第15話 光明2
ふと部屋の窓から外を眺めた。地球が毎日自転を繰り返すのと同じ様に今日という日もまたあの恒例行事【夕陽のかくれんぼ】とやらが始まっていた。そのせいで辺りはすっかり暗くなり、あれほど騒がしかったのが嘘の様に今は静まり返っている。まあ騒がしかったのはウチのせいだが。しかし、この静けさとは裏腹に僕は心中穏やかではいられなかった。
神主が慰謝料を請求してきたのだ。
──事は30分程前に
僕は気絶した神主をリビングのソファーに寝かしていた。母は神主を運ぶのを手伝い終えると、そのまま遅めの買い出しに出掛けた。血で繋がってはいても薄情なものだな。
心労が溜まった僕は近くの椅子に腰掛けていると、急にどこか違和感の様なものを感じた。さっきは修羅場だったので神主をじっくり観察する間も無く気付かなかったのだが、よくよく見ると彼はオソレダブリドリに何処と無く似ていた。髪型こそモヒカンで、天山カット(ネット参照)のオソレダブリドリとは違うのだが……そうだ。眉毛がそっくりなのだ。よく見ると二人ともアートメイクの眉で形が綺麗に整っている。そしてもう一点……唇だ。リップラインアートメイクにより、唇の輪郭が整い立体的な唇に仕上がっていると思われる。
ここで一つの疑問が生まれた。……同じ店でしてもらったのか?僕は記憶の中に残るオソレダブリドリのそれと比較する為、近づいてよく観察してみた。
そのときだった。神主が起き上がり、それと同時に二人の唇が互いに触れ合ったのだ。僕は油断していたこともあり、それの異様な弾力に思わず弾き飛ばされ壁に叩きつけられた。僕が壁からめり込んだ体を抜き出そうと夢中になっていると神主がポツリと呟いた。
「初めてだったのに……」
「……ゴメン」
僕はそう返した。いやゴメンはないだろとも思ったが、悪いことをしたのは事実であり、とにかく瞬間的に謝らずにはいられなかった。人間とはそういうものだ。僕が心の中の自分にこれで良かったのだと言い聞かせていると神主がこちらの一点を見据えこう言った。
「八百万」
僕は聞き返した。
「やおよろず?」
神主は言った。
「違う! 800万だ!」
何のことか見当がつかなかったので、とりあえず僕は神主の目をじっと見つめてやり過ごした。すると痺れを切らした神主が口を開いた。
「鈍い奴だな。慰謝料のことだよ。さっき私から奪っただろう? それによる精神的苦痛への対価だよ」
僕は予想だにしなかったことを言われ驚きのあまり、めり込んだ壁から抜け落ちた。その拍子で共に落ちた壁片が!?マークを形作っていたこともまさにその驚きの大きさを物語っていた。
(今よ! 相談するチャンスよ!)
空気を読めない
(中学生で支払い能力が著しく低いので800年ローンの分割払いにできませんか? って相談するのよ!)
何だ相談ってそっちか。確かに相談しない訳にはいかないな。もっともその条件を呑んでくれるとは到底思えないが。
さてどう切り出すか……「奪ったのはどっちだ!? こっちは未成年だぞ!」ってスタンスでいってみるか? 駄目だ……いまいちしっくりこない。どうせ、「こっちは初めてだぞ!」と返されるのがオチだ。「こっちも初めてだぞ!」といって反論できないのが残念だ。3才の頃、近所に住む1つ年下のませた女の子に無理矢理唇を奪われた過去があるのが悔やまれる。だが、そのおかげで今まで焦らずにいられたのも事実だ。その点では感謝するべきかもしれない。もしウンコ神の呪いから無事に生き延びられたら、いつかお礼を言いに行きたいな。僕はふと感傷に浸った。神主に「考える時間をください」というと、僕はそのままリビングを後にした。
──そして話は今に至る。自室の窓の前に陣取った僕は「神主早く帰ってくれないかな」と何度も呪文の様に呟いていた。
(いつまで現実逃避しているの!? あんまり待たせるから神主も
(何か言っているな……)
僕は神主に気付かれないよう、そっとドアに耳を当て何て言っているのか聴き取ろうとした。
「早くしろ! 突入するぞ!!」
耳を当てた瞬間はひんやりと感じられたそのドアから、犯人を追い詰めた特殊部隊の様な熱気がすぐに伝わってくるのが感じられた。
(ヤバい
僕は頼りにならないのは分かっていても、それでもなお
(今よ! 相談するチャンスよ!!)
「天丼か!」
僕は思わず叫んだ。
(は? どういうこと? 急に天丼とか言い出してきて意味が分からないんだけど)
「お前は天丼が好きなのかって意味だよ!」
僕は思わず叫んだ。
(だから唐突なのよ。何急に。キモいんだけど。 今、その質問要る? 事態は一刻を争うのよ?)
「もういい! 忘れろ!!」
僕は思わず叫んだ。
「何故分かった!?」
今度は神主の声がしたのに気付いた。
「な……何の話ですか?」
僕はドアのノブはしっかりと押さえたまま、恐る恐る質問を返した。
「だから何で私の好物が天丼だと知っているのか訊いている!」
ドアノブから怒鳴り声の振動が伝わってきた。どうやら驚いているようだ。
「そ……その、実は貴方の神社の神様から聞いたんですよ。 天丼が好きだって」
自分でも無理のある言い訳だと言葉を発した直後に後悔した。いくら神主といってもさすがに信用しないだろう。しばしの沈黙がそれを物語っている様に感じられた。
「……その話、詳しく聞かせてくれ」
意外な返事が返ってきた。僕は問題の解決への糸口が僅かに掴めた気がして、目頭が熱くなるのを抑えられなかった。
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