第13話 巫女と陰陽師

 

 弱きは糧に

 こわきは射手いて

 儚き蟲は生贄に

 じがばちなぜ啼く何と啼く

 殺める贄を哀れむか

 じがばちなぜ啼く何と啼く

 我に似ませと啼き綴る

 啼けよじがばち似我似我じがじが

 さすれば贄もうかばれよ

 啼けよじがばち啼かずんば

 贄の骸が蘇ろ


 人気の無い山間の林で、簡易な作りの山小屋が燃えている。

 人里からは離れているため、その火に気付く者はいない。

 月明かりは木々に遮られ、燃える炎だけがその小屋の周りをちらちらと照らしている。

 その小屋から少し離れて、炎の光に照らされている三つの人影がある。

 中央にいるのは、風変わりな装束と化粧けわいよそおった一人の巫女。小屋を正面に見据える形で、ゆったりと胡座をかき、静かに座している。

 くわ―― そう呼ぶにふさわしい、匂い立たんばかりの美しい巫女であった。

 その巫女の腕の中に、一人の少女がいだかれている。

 十代半ば程の、あどけない顔をした少女である。眠っているのか、胡座をかく巫女の両足の間に腰を下ろし、小柄な躰を巫女の胸にもたれて目を閉じている。巫女は時折慈しむ様にその少女の髪をなでていた。

 そして、巫女の傍らにもう一人、若い男が仰臥している。

 二十歳くらいの男で首に怪我をしているが、やはりこちらも静かに眠っていた。

 その三人と山小屋の間、巫女の視線の先には二つの死体が無造作に打ち棄てられていた。

 奇怪な死体である。遠目には人のようにも見えるが、よく見れば人とは言い難い。いや、人に限らず、一般に知られている他のどんな生き物とも違って見える。まるで、人と昆虫を掛け合わせた様な姿をしている。

 巫女は距離を置きながら、その奇怪な死体を見張る様に、静かに座っていた。

 程なくして、彼女らの後ろから数台の車両が近付いてきた。

 車両は巫女の後ろに並んで止まった。巫女が振り返ると、その中の一台、くすんだ緑色のバンの後部のドアが開き、アサルトスーツに身をつつみ武装した隊員が数名素早く降りてきた。その背中には、神祇省じんぎしょうと印字されている。

 その中の一人が、巫女に駆け寄った。

「ひい様、ご無事でっ」

れい。遅かったわね」

 その隊員は巫女の傍らに膝をつくと、顔を覆っていた布を首まで引き下げその容貌をさらした。まだ若い女だった。

 若いと言っても、その隊員が駆け寄った巫女の方がさらに若く見える。しかし、その隊員の態度は、まるで貴人を相手にするようにうやうやしげであった。

「お怪我は?」

「私がこれしきの相手に遅れをとるとでも?」

「流石、恐れ入ります」

 その女の隊員、礼は、安心したように微笑みながら言った。

 その他の隊員は、山小屋の前にある二つの死体に武器を構え、警戒しながら近寄った。その隊員達に巫女が声をかけた。

「あなた達、せっかく来てもらったのに生憎だけど、もう全て終わっているわ。其奴等は既にただの骸です」

 その言葉を聞いた隊員達が拍子抜けしたように警戒を解いていった。

 巫女がそう言いながら羽織っていた千早を脱ぎ、傍らに敷いてその上に少女を横たえていると、後ろに並んでいる車両の一台、黒いセダンの扉が開き、中から一人の男が降りてきた。

 巫女の背筋に鋭い緊張が通り抜けた。

 微かな足音と共に、背後に何か尋常ならざる気配が近付いてくるのを察した。

(殺気―― ではない。しかし油断はできない)

