ることができた。別に強制連行をした、というわけではない。単に、憲伸の両親が年金を憲伸よりも多く納めただけだ。

 今回の件は、完全に俺たちの凡ミスだ。

『年金を受給できるのは、誕生日の前日の翌月からだよ』

 昨日、野口が言っていたことだ。

 つまり、六十五歳になった自分の誕生月も年金を払う必要があるのだ。

 二十二歳の憲伸が現在国に納めている年金は、憲伸の両親が払った一ヶ月分と、『神』から受け取った一年分の計一年と一か月分になる。

 憲伸の誕生日は、六月。

 憲伸が納めた年金を詳細化すると、こうなる。

 憲伸が二十歳になった年の六月分の年金:憲伸の両親が払った一ヶ月分の年金。

 憲伸が二十歳になった七月から憲伸が二十一歳になった年の六月分の年金:『神』から受け取った一年分の年金。

 そう。まだ憲伸は、憲伸が二十一歳になった年の七月分から、憲伸が二十二歳になった今年の六月、つまり先月分までの十二ヶ月分、丸々一年間分未納の年金があったのだ。

 そのため速やかに憲伸の両親に一年分の年金を納めてもらい、憲伸を特別国家自衛官にする権利を取得、行使してもらったのだ。

 今まで狩った他のニートたち同様、両親にどこかで聞いたことのある罵声を浴びせながら護送車に乗り込む憲伸の背中を見て、俺は考える。

 ニートを続けるために年金を親よりも多く納めるという方法は、貯蓄がないニートには限界がある。

 年金で選挙権を買った『神』たちの正体は来週公表され、『神』の数は激減するだろう。

 それでも野口のような悪意の『神』や、これがニートのためになると本当に善意のつもりで『神』になる人たちも存在する。

 しかし、彼らだけでは日本に存在するニートの年金を支払い続けるのは困難だ。

 国民年金保険料は、定額で一ヶ月分で一万五千四十円。一年分まとめ払いをしたとして割り引かれても、十八万四百八十円。

 これだけの金額を、果たして見ず知らずの誰かに『神』がいつまでも払い続けれるとは、俺は思えない。

 俺は自分のスマホを操作し、野口が見ていたSNSをアプリで表示させた。

 丁度『神』がある特定の年金を援助したため、援助を受けれなかったあるニートが激怒し、『神』に文句を付けた。

 後はお決まりの流れだ。『神』がそのニートへは二度と援助しないことを告げ、他の『神』もそれに便乗。もうこのニートを援助する『神』は現れないだろう。

 ニートは互いに蹴落とし合い、『神』から自分だけ援助をしてもらおうと躍起になっている。

 ニートを語り、『神』から金だけせしめようとするやつも出てきている。

 その様子を、貯金にゆとりのあるニートが高みの見物とばかりに煽っているが、それも長く続かない。

 年金は、働いていない人にとっては高額なのだ。今煽っている貯金があると思っているニートたちの中に、引きこもったまま年金を払いきれるニートが、一体何人いるだろうか?

 少なくとも、遊んで暮らせるだけの貯金がある人じゃないと無理だろう。

 年金を払い続けなければ、ニートは俺たちに狩られるしかない。

 何故ニートは引きこもりを続ける、という一点にのみこだわっているのだろうか?

 特別国家公務員法の前身にあたる低所得者自立支援法施行時は、今以上にトラブルも多く、現在ネット上でニートたちが懸念しているような問題点が多々あった。施行間もない法律だったため、特に帰化日本人とのトラブルも続き、そのマイナスイメージを強く持たれている。

 だが今は問題もかなり改善され、それは特別国家公務員法の制度にも反映されているし、特別国家公務員になるメリットも存在している。

 それは四年の従事期間、特別国家公務員として過ごすことができれば、特別国家公務員は何でも好きな職に就ける可能性があるのだ。

ニートになった原因は、希望した職業に就けなかったというものもあるはずだ。

 だが、こうした内容はニートには広まっていない。生活保護と同じだ。『神』が必ず邪魔をする。

 来週にはそういったことはなくなるだろうが、それでもニートたちは特別国家自衛官に進んでなろうとはしないだろう。

 ニートたちは狩られる前に、好きな職業に就けるということを知らされる。

 ニート狩り結構初日の前日に両親からその説明をすることも、特別国家自衛官にする権利を行使するための手続きとなっており、虚偽を防ぐためその現場に俺たちも立ち会ったりする。

 両親としても、最後は子供自らから働く意思を示してもらいたいと考えているため、この手順は確実に行われている。

 そして確実に失敗するのだ。どう逃げようとも、最後には狩られるというのに。

 何でも好きな職に就ける。そんな夢みたいな話を、ニートたちは信じることが出来ない。

 そもそも特別国家公務員法は今年施行されたため、好きな職に就いた元ニートがまだいないのだ。そんな絵に描いたもちを信じるより、彼らは部屋にしがみつく方を選択する。

 だが、そうしている間にもニートたちには『ニート』の期限が迫っている。

 特別国家公務員法に記載されているニート、若年無業者の定義は、厚生労働省が定めている。

 そこには、十五歳から三十四歳と年齢の制限が存在する。

 つまり日本のニートは、十五歳から三十四歳までの日本国民ということだ。

 それは当然、三十五歳以上の日本国民は、ニートではなくなるということだ。

 では、何になるのか?

 ただの、無職だ。

 ただの、引きこもりだ。

 ニートだなんて安易なそれっぽいオブラートに包んだカタカナなんかではなく、単に無職の引きこもりになるのだ。

 だからこの法律は、特別国家公務員法は、最後のチャンスなのだ。自分のなりたい、なりたかった職に就ける最後のチャンスなのだ。

 四年間のうち、三年間は自衛隊の訓練を行う。その残りの一年、この最後の従事期間に、自分の就きたい職業の研修を受けることができる。この研修期間中に、会社に引き続き正社員として雇ってもらえるようにアピールするのだ。

 最後の従事期間は一年間あるインターンシップのようなもので、特別国家自衛官の給料は国が払うことになっており、企業側としては一年間ただで使える社員が増えることになるため、既にかなりの会社が受け入れに賛同している。

 仮に企業に就職できなかったとしても、今度は特別国家自衛官ではなく普通の自衛官として国が仕事を斡旋してくれる。

 職にあぶれることなく、ノーリスクで、なりたかった職に就ける挑戦が出来るのだ。

 だがそれでも、ニートたちは働かない。

 自分の人生と一番長く付き合っていかなきゃならないのは、自分自身なのに。

 自分の人生を一番苦しく感じられるのも、楽しく感じられるのも、自分だけなのに。

 悪いイメージに引きずられて、なりたかった自分になる最後のチャンスを目の前にして。


 それでも彼らは、自ら働こうとしないのだ。

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