第2話 貰い事故

  ―――そして話は今に至るわけだ。

 ……何でこの人は普通で居られるんだろうか?もしや、バレていないとでも思っているのか?だとしたら、とんだ自信家だ。その鼻っ柱をくじいてやりたい。しかし、直接言い合うのは抵抗がある。睾丸に噛みつかれちゃ玉ったもんじゃないしな。

 どうしたものかと僕が思案するなか、恐田先生は教科書に載っている走れメロスを朗読しながら生徒達の周りを歩いていた。そして、メロスの3ページ目を読み終える頃、先生は一周し終え丁度僕の前を通り過ぎた。

 ―――その時だった。

 歩を進める恐田先生のズボンの裾からウンコの一部が転げ落ちたのだ。その瞬間、恐田先生は電光石火の如くそのウンコを蹴り飛ばした。先生から放たれたシュートによってウンコが僕の足元目掛けて飛んでくる。


 ダメだ! 避けれない!


 僕がもしサッカーW杯決勝のPK戦を任されたキーパーで、今が正にその時だったとしたら僕は全力でこれを止めにかからなければならなかっただろう。だが、実際は触れたら負け……いわばこれは逆PKみたいなものだ。絶対に避けなればいけない闘いなのだが、ウンコの驚異的なスピードに僕は反応することが出来なかった。

 諦めかけたその時、幸運にもウンコは僕の足元を上手い具合にすり抜けていき、後ろの席の山下君の足元でその腰を降ろした。

 僕はホッと胸を撫で下ろした。しかしそれも束の間だった。次の瞬間、ふと自分の足元に目をやると、なんとそこにはあのウンコが存在したのだ。

 僕には何が起きたのか理解出来なかった。目の前で超常現象が起きたのかとさえ思えた。

 あのクラス一温厚な山下君が蹴り返したというのも考えにくい。と、なるとやはり超常現象……ん?

 ウンコから煙が出ている。僕はようやく理解した。これは超常現象なんかじゃない。そうか。そういうことか……。


 バックスピンだ。

 ウンコを蹴る際にウンコの下部分を蹴ることでウンコに進行方向とは逆回転となる回転をかけたんだ。バックスピンによってウンコには着地点から後ろに戻る作用が働く。

 ウンコにバックスピンってかけられるの!?と思う人も居るかもしれないが、目の前で実際に起きたことが全てだ。



 かけられる。



 それにしてもなるほど、それで一旦通りすぎた僕の下へ舞い戻ってきたってわけか。

 ここで僕の頭の中に、恐田先生に対する一つの可能性が思い浮かんだ。


 もしかしてコイツ……僕になすり付けようとしている……!?


 擦り付けるといっても勿論、ウンコを物理的になすり付けてくるという、そんな猿やゴリラの派生形みたいな行動を、同じ霊長類の仲間である人間だからしてくるのでは?とかいっているわけではない。要するに僕に罪を着せようとしているのではないかという話だ。

 嫌な予感は的中する。恐田先生は僕の方へ近付き、言い放った。


「ん?何かこの辺臭うぞ」


 そう言うと僕の足元を指差し、間髪入れずに畳み掛ける。


「おい、お前! 足元のそれは何だ⁉」


「臭う! 臭うぞ! クンクン……」


「!!!!!」


「巻野ぉー! お前中学生にもなって、なに大便漏らしてやがるー!」


 お尻をパンパンに膨らませた先生が凄い勢いでまくし立ててくる。あまりに理不尽な物言いにとうとう我慢出来なくなった僕は遂に反論してしまった。


「これは先生の落とし物じゃないんですか⁉ 先生のそのお尻の巣から雛が一匹

はぐれてますよ!」


 そう言い終えると同時に僕はとんでもないことに気付く。


 巣が……巣が撤去されてる……!


 何とさっきまでパンパンだった先生のお尻が加藤浩次しているのだ。


 スッキリしているのだ。

 どういうことだ……出し入れ自由自在なのか……!? 魔法の片付け術が発動したのか……!?


「巣ぅぅ?何を言ってるんだぁぁ?」


 恐田先生が白々しくシラを切る。

 悔しい……。犯行現場において目撃者が30人以上……恐らくクラスの全員が一部始終を目撃していたというのに肝心の凶器がなくなったのだからその思いも殊更だ。遂に居たたまれなくなった僕は周りに向かって叫んだ。


「ただ今巻野TVでは、スマホなどで撮られたみなさんからのスクープ映像をお待ちしております!」

「どなたかオソレダブリドリのお尻の巣から雛が巣立つ瞬間の映像をお持ちの方はいらっしゃいませんか⁉」


 僕は賭けた。このクラスのどこかに不正を許さない正義の心を持った者が、真実を暴こうというジャーナリズム精神に溢れた者が居ることに。


 募集をしてから1分余り……このクラスに正義はなかった。投稿数0という屈辱的な結果だけがそこに残ってしまった。

 僕の震える握り拳から血が滲み出した頃、ふと誰かが口を開いた。

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