 巫女は先程の戦いのさなかにすら持ち得なかった強い緊迫感を背中に感じていた。

「その骸、如何いかがされますか?」

 巫女は声の方を振り向いた。黒く冷たい人影が、巫女の後ろに立っていた。

「たとえ骸といえど、マガツカミ、迂闊に扱うことはできません」

 男は静かに巫女に問うた。

 そこにいるだけで、周囲の気温が下がるような佇まいの男だった。

 年の頃は三十代なかばといったところか、しかし見ようによっては二十代にも四十代にも見える。整った顔をしているが、表情に乏しく、何とも捉え所が無い。

 左耳には、通信用とおぼしきイヤフォンがはめてある。

 暗い色のスーツは、炎の光が無ければそのまま闇の中へ紛れてしまいそうだった。

「――どなたでしょう」

 そう誰何する巫女の視線には、強い警戒心が籠もっていた。

「これはとんだ失礼を。初めまして。わたくし刑部おさかべただしと申すものです。この度、皆様のお手伝いをさせていただくべく――」

 男はそう言いながら巫女に名刺を差し出した。

「陰陽寮より使わされました」

「……陰陽師こよみやね」

 巫女は視線を男から離さず、ぞんざいに名刺を受け取った。肩書きを見ることすらせず、そのまま男をにらみ続けていた。

猨女さるめ様とお見受けしますが」

「如何にも、私が猨女さるめです」

「お話はかねがね伺っております。噂にたがわず、大変お美しい」

 その男、刑部はそう言って微笑んだ。それは、石版に機械で彫り込んだような、感情の見えない冷たい笑みだった。

「あ、あのっ、マガツカミの骸の件ですが、」

 二人の間の険悪な雰囲気を誤魔化そうとするように、礼が割って入った。

「全てこちらで処理することになっております」

 礼はそう言いながら、腰に装備していた金属製の筒を取り出した。ロックを解除してふたを開けると、中から一匹の小さな獣が顔を覗かせた。

「ほう、これは、飯綱いづなですか」

「はい、神祇省で管理しております」

 刑部の質問に、少し得意げな様子で礼が答えた。そしてそう言いながら指先でその獣、飯綱に指示を出した。飯綱は素早く骸のそばにむかい、その脇の土を掘り始めた。すると、その動きに誘われるように、どこからともなく次々と仲間の飯綱達が、まるで夜の闇から湧き出るように姿を現し始めた。

「埋めるのですか?」

「はい、狐たちは穴掘りが得意なれば」

 そう言葉を交わす間にも、既に飯綱は骸の周りに大きな群れを作りながら、一斉に穴を掘り進めていた。

「そうは言っても、先程も言いましたが、たとえ骸といえど迂闊には扱えません。埋める程度では――」

「地下は黄泉の領域」

 礼は刑部の疑問を遮るように言葉を続けた。

「そして骸は死の管轄。『あのお方』と、既に話はついております」

「まさか、『あのお方』とは――」

 刑部の顔に喫驚の表情が浮かんだ。そこへ巫女が嘲る様に微笑みながら言った。

「何を驚くことがあって?『あのお方』は、我が大君の母君に当たるお方。此度こたび、私が大君のみことのりにより使わされたことを鑑みれば、ごく自然の成り行きというもの」

「確かに…… お見逸れいたしました」

巫女はそう言いながらこうべを垂れる刑部を見て得意そうに微笑むと、礼の方に向き直り、傍らに横たわる二人の人物を指していった。

「それよりも、礼、この者達をお願い」

「こちらは、知らせのあった方達ですね?」

「ええ。生身の娘に無理をさせてしまったわ」

「はい、その件ですが……」

 すると、その二人の会話に刑部が入り込んできた。

「この度は、私どもがこの方達の手当をさせていただくことになっております」

不審そうな表情で振り向く巫女に、刑部が微笑みながら言った。

「どうぞお任せを」

 刑部の指示に従って数名の男達が、巫女が保護していた二人を手際よくストレッチャーに乗せた。神祇省からの隊員は、先程から山小屋の消火活動に当たっており、火事は既にほぼ鎮火している。

