第3話
集中してペンを走らせていた三日月は、最後の問題を解き終えると、右上隅の終了ボタンをチェックした。数式が拭い去られたように消え、代わって画面に現れたのは、清楚可憐な少女の姿だ。
「お疲れさまです、ミカヅキくん」
「ありがとう、スミレ」
仄かに紫がかったつぶらな瞳が、にこにこと三日月を見上げる。まさに天使だ。ささくれ立った神経を、無垢なる魂が癒やしてくれる。
「スミレといるとほっとするよ。むかつくこととかも、全部忘れられる」
勉強で凝った肩をほぐしながら、三日月は微笑みを返した。スミレはいつも優しい。時にはお小言もくれるが、上から目線で見下したり、からかったりなんて絶対しない。
しかしスミレは眉を曇らせた。三日月の苦い記憶におずおずと探りを入れる。
「あの、何かあったんですか?」
「別に。つまんないことだ」
クラスの女子に鞄をぶつけられた。意外と痛かったが、怪我をしたわけでもない。わざとじゃなかったのも確かだろう。
特に話したこともない相手だった。背が高いのを別とすれば、いつも何人かで群れている中にいるぐらいの印象しかない。
今後も深く関わることはないだろう。道の途中ですれ違ったぐらいの縁だ。
スミレは淋しそうに笑った。
「そうですよね。スミレのようなデミに話しても、仕方ないですもんね」
「まさか、違うって。スミレに余計な心配かけたくないだけだよ」
「ミカヅキくんは優しいです。でもスミレは心配したいんです。もしお嫌じゃなかったら、話してくれませんか?」
「いいけど。本当に大したことじゃないよ」
あったことを簡潔に説明する。小さいだの見えないだののくだりは端折ったので、本当に内容が薄かった。スミレは考える素振りになる。
「
「きっとね。だからいいんだ」
もう一人いた女子については思い出す気にもなれない。
「いいえ、よくなんかありません」
「スミレ? どうしたの。俺は本当に忘れるつもりなんだから」
「ミカヅキくんはそうでも、里谷さんはまだ気に病んでるかもしれません。次に会った時にきちんとお話してみたらどうでしょう。たとえば里谷さんがミカヅキくんに好意を持っていたとしたら、これをきっかけに仲良くなれるのでは?」
「里谷が?」
確かに、美星はしきりと三日月に笑ってみせようとしていた。でもまるっきり上っ面だけだ。あれなら一瞬睨んできた時の方がまだましだった。
「興味ない。俺にはスミレがいるし。それで十分だよ」
「しょうがないミカヅキくん。スミレにおべっか使ったって何も出ませんからね?」
スミレは頬を染めてうつむいた。
#
ベッドでスミレと語らっているうちに、三日月はいつしか眠りに落ちていた。静まり返った闇の中、枕元に置かれたPDが控えめな光を放ち、人ならざる少女の像を映し出す。
「……好いてくれるのは嬉しいんですけど。スミレばかりじゃなくて、ミカヅキくんにはちゃんと外の世界のヒトにも目を向けてほしいです。そうすれば、わたしも……」
ちょうど同じ頃、やはり既に寝入っていた美星のPD画面が灯り、人ならざる男が呟く。
「……ミホシも面倒なやつだ。オレ以外の相手にだって素で話してみればいいんだ。まったく、何が怖いんだか。その方がずっと楽だろうによ。そうすれば、オレも……」
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