ボッチ、嘘をつく

あの後、駿達は大通りを歩いていた衛兵を数人呼び止めて、地面にボロボロで寝ている剛一と、肩を押さえて未だに悶絶している卓を事情を事細かく説明してから、預けて貰えるように頼み込んだ。


 駿以外の皆も、積極的に証言をして、この世界に来る前のことは話さずに、今回はあくまで路地で駿達を襲おうとしていたため、正当防衛をしたということにしておいた。


 勿論、証言だけでは不確定なので、例の装備したら持ち主の姿を消せれるマントと二人が持っていた武器を見せて、衛兵達が『本当に二人だけで六人を相手に襲おうとしていたのか?』という疑問に思っていたことを『姿が見えなくなるのならば、確かに犯行は可能だ』という結論に至らせ、それが決定的な証拠となった。


 一応、二人が鎖で腕を縛られて衛兵がガッチリとホールドをしてるのを確認した後、駿は伽凛に頼んでその場で二人に与えた傷を治して貰った。


 その時の二人は驚愕していたが、駿が「......ちゃんと罪を償ってこい」と言った直後、罪悪感に苛まれるように目を伏せて、そのまま連行されていった。




「───ふぅ......これで一件落着だな」


 衛兵達と連行されていく二人の背中を見届けながら嘆息する。


 そんな駿の隣に一歩進んで並んだ伽凛は、横目で駿の横顔を見ながら笑った。


「お疲れ様、近藤君」


「そっちもな......さっき取り調べの時フォローしてくれてありがとう」


 ───結構、取り調べが長引いてしまったため、駿と伽凛の他の皆も口々に嘆息や苦笑を浮かべている。


 伽凛が駿に労ったのは長い長い取り調べの時の、次々と聞かれる質問への受け答えをしていたことについてだろう。


「ううん。私は近藤君が覚えてない所をたまたま覚えてただけだから補足出来たんだよ」


「それもそれで凄い確率だけどな......」


 確かに、駿が覚えてない部分をたまたま伽凛が全て覚えていた確率は凄いだろう。


 顔を少し引きつっている駿に、伽凛も「......そうだね」と苦笑する。


「......」


「ん? 伽凛さん?」


「───......近藤君」


 少し間を置いて、名を呼びながら改めて向き合う伽凛に、駿は困惑する。


「......ど、どうした?」


「......」


 呼び掛けると、伽凛は今までの笑顔とは対称的に、悲壮な顔をしていた。


え、えぇ......?


「か、伽凛さん......?」


 原因が分からず、内心パニックになっている駿をよそに、伽凛の心は後悔で一杯だった。


「......ごめんなさい」


「......え?───」


「───私......近藤君が......あの人たちに酷いことをされてるのを今日まで気付かなかった......」


「そ、それは何も悪いこ───」


「───あの時、近藤君が校舎裏で酷いことをされているのをたまたま私が目撃して......それでも見ているだけでっ......怖くて何も出来なかった」


「それはしょうがないことだったか───」


「───でもさっきだって、何も出来なかったっ......!」


「......!」


 言葉を被せているのは、それ以上言って欲しくなかったから。


 伽凛の目の前で、いち早く待ち伏せをしていた剛一に気付き、戦ったその後、卓とも戦い、死闘を繰り広げながらも駿は見事二人に勝利した。


 その時、優真も夕香も希も三波も───そして伽凛も、ただ呆然と目の前で戦闘する駿達に圧倒されて、何も出来ずに、はたから見ていただけだった。


 幾度も駿を襲った剛一や卓が放つ命を本気で刈り取るような斬撃。


 その度に、もしかしたらと胸が押し付けられ、不安な気持ちがこれほどまでかというぐらい溢れてきた。


 死なないで、勝って、避けてと、一心に願った。


 だが、それは願っただけで、声援も、ましてや目の前で危険に晒されている駿に加勢することも出来なかった。


 確かに、初めて見る、模擬戦闘ではなく本気で相手の命を奪う勢いの戦闘に圧倒されて萎縮していたのもあるかもしれない。


 しかし、何よりも───怖かったのだ。


 また自分の身の可愛さで、動けなかったのだ。


 あの時のように。


 校舎裏での一件は、今でも伽凛の心の中にあるしこりとして残り続けている。


 ───校舎裏で駿が多人数から暴力を受けていたあの時、陰で見ているだけで出てこれなかった伽凛に、先生に見つかり男子達が逃げていった後、駿はボロボロになりながらも笑顔でお礼を言った。


 何故か。


 もしあの場で出てきたりしていたら、伽凛に被害が及んでしまってたかもしれないのだ。


 暴力をしている男子達は恐らくその時は興奮状態で、理性のリミッターが効かなくなり、そこに多人数の仲間が居て、そして女子一人で、周りには誰も居ないとなると、目撃された証拠隠滅の為に、伽凛を押さえ付けてあれやこれやと酷いことをする可能性が高かった。


 駿はそれに危機感を感じ、一通り事が終わるまでずっと伽凛が隠れている場所を見ながら暴力を受け続けたのだ。


 そして、出てくるなと必死に願った結果なのか、先生に見つかり男子達が逃げていった後、伽凛はその時初めて見計らったように駿の元に出てきたとき、つい駿はお礼を言ってしまったのがこの話の真相なのだ。


 伽凛もその時、自分の身を案じてあの