この場の問題は全て収まり、皆撤収しようという雰囲気につつまれた。しかし、ストレッチャーに乗せられた二人を見て巫女が言った。

「待ちなさい。この者達はただの人。なぜこのようないましめがいるの?」

 巫女が指摘したとおり、二人の躰は頑丈なベルトでストレッチャーの上に何カ所も固定されていた。通常の怪我人の扱い方とは明らかに異なっている。

「この二人はあのマガツカミに接触しました。安全が確認されるまで、それなりの注意と監視が必要となります」

「……」

 刑部の返答に巫女は不満げな様子ではあったが、それ以上何も言わなかった。

 するとその時、ストレッチャーの上に寝かされていた武雄に意識が戻った。

「うう…… な、なんだよこれ……」

 目を覚ましたとはいえ、まだ武雄の意識は朦朧としている。

「目が覚めたようですね」

 巫女が武雄を見下ろしながら言った。

「暫く大人しくしておくことです。色々と聞きたいこともあります」

「な、なんだてめえ、俺をどうする……」

 巫女の顔をみてそう言いかけた武雄は途中で言葉を詰まらせ、目を見開いた。巫女の顔をまじまじと見つめた。

「おまえ、まさか……」

「ん?」

「まさか、さっきの……」

「あら、私に気付くとは、中々勘の鋭いことね」

「もうその辺りで」

 刑部が二人の会話を遮り、武雄を連れて行こうとした。しかしその時、武雄が続けて呟いた。

「な、何なんだよおまえ。何だよ、『ひかりあまねかし』って。お前等何もんなんだよ」

 その言葉を聞いた刑部の動きが止まった。

 刑部はおもむろにストレッチャーの上の武雄に振り返ると、その顔を凝視したまま言った。

「猨女様、すみませんが、こちらの男性を保護する前に確認したいことがあります」

「何かしら?」

「先程の戦闘の子細、既に報告を受けております。その上でお聞きしますが――」

 刑部は真剣な面持ちで巫女に向き直った。

「猨女様、あなたがあの少女に憑依する際、あの言葉、『依り代の言霊』を唱えられたのですか?」

「そうよ、その方が手早くこの身体から抜けられるもの。一刻の猶予もなかったしね」

「その際、こちらの男はどういう状態だったのですか?」

「あのマガツカミの言葉に聞き入りながら、まさに取り憑かれようとしている処だったわ」

「意識ははっきりあったと?」

「ええ」

 巫女の返答に、刑部の表情が険しく強ばった。隣でその会話を聞いていた礼も、何か重大なことに気付いた様に困惑の表情を見せた。

「……では、この男は、言霊を聞いていたことになりますね」

 刑部は、ゆっくりと、明瞭な声で言った。その単純な質問には、これ以上無い程の真剣味が込められていた。

「そうなるわね」

 巫女が答えた。

 その言葉を聞いた刑部は、数秒真剣な表情で巫女を凝視した後、ストレッチャーに寝かされた男、武雄の方へ、くるりと振り向いた。

 あっという間の出来事だった。時間にして二秒ほどである。

 刑部は背広の懐に手を入れたかと思うと、脇のホルスターから小型の拳銃を取り出し、銃口を武雄の頭部に添えて、素早く二回、引き金を引いた。

 夜陰に乾いた銃声がとどろいた。武雄は自分に何が起こったのか理解する暇も無く、頭部より大量の血を流しながら息絶えた。

「な、何をっ……」

 巫女が愕然とした様子で言った。

 刑部は拳銃をホルスターに収め、沈痛な面持ちで巫女を振り返った。

「残念ですが、仕方ありません」

 巫女の表情が、驚愕から憤怒へ変わった。

「よくもっ」

 巫女は刑部に向かって踏み出した。

「ひい様っ、お待ちをっ」

 礼が巫女の行く手を遮ろうとしたが、難なく押しのけられ尻餅をついた。巫女はそのまま刑部に詰め寄り、激しくその頬を張った。

 とても平手打ちとは思えぬ、まるで爆竹が破裂したかのような大きな打撃音が響いた。

 刑部はなすすべも無く張り飛ばされそのまま崩れ落ちた。

 巫女はさらに刑部に近付こうとしたが、礼が必死の様相で後ろから巫女の腰にしがみついた。

「ひい様っ、どうかお鎮まり下さいっ、話をお聞き下さいっ」

 礼の懇願に巫女は辛うじてその場にとどまった。

「こ、これで、気は済まれましたか」

 刑部が頭を押さえながら上体を起こした。口から一筋血が垂れている。

