第5話

 胸にストレートパンチを叩き込まれたみたいに、三日月の息は止まった。

 美星が人型AIを使っていることはさっきの会話で分っていた。けれど今の言葉からすると、それだけじゃない。


「……デミと人間を一緒にするなよ。おかしいんじゃねえか?」

 ことさら呆れたふうに言ってやる。美星が冗談として流すなら、忘れる。AIをガチで彼氏扱いしているなんて誰にも知られたくないはずだ。リア充女子高生ライフがゲームオーバーになるのは確実だ。


「あはっ、違うよ? 今のはたとえばの話っていうか、ナイショの話っていうか、だからその……もういいや」

 痙攣しそうな半笑いを美星はふいに引っ込めた。討ち入り寸前の侍みたいに目を据わらせ、頭突きする勢いで顔を寄せる。


「デミなんかじゃないし。スバルはわたしの大切なヒトだし。あんたなんかよりずっとかっこいいし、頼りになるんだから」

「それはこっちの台詞だ。スミレは世界で一番かわいくて優しい。お前なんかとは比べものにならない」


 売り言葉に買い言葉で言い放ち、直後に後悔する。お互いごまかせないところへ踏み出してしまった。

 美星はもはや涙目だった。


「どうせ可愛くないよ。知ってる。いくら愛想よくしたって、誰もわたしのことなんか好きにならない。でもだからって嫌われたくないじゃん。あんたみたいに教室でひとりっきりでいるなんて絶対やだ。けどスバルは大丈夫だから……思ったことをそのまま言ったって、わたしを好きでいてくれるんだから」


「そりゃそうだろう。俺だって、上辺だけの気持ち悪い愛想笑いしてる時よりは、今のお前の方が好きだ」

「え……は?」

 美星がぽかんとする。三日月は上気するのを感じたが、どうにか落ち着いて付け足した。


「そういう意味じゃないから。深く取るな」

「あ、うん。だよね。分ってる」

 美星は力を抜いたふうに頷く。

「でも、ありがと」

「いや」


「それとね、わたしは彼氏が自分より小さくたっていいよ」

「……ふうん」

「あんたならって意味じゃないけど」

「それなりにましな男ならってことか。あ、俺だ」

 三日月はカウンターに顔を向けた。自分の番号が呼ばれている。


「わたしもだ」

 続けて美星も席を立った。三日月はそっちは気にしないようにして、自分の窓口へと歩いた。昨日今日になって初めて言葉を交わした相手より、スミレの方が大事なのに決っている。


「申し訳ありません。すぐには原因が分らないようなので、修理のうえ改めてご連絡差し上げるという形でよろしいでしょうか」

 係員に滑らかな調子で告げられる。三日月は暫し瞬きを繰り返した。


「え、いや、PDがないと困るんですけど」

「代替機を無料でお貸し致しますよ」

「だけどスミレ……デミは」

「もちろんAIは標準搭載されています。貸与期間中は、お客様の方でご自由にカスタマイズされて結構ですので」

 完璧な営業スマイルだった。


 簡単な手続きと基本情報の設定ののち、代替PDを手にカウンターを離れる。ちょうど美星も終わったところらしい。持っているのは同じ機種だ。三日月に向けて首を振る。

「分んないから修理に出すって」


「同じく。やんなるな」

「直るよね」

 暗い雰囲気を振り払おうとするように美星は言った。三日月は頷く。

「絶対な」


「だけど、それまでどうしたらいいんだろ。土日だけど予定もないし」

「俺も暇……っていうか、スミレがいないと何をすればいいのか思い付かない」

「わたしも」


 PDショップを出る。三日月はぼんやりと空を仰いだ。初夏の陽光が眩しい。

「じゃ」

 美星はちょこんと頭を下げた。なんだか雑な感じにまとめられた髪を揺らして、三日月より15センチ高い少女は背中を向けた。


「里谷さん」

 用なんかあるはずもない。なのに呼び止めてしまっていた。

「なに、木須君?」

 美星はすぐに振り返った。なんでもない、と今さら言ったら怒るだろうし、適当に話を繋ぐしかない。


「嫌なら別にいいんだけどさ」

「嫌なんて言ってないじゃん。ていうか、何が?」

「このあとどっか行かない? 映画とか」

 なんだそれ、と自分に突っ込みたくなった。案の定、美星は困ったような顔をした。

「ん……いいけど」


「だよな、いきなりそんなこと言われても困るよな……え?」

「ごめん、やっぱりなし」

「そ、そっか。はは、ちょっとびっくりした。じゃあ」

「映画より、どっか広いとこ行きたい。海とか」


 美星から離れようとした足が止まる。街の喧騒が急に遠ざかった気がした。

「……いいな、それ。行く?」

「うん」

「これから?」

「うん」


「本物の砂浜のあるとこ? 遠いけど」

「うん」

「うん、しか言ってないし」

「うん……じゃなくて、その、こういうの慣れてなくて。大変かな?」

「行って、ぶらぶらして帰ってくるだけなら。適当でも平気だろう」


「うん。あのね?」

「なに」

「ありがと。誘ってくれて」

「あ、うん」


「行こうか。とりあえず駅だよね」

「うん」

「今度はそっちが、うん、ばっかり」

「うん、あ」

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