第4話  超展開

 亜空間物質転移……要するに物質をテレポートさせることだ。確かにそれならオソレダブリドリの巣が一瞬にして、僕のパンツの中に引っ越してきたのも合点がいく。なるほどな、奴はそういう系の能力者ってことか。

 不思議なことに、こんな奇想天外なことも普通に受け入れている自分が居た。それも無理もないのかもしれない。

 今日の国語の授業は色々なことがありすぎた。授業中に平然とウンコを漏らし、平然と授業を進め、平然とウンコにバックスピンをかける……どれも常識では考えられない出来事だ。僕は慣れすぎてしまったのだ、この奇々怪々な状況に。

 ――今から思うと奴がやけに余裕ぶっていたのも、この能力があってのことだったのだろう。或いは初めから誰かに濡れ衣を着せるつもりだったとも考えられる。

 しかしそれにしたって腑に落ちないのは、それならば何故さっさと転移しなかったのだろう? アイツはお尻にウンコを飼ったまま、教室内を優雅に散歩していた。読んでいたのは【走れメロス】だったが、優雅に散歩していた。

 本当ならば、今すぐトイレに向かって駆け抜けなければならないというのに。親友を捕らわれたメロスの様に。


「その答えは奴の能力発動時間に関係してるわ」


 誰かの声がした。驚いた僕は辺りを見渡したが、ただ今お尻が大惨事になっている僕に対し誰も目を合わせようとしない。

 ……気のせいか、と思った矢先に先程と同一人物の声がまた聞こえた。


(違う……違うの、私は今あなたの心に直接語りかけているの)


心に直接!? 所謂テレパシーってやつか。ということはこの声の主も能力者……。


(違いますぅ~、私は未来からやって来た者でこれは未来の科学技術によるものですぅ~)


 めんどくさいな! そこはもう能力者で統一してくれよ! ややこしくなるだけだろうが!


 僕は怒涛の超展開に食傷気味になりだしていた。だが、未来からやって来たというのは気になる。それにその未来の科学技術とやらで僕の心も読めるようだ。とりあえずこの声の主に質問してみることにした。勿論、心の中で。


(誰なんだ君は!? 君の話が本当だとして一体何の目的でやって来たんだ!?)





(答えろよ!! 急にどうした!?) 





(急にだんまり決め込むんじゃない!! 何だお前は!? 語るだけ語っといて!)


(おい、さっきの声? ……おーい、未来の人どうした?)





「…………………さっさと返事しろ! この未来声が!!」


 カッとなり、思わず叫んでしまった。周りが一斉にこちらを見る。


「未来声ぇ~? 巻野、お前いきなり何を言い出すんだ~? 」


 全ての元凶も不思議そうにこちらの様子を伺っている。


(何とかごまかして! 私が未来から来たことは奴に知られてはいけない!)


 ようやく未来声の声がした。何が何だかよく分からないが、僕は適当な言い訳をしてその場をやり過ごすことに成功したのだった。


(おい、未来声さんよ……そろそろ色々説明してもらおうか)


 いい加減、状況を整理したいので僕は未来声を問いただしてみた。


(さっきはごめんなさい。奴に私の存在を感付かれそうで、それどころじゃなかったの)


 未来声が気になる発言をした。感付かれる? どういうことだ? まさか未来声はこの教室の中に居るのだろうか? でも、周りを見渡したところで目に写るのは知った顔ばかりだ。ということは未来声の正体って……。


(君はまさかすぐ近くに居るのか?)


(……ええ。貴方も奴もすぐ近くよ)


 ……まさかクラスメイトの中に未来から来たやつが居るとは。だが、あまり聞き慣れない声だ。僕が中二に上がってこのクラスで過ごし始めてから、もう半年以上になる。一通りの女子の声は聞いていると思うのだが、どうもピンとこない。

 

(なあ、未来声? 君の名前を教えてくれないか?)


(すぐに答えを言ったらつまらないでしょ。折角だから当ててみてよ)


 めんどくさいなと思いつつもまた返事がなくなるのも困るので、僕はクラスの女子の名前を順に答えていった。




(――じゃあ幼虫谷羽化美?)


(……それも不正解)


 ――おかしいな……今ので一通りの女子の名は挙げたはずなんだが、正解しない。本当にこの教室内に居るのだろうか? 困った僕はヒントを要求することにした。


(なあ、本当にすぐ近くに居るのか?)


(本当だってば。それともこの私が嘘ついてるとでもいうの?)


(だったらせめてヒントをくれよ。——そうだな……僕から見た場合、君はどの方角に居るんだ?)


 返答に困ったのか、少し間を置いた後に再び未来声は語り出した。


(方角だと言い表せないわ……でも方向でいうなら下よ)


 下……ってことは後ろか? 僕は思わず後ろを振り返った。


(違う違う! 下よ下! そのまんまの意味。)


 そのまんま……ここは二階だ。真下は一年生の教室がある。ということは……。

 

(行き過ぎ行き過ぎ! まだ分からないの⁉ 足元よ足元!)


 ……足元と言われてもそこに存在するのは、先程バックスピンをかけられた、あの哀れな汚物のみだ。呆れた僕は投げやり気味に答えた。


(じゃあ、もしかしてウンコか?)


(そうよ)


 ウンコかよっ‼ 当たるわけないだろうが! 何だコイツ‼

  






 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る