第二章①
特別国家公務員法。
この法律が施行される前に、この前身となる法律が存在していた。
その法律の名前は、『低所得者自立支援法』。
五年前に施行されたこの法律は、名前こそ低所得者となっているがその支援対象は収入のない無職、ニートが中心となっている。そのためこの法律は無職・ニート自立支援法とも呼ばれていた。
法律の内容は、十五歳以上の日本国籍を持っている、一年間以上無職、あるいはニートだった者に対して労働者を集い、国が仕事を割り当てるというものだ。業務内容は被災地など支援を求めている人たちへの補助、人命救助、高齢者への介護支援、また国防となっており、この業務を行う者を、低所得者自立支援法でも特別国家自衛官と定めている。特別国家公務員法はほぼ低所得者自立支援法の条文を踏襲している形を取っているのだ。
低所得者自立支援法施行後、まだ働ける、働く意欲のある無職、ニートは国が仕事を斡旋してくれる、公務員になれるということで、こぞって特別国家自衛官になるために応募した。
予測を大幅に超えた応募者に、当初は応募者全てを収容できるだけの訓練施設が足りず、国は対応に追われるなど問題も多く発生した。
だがこれは、日本という国に好影響を与えた。
まず、国が施設を増やすために建築業者に仕事を依頼した。だが、都内など人口が密集している場所に特別国家自衛官の訓練施設を建てることは出来ない。単純に施設を造れる土地がなかったのだ。
そこで訓練施設は、人が少ない、過疎化、高齢化が進んでいる中国、四国地方や、地震と津波の影響により復興を進めている東北地方に建てられることになった。これは特別国家自衛官の業務内容にある高齢者や被災地支援とも合致しており、都合がよかった。
過疎化、高齢化が進んだ地域と被災地に訓練施設が建てられた。当然、施設にかかった費用は国が払う。市場に、金が出回るようになった。
そして施設が建てられれば、応募してきた特別国家自衛官の訓練が始まるため、人が集まる。
人が集まれば、その人たちを相手に商売が出来る。商売が始まれば、市場が活気付く。景気が、上向いた。
施設に集まった人を狙い、商売をするためにまた人が集まった。人が集まれば、地域の過疎化が防げて高齢者への支援も行えるし、被災地の復興も進む。
金と人が回る、良いサイクルが出来上がっていた。まさに日本国民にとっては、良いこと尽くめだった。
だがこの法律には、国の黒い別の思惑もあった。
日本を含む先進国では、ある問題に直面している。
それは、少子化だ。
少子化とは、出生率が下がることの他に、子供の数が国の人口に対して少なくなることも意味している。子供の数が少ないと言うことは、これからの国の人口が減っていくということだ。この問題を解決しない限り、日本という国に未来はない。
そこで、国はこう考えたのだ。
出生率を急に上げることはできなくても、子供を、若者を増やす方法はあるではないか。
日本という国が少子化に悩んでいたとしても、生まれる子供はいる。日本以外にも。
低所得者自立支援法の対象が、十五歳以上の日本国籍で一年間以上無職・ニートだった者となっているのはそのためだ。
この法律の裏の目的は、少子化対策だったのだ。
帰化した元外国人を誰でも日本の国防任務のある特別国家自衛官にしてもいいのかという声もあったが、そもそも国籍法で日本政府を破壊しようとしたり、そのような暴力的な政党、団体に加入した者の日本への帰化を禁じている。だからアンリのように日本人になる前の国で軍属になっていない外国人は、自衛隊に入ることも出来るのだ。
日本人として帰化すれば、一年以上職についていなかったとしても日本という国が仕事を斡旋してくれる。日本に帰化したいと申し出る外国人の数も増え、特別国家自衛官になるという条件付で、日本への帰化もしやすくなった。
こうした帰化日本人は特別国家公務員法にもある通り、特別国家公務員となった者は四年間の従事期間を終えるまで特別国家自衛官であり続けなければならない。この四年間のうち三年間を使って、自衛隊の訓練の他にみっちり日本人になる教育を帰化日本人は施されることとなっていた。
自衛隊に所属するということで、身元も明確になる。国としても、新しく増えた日本人の管理がしやすく、都合がよかった。
かくして低所得者自立支援法施行後の日本への外国人の帰化数は倍増した。
日本人が増えればある問題も自然と解決する。年金だ。国民が増えれば、国が集める国民年金保険料の総金額も当然増える。そのため、帰化日本人に配慮して年金の納付期限は撤廃された。
納付期限があったころは、謹厳から二年経過してしまうと納めることが出来なくなり、その分六十五歳から受け取れる国民年金が減額されていた。
ところが、それでは二十歳から年金を納めていない帰化日本人は六十五歳から受け取る国民年金が減額されてしまう。年金の納付期限の撤廃は、帰化日本人にも年金を満額受け取れるための日本政府の配慮であり、新しい日本人を受け入れるための準備でもあった。
だがしかし、低所得者自立支援法の裏の目的である根本的な問題を解決するためには、出生率を上げる必要がある。
この法律により、雇用の問題はほぼ解決されたと言っていい。施行開始年度時に、法律で定めた最低年齢である十五歳の特別国家自衛官も誕生したのだ。無職だったほとんどの人が職にありつくことができ、働きたいと思う人は働ける社会がやってきた。
それと平行して、子供を育てやすいように二人目以降の子供は中学校までの学費免除、国公立の大学の学費減額、奨学金制度の充実といった政策も日本政府は実行した。
低所得者自立支援法施行後景気もよくなり、雇用の問題も解決。社会に復帰する人が増えたため、人とのふれあい、出会いの機会も増え、結婚率も上がり、少子化の目処も立つようになった。
そんな日本中が活気付く中、相変わらずニートはニートのままだった。つまり、低所得者自立支援法を頼り特別国家自衛官になったニートはほとんどいなかったのだ。
ニートが社会に戻ることはなく、家から頑なに出ようとしなかった。これは、国にとっても誤算だった。
社会に所属せずニートを続け引きこもるということは、それだけで結婚率を下げ、ひいては出生率を下げることにもつながる。
低所得者自立支援法が施行されてから五年経った今年、ニートに焦点を絞り、発破をかける意味合いを持たせるために特別国家自衛官に所属できる年齢に満三十五歳という上限が設けられた。
だがそれでもニートは外に出ようとしなかった。ニートを続けれるだけの貯蓄があるからなのか、それとも親の脛をかじっているから危機感がないのか。
そこで新たに設けられたのが、特別国家公務員法だ。ニートを強制的に働かせる、社会復帰させるための法律。
この法律が施行されてから、一ヶ月が過ぎた六月のある日。事件は起こった。
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