第三章①

 インターネット上では、ニート狩りを酷評する書き込みが日に日に増えていった。その書き込みは、狩られる側のニートたちによるものだった。

 内容は、特別国家公務員法は国民であるニートに強制労働を強いる、非人道的な法律であり、無効化されなくてはならないといったものだ。

 それ以外にも、この法律が逆差別である、と訴えるものも出てきた。それはニートではなく、社会に所属している、手に職がある人たちのものだった。

 彼らの言い分は、こうだ。

 一年以上働いていなかったごく潰しのニートを、何故国は公務員に取立て、安定した給料を与えなければならないのか?

 そんな負け犬たちにかける金があるのなら、もっと全うに働いている人たち、つまり自分たちを優遇すべきではないのか?

 屑どもを公務員にするぐらいなら公務員の応募枠を増やし、自分たちを採用すべきなのではないか?

 これには、流石のニートたちも噛み付いた。いかに特別国家公務員が普通の公務員と違うことを説いたのだ。

 特別国家自衛官は公務員の特別職ではあるが、その名の通り普通の自衛官とは区別されている。自衛隊所属となるが、給料は通常の自衛官の三分の一。さらにそこから未納分の年金を引かれることになる。

 年金は帰化日本人のために納付期限が撤廃されている。そのためニートを続け、年金を払っていなかった期間分の年金も、給料から引かれることになる。職に就いておらず、働けないというのなら話は変わってくるが、曲がりなりにも公務員になるのだ。年金の免除対象からは外される。これでは貯金もままならない。

 さらに昇給の問題もある。自衛官は、その役職、階級によって給料が支払われることになる。

 特別国家自衛官の初年度の階級は、零等士になる。これは、特別国家自衛官用に新しく作られた、今まで自衛官の階級に存在していなかった最も低い階級なのである。

 また自衛官の階級は陸自、海自、空自に合わせてそれぞれ一等陸士、一等海士、一等空士といった、各自衛官の所属している組織名が分かるようになっている。

 だが、特別国家自衛官の階級である零等士には、組織名が入っていない。

 つまり、自衛隊に所属していると言われながらも、特別国家自衛官は自衛官として認められていないのだ。

 無論、年二回の昇級試験があるため零等士のまま四年間過ごさなくてはならない、というわけではない。

 だがその昇級にも制約があった。特別国家自衛官になってから、最初の三年間しか昇級試験を受けれないのだ。

 特別国家公務員法にも規定されている通り、特別国家自衛官としての従事期間は四年間ある。その内の、三年間、つまり六回しか昇級の機会がニートたちには与えられていないことになる。

 こうした特別国家自衛官の実情をニートたちは訴え、いかにこの法律がニートを差別するためのものなのかを語った。

 だが、それを聞いたニート以外の人たちの反応は、冷ややかだった。彼らニートの主張に嘘はない。だが、言っていないこともあった。

 特別国家公務員の衣、食、住は、国が保障してくれている。訓練施設を設けた際、特別国家自衛官たちの居住区も国は用意していた。

 着る物、食べる物、住むところ。

 その三つが保障されているにもかかわらず、給料も出る。さらには昇級、つまり昇給の機会すら与えられている。年金だって一括で支払う必要はない。分割払いも出来るのだから。

 これで、何故彼らは文句を言うのだろうか?

 自衛官としての過酷な訓練が嫌なのか?

 それは今まで、自分の両親に寄生し続けていたため、自分で動きたくないと思っているだけなのではないのか?

 ただ、怠けているだけではないのか?

 雛鳥のように口を開けていれば、餌を与えてくれると勘違いしているだけなのではないのか?

 そもそも、何故ニート狩り法に反対している者同士なのに、こちらに反論するんだ?

 仲間なのにもかかわらず、手を取り合おうとしないニートは、やはり社会のゴミだ。屑だ。

 こんな社会不適合者に、自ら救いの手を払いのけるようなやつらに、救済処置など必要はない。

 ニートは、やはりどうしようもない。頑張れないやつらを、救う必要なんてない。

 初めはニートたちに同調して特別国家公務員法を批判していた人たちの論法は、ニートはダメな存在、という前提に基づいていた。

 自分たちの存在を認めようとしない相手と、手を取り合えることなどない。そういう意味では、ニートは彼らに対して行った反論は正しいものだった。

 だからニート狩りを批判する声は残っていても、その声は一つにまとまり、大きな声とはならなかった。『ニート』と『ニートでないもの』が、互いを分かり合おうとはしなかったからだ。

 目指すべき場所は同じなのにもかかわらず、ニートでない者は『何故ニートを優遇するのか?』という点でしか議論しない。

 ニート狩りを目の当たりにし、その行為を非人道的だと感じているのに。それを、酷いことだと言っているのに。

 彼らの胸中には、ニートという存在を忌避する気持ちが渦巻いていた。

 一方のニート側も、そんな彼らの存在を認められなかった。彼らにも、言い分があったからだ。

 自分たちがニートをしているのは、理由がある。何も好きでニートを続けているわけではない。ニートだって、苦しんでいるのだ。

 それを、お前たちは分かっているのか?

 俺たちの、ニートの辛さを、理解しているのか?

 大体、俺たちを拒絶したのは、お前らの方じゃないか。

 お前らの輪にうまく入れなかった、はじき出されたのが俺たちだ。お前たちが俺たちをこんなところに押し込んだくせに、何でお前らにそんなことを言われなくちゃならないんだ?

 お前たちのせいなのに。頑張っても頑張れなかった相手が『頑張れ』と言われて、どんな気持ちになるか、分かるか? もうこれ以上頑張れない程頑張って、それでも、まだ『頑張れ』と言われたときの、あの辛さが。

 ニートの苦労は、ニートにならないと、分からない。この辛さは、お前たちには、理解できない。

 社会からニートは拒絶され、ニートも社会を拒絶した。

 いや、社会を、人間というコミュニティを拒絶することで人はニートになるのか。

 見えるもの、触れられるものが同じなのにもかかわらず、彼らは拒絶し合っていた。

 だが、それでへこたれるニートたちではなかった。

 彼らは社会の輪から外れようとも。

 拒絶されようとも。

 不要なものだと切り捨てられようとも。

 彼らは今、生きているのだ。

 そして生きているからには、自分たちの身を守らなくてはならない。

 ニート狩りから、身を守らなくてはならない。

 ネットでは特別国家公務員法の批判から発展した、ニートの存在是非以外でも、熱い議論が酌み交わされていた。

 それは、ニートが生き残るための議論。

 ニートが、自分たちの身を守るための議論。

 特別国家公務員法、別名ニート狩り法が施行されてから二ヶ月経った七月。

 ついに、ニートたちは発見したのだ。

 特別国家公務員法の抜け道を。

 特別国家公務員法の攻略法を、彼らは見つけたのだ。


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