第3話 ゆめ うつつ

 その夜――

 園子は不思議な光景を目にしていた。

 いや、本当に目にしていたのか、それとも虚ろな幻だったのか――

 冴え冴えと浮かぶ月の下、美しく咲きめたしだれ桜。その傍らには美しい巫女が佇んでいた。

 そして、その巫女の視線の先で、恐ろしい姿の化け物達が一人の剣士と戦っている。

 ひどく現実離れした光景であった。

(私は何を見ているんだろう――)

 目の前に展開されている状景は、非常に激しく印象的な物なのだが、なぜか見える物がすべておぼろげではっきりしない。

 見える物だけでは無い。園子の意識自体が朦朧として、何も確かに捉えられない。

(私は一体どこにいるんだろう――)

 夢か、うつつか、それすら定かでは無い。

(きっと夢だ―― でも、どちらでも別にかまわない)

 真っ黒い影のような化け物達が剣士に襲いかかる。しかし剣士はそれを物ともせず、一人、また一人と倒していく。だが、園子の意識は茫漠ぼうばくとして、その戦いに注意を引かれることは無かった。

 むしろ園子の目を引きつけたのは、桜の下の美しい巫女の方であった。

(きれいな人――)

 ぼうっと霞んだ視界と意識の中で、なぜかその美しさは感じることができた。

 巫女の大きく澄んだ瞳。その、心まで射すくめるように鋭く、それでいて優しげな眼差し。そして、美しさだけではなく、その瞳の奥にはどんな恐ろしい相手に対しても決して気後れすることのない、鋼のように強い心が感じられた。

 園子は虚ろな意識の中、その巫女にすっかり魅せられていた。

 この美しい人を、もう少しこのまま見続けていたい、園子はそう思ったが――

 剣士があらかた敵を倒し、最後の一人、ひときわ恐ろしい魔物が残されたとき、巫女は剣士を下がらせ、その最後の魔物に対峙した。そしておもむろに腰から大きな短銃を引き抜くと右手の甲の上に構え、引き金を引いた。

 一瞬、激しい閃光が走り、辺りに銃声が響くと、その衝撃にはじき飛ばされるように、園子の意識は吹き飛び、目の前が真っ暗になった。

 ほんの数刻、園子はまるで混沌の暗闇の中をゆっくりと沈んでいくような感覚にとらわれていた。だがその時、園子の心の中に直接語りかけるような、涼しく凜とした言葉が、まるで躰に染み入るように聞こえてきた。

 ―― みたまやどれかし ――

 その声を聞いた時、園子は意識を取り戻した。

 園子は自分の部屋にいた。ベッドの上に仰臥し、見慣れた天井を見上げていた。

「あれ、私いま……」

 のろのろと上体を起こし、傍らの時計を見る。針は深夜を指していた。

(何か夢を見ていたみたい――)

そしてその夢を思い出そうとしたが、なぜかはっきりと思い出すことができなかった。

(なんだか、すごく疲れてる)そう思いながらまたベッドに倒れ込み、そのまま深い眠りに落ちていった。

 明日から新学期が始まる。

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