何故なにゆえ…… 何故このようなことを……」

 巫女が威圧的に刑部を見下ろしながら言った。

「あなたもご存じの筈です、あの言霊に、どれだけ重要な役目があるのか。それを敵に知られることがどれ程の脅威なのかも」

「しかしこの男がその役目を知っていよう筈がありません。それさえ知らなければ、言霊自体を知っていても何の意味も無かろうものを、なぜこのようなっ」

「……今から数年前――」

刑部はぼそりと言葉を発した。

「何?」

「我が師がこの世を去りました」

「何の話?」

「孤児だった私をおのが子のように育て、それだけでなく師の持てる陰陽道の全てを惜しげも無く授けて下さった、師は私にとって親にも勝る存在だった」

 刑部はふらつきながらも何とか立ち上がり、言葉を続けた。

「その師が生涯を掛けて目指していたもの、それこそが『御霊の依り代』。師は、完成まで後一歩の所までこぎ着けていました…… しかし師がその完成を見届けることはとうとうなかった」

 そこまで言って一瞬言葉を詰まらせると、刑部はまるで憎しみを吐き出すように言った。

「喰われたのです…… 依り代に。私の目の前で」

「依り代に…… 喰われた?」

「そう、依り代にです」

「まさか、依り代がそんな……」

 端で聞いていた礼が、聞いたことを信じられないという様子で言った。

「私は依り代を憎んだ。私にとって依り代は、仇そのものだった」

辛い過去を吐露する絞り出すような声だった。硬く握られた拳は、小さく震えていた。

「しかし後日、私は本庁から師の後任、依り代開発の責任者に任命されました」

「あなたが……」

「それは全て、師の遺言でした。もし自分に何かがあれば、後を任せられるものは私以外にいないと……」

刑部はそこまで言うと、やにわに巫女に向き直り堰を切ったように一気にまくし立てた。

「マガツカミによって、これまで多くの民と同胞の命が失われて来ました。もし『御霊の依り代』さえあったなら、今までどれほどの命が失われずに済んだことか」

「それは分かっているわ。だからといってこの男がマガツカミに言霊を――」

「浅はかなっ、マガツカミはこれからも、いくらでも現れる。あなたは奴らがこの男に接触しないと言い切れるのですかっ」

「そ、それは……」

「依り代の巫女亡き今、私たちが頼れるのは、この世にたった二枚しか存在しない『御霊の依り代』のほかにありません。それがわかっていながら、あなたは軽率な行動をとった。この男の死はあなたの責任だ!」

「くっ……」

 巫女は言葉に詰まった。

「ご理解いただけましたか」

 巫女は未だ納得のいかない様子で刑部を睨め付けていたが、それ以上反論しなかった。

 その時、装備している通信機に連絡が入ったのか、礼が肩のマイクに向かって話し始めた。

「はい、ひい様共々皆現場におります。はい、少々お待ちを」

 礼はそう言うと、一度駆け足で車両へ戻り、手にタブレット型端末を持って戻ってきた。

「ひい様、通信が入っております。こちらをどうぞ」

 礼がそう言いながらタブレットの画面をタップし巫女に向けると、そこにいかめしい老人の顔が映し出された。

「猨よ、そちらはどうなっておる?」

「……今、全て終わったところよ」

「ご苦労。……どうした、うかぬ顔をしおって」

「どうもしないわ。で、用件は何?」

「うむ、此度のマガツカミ、おおよそ正体が見えたぞ」

「そう、それで――」

「失礼、お話の途中申し訳ありませんが――」

 巫女が会話を続けようとしたとき、突然刑部が間に割って入ってタブレットの老人に話しかけた。

「そのお話、私も加えさせていただけませんか」

「んん、もしや其方、式神使いの――」

「はい。刑部忠と申します」

「おお、貴殿がのう。陰陽寮から知らせは受けておる。無論かまわぬぞ」

 横で聞いていた巫女があからさまに不快な表情を見せた。その様子に気付かなかったのか、それとも気付かぬふりをしていたのか、刑部は事も無げかつ慇懃いんぎんに話を続けた。

「恐れ入ります。では皆さん、よろしければ、私の車へどうぞ」

 そう言いながら、刑部は自分が乗ってきた車を指した。

「私が皆さんをお送りしますよ」

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