第7話 ネットの噂
「ただいま」
誰もいないのは分かっていたが、園子は自宅に戻るととりあえずいつもの習慣で挨拶をした。そのまま真っ直ぐ自分の部屋へ行き、鞄を床に放り出して制服のままベッドの上に仰向けに倒れ込む。そして天井を見ながら、今日あった色々なことを思い返してみた。
まだ昼を少し過ぎたばかりだというのに、すごく長い日を過ごしたような気がする。思い出すのはやはり天乃のことばかりだった。喫茶店でのことを考えると、疑問と期待と恥ずかしさが一緒くたになったような、何とも説明のしがたい不思議な気分になる。園子は今日天乃にすっかり手玉に取られてしまった気分だったが、なぜだかそれがこの上なく心地よかった。
(天乃さん…… 不思議なひとだな)
脳裏に浮かぶ、彼女の整った容姿も、洗練された立ち振る舞いも、妖しげな雰囲気も、すべてが園子を引きつける。明日また会えると思うと静かに胸が高鳴った。園子が学校へ行くのを楽しみに感じることは本当に久しぶりのことだった。
しかし喜んでばかりはいられない。園子には今大きな気がかりが一つあった。
麻祐子のことである。
天乃に帰り道の同伴を頼まれたとき、園子ははっきりと麻祐子の視線を感じた。そのことを思い出すと空恐ろしくなる。教室を出るとき自分達を見ていた麻祐子の顔付きは尋常ではなかった。
(あんな顔の黛さん、初めて見たよ……)
園子はふと、一年前初めて麻祐子に会った頃のことを思い出した。
園子の住む街、東雲市はあまり大きな街ではない。なので地元である百合ヶ丘高校に入学しても生徒達の顔ぶれに大きな変わりはない。しかしそこに、都会から引っ越してきた一人の少女が新入生として入ってきた。
それが麻祐子だった。
麻祐子は美しく利発な少女だった。そして園子達にとって、麻祐子はいかにも都会から来たという雰囲気の、洗練された存在だった。
園子たちのような田舎の生活しか知らない高校生の目には、麻祐子は憧れの都会の
そんな麻祐子が自然にクラスの女子のリーダー的な存在になるのは自然な流れだった。
しかしその頃の園子といえば、その女子のグループを傍目に見ながら我関せずという様子で彼女達に関心を持つことは無かった。別に麻祐子のことが嫌いだったわけではない。元々、自分から人に話しかけるのは苦手だっただけである。
その態度が麻祐子の気に障ったのか、程なくして、麻祐子とその取り巻きたちは園子をいじめの対象として目をつけた。
最初はそれほどたいした嫌がらせはされなかった。クラスでの面倒な役目を押しつけられたり、嫌味を言われる程度だった。しかしそれはだんだんエスカレートしていき、今ではまるで小間使いのように扱われ、暴力を振るわれることも度々あった。
そしてその園子へのいじめが悪化するほど、麻祐子達のグループの結束も強くなっていき、クラスでの立場も磐石になっていったように見えた。
(もしかして――)
そこまで考えて、園子はふと思い付いた。
麻祐子は今の立場を天乃に奪われることを恐れているのではないだろうか?
麻祐子は一年生のときはずっと女子達のリーダー的な立場にいた。今日から新しいクラスになった訳だが、彼女は当然これからも同じような立ち位置を望むだろう。実際一年のクラスから引き続き同じクラスになった女子の内数人は、今日すでに彼女と連れ立っていた。そんな麻祐子にとって、天乃のような存在は放っておけない筈である。何しろ、新年度初日にしてクラスの関心は天乃がみんなさらっていってしまったのだ。
なおかつ麻祐子は天乃の前で自分のリーダーシップを誇示しようとして失敗している。早急に新しいクラスでの足場を固めておきたい彼女にとって、これが手痛い失敗だったろうことは容易に想像できる。そう考えれば、あのときの苛立ちと嫉妬が混ざったような激しい表情にも合点がいく。
(もう、やだなぁ。なんでいっつもこんな面倒なことになるかなあ)
そう思いながら園子は俯せになって枕にぼすっと顔を埋めた。
園子は麻祐子が天乃に対してこれからどのようなアプローチを取るのかが気になった。そして、もしこれから自分と天乃の距離が近くなっていくとしたら、その関係に何か口出しをされるのではないかと不安を感じた。
園子はそんな事を考えながら暫く枕に顔を突っ伏していたが、ふと何かを思いつき、がばっと起き上がった。
(もしかしてその辺の噂が何かあそこで見れるかも)
とりあえず私服に着替えた園子はノートパソコンを開くと、よく訪れる大型掲示板サイトのページを開いた。
マウスを滑らしリンクをつつくと見慣れたフォーマットのスレッドが開かれる。
『百合ヶ丘高校のスレッド 12時限目』
昨日まで春休みだったため暫くあまり書き込みはなかったようだが、今日からまた書き込みが増えている。園子が想像していたとおり天乃についての書き込みはすでに結構な数があった。しかし、大半はたわいもないものだった。ほとんどの書き込みは、すごい美人が転校してきた、とか、妖しい雰囲気のある人だった、など、はっきり言って園子の知りたいような情報や噂は何もなく、園子は少し失望した。
(よく考えたらまだ今日会ったばかりだしな。ちょっと早すぎたみたい)
情報は取りあえずまた後で探すとして、園子はそのまま何となく掲示板の閲覧を続けた。
この手の掲示板にはありがちだが、この日もいつも通り都市伝説やゴシップなどの如何にも信憑性の低いネタがあふれていた。生徒同士の交際の噂や、この街で最近起こった事件の話、物騒な物では、神社の桜の木の下に死体が埋まっているなどという血生臭い話題もあった。
園子はそれらの話題にほとんど関心を示さなかったのだがだが何故かその中で、一見たわいの無い一つの噂に妙な関心を覚えた。
「御霊の依り代?」
初めて聞く話題だった。最近書き込みが始まり、すでに結構な人数の生徒が興味を示しているようである。それがどういった物なのかははっきりと説明する書き込みはなかったが、話の流れからだいたい想像できるのは、それが何らかの願いをかなえるためのアイテムらしいということだった。
元来思春期の少女というのはこういったオカルティックな噂に強く興味を引かれる傾向がある。だからこの手の話が学校の掲示板で話題になるのは何も珍しいことではない。ただ、園子は学校にこういうことを話せる友達がいないため、この手の話題をあまり耳にすることがなかった。だがなぜかこの『御霊の依り代』というアイテムの話題は園子の格段の注意を引きつけた。もっと詳しく知りたいと思ったが、いかんせんまだ具体的な情報が少ない。もう少し時間がたって、書き込みが増えるのをまとう。そう思いながら園子はパソコンを閉じると、いつものように携帯を取り出した。
メール作成<新規>
To:お母さん
Sub:謎の転校生!
本文:お母さん、今日から新学期が始まったよ。
で、新しいクラスに転校生が来たの。凄い美少女! でも、それだけじゃなくて、ほんと、謎の転校生なの! 二人で沢山お話したけど、謎は深まるばかりです。
じゃ、またメールするね。
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