驚愕怠慢お化け

私が目指す「生徒会本部」は本校舎4階の東西に延びる廊下の1番東の突き当たり、視聴覚室に拠点を構えている。私達は先程校舎西側に外付けされた非常階段の2階踊場で作業していたので、急げば到着に2分とかからないだろう。

掛札をうっかり落としたのならばそこに届けられている可能性が高いはずだ。


階段を上がり切って校舎に入ると、いつもの廊下は「学園祭仕様」に衣替えされており、各クラス、各団体によって施された装飾で非常に賑やかになっていた。メルヘンな塔や黒塗りの一つ目小僧がいたりと様々な世界が入り乱れ、これは言わば「カオス」である。目が痛い。


カラフルに変貌した教室を覗き覗き歩いていると、いつの間にか突き当たりの生徒会本部に到着していた。

「おっ、いらっしゃい要注意人物」

そう言って受付から声を掛けたのは、私と同じクラスの長崎陽大ながさきはると、俗称「ハルトゥ」だ。生徒会会計ながらにして極度の怠慢屋で、昼休みや放課後に会議の召集がかかる度に「生徒会やめてぇ〜…」と零している。

「受付担当がお前か、これは今年の明善祭は終わったな」

「え?マジかよ!明善祭の命運を握るほど重要なポジションだったのか、受付担当は!クッソ〜やんなきゃよかった!……で、どうしたの?何か御用?」

「紛失物探しだ。『詭弁』の文字が彫られた15センチ四方の掛札が届いていたりしないか?」

私の言葉にハルトゥはニヤリと口角を上げ、「面白いことになってるじゃないか」というふうな表情をした。

「あの掛札かぁ、今年もやるんだ、例のアレ。でもなぁ、残念だけど届いてないんだよ。やばくない?掛札が無いとなると、例の君の『計画』がオジャンじゃんか。πから聞いたよ」

…情報が早いな。まだこの計画はπにしか話してないというのに。いや、πが口を滑らせただけか。どちらにせよいい迷惑だ。

「だから焦っているんだ」

と言うと、彼は益々その丸顔を笑顔に歪ませ、2、3秒溜めた後こう言った。


「するんだろ?告白。」

「ああ」

「詭弁学部の彼女に?」

「ああ」


その通り、好きだ。私は長い髪の毛を団子に結ぶ彼女に恋をしている。そして、学生として最後の今年の明善祭、詭弁巡りを利用した壮大な告白計画を志として胸に打ち据えていた。その全貌は読者諸賢にもまだ言えない。

「君の後ろにいるその彼女に?」

「ナニっ!?」

計画の根本破綻を覚悟し振り向くと、そこには誰もおらず、ただただ学園祭の喧騒が続いている。くそっ…騙しやがったなコイツ!騙した本人は目の前でコロコロ笑っている。

「いやいや…悪かった。生憎掛札は届いてないけど、マジで面白いよ!面白い!僕にも協力させてくれ」

…協力?協力だと?生徒会とは名ばかりの、世に名を跨ぐ「驚愕怠慢お化け」のお前が?どうせろくでもないことに決まっている。期待は確実にできない。

「僕もその掛札を探すんだよ。それだけ。この受付はほっぽり出すことになるけど、君の計画の面白みには換えられないからね」

…やはりこの男はろくでもない。詭弁学の才能がある。こんな男でも一応生徒会なもので、仕事はある程度こなす。探してくれるとなったら私の負担は少しは軽くなるだろう。

「…じゃあ任せていいか?見つけたら私に連絡してくれ。少なくとも30分後までには詭弁巡りを始めたい」

「フッフ、了解したぜ親方。マジで楽しみだ、どんな大騒ぎ起こしてくれんのかな」

と言い残すと、彼は「生徒会」の腕章を付けて、私より先に喧騒の中へ走り去ってしまった。せっかちなやつだ。


さて、私も掛札を探しに再出発するとするか。

ここに無いとなると、やはり非常階段の格子の隙間から落ちたりしたか?非常階段の真下には確かそれなりに深い大井戸があったはずだ。夏の猛暑とこの残暑で水は少なくなっているが、落ちていたらまあ大変だ。

私は次の目的地を大井戸に切り替え、足早に歩き出した。πと彼女はどうしているだろう。気を利かせて踊場に広がっていた木屑やちり紙を片付けてくれていたりするだろうか。モニュメントをどこか目立たない広い場所に移動させていたりもしてくれたらもう万々歳なのだが。

たかが15センチのために校内を奔走しなければならないとは、自分で言い出したとはいえとんだ役回りだ。

遠くからは吹奏楽部のマーチングバンドの音が聞こえ始め、各団体が一般客をあれよあれよと自分の陣地に引き入れていた。明善祭の始まりである。


見てろよ青春野郎共、今年の明善祭を引っ掻き回してやるのはこの私だ。






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詭弁アポカリプス キリン @mikota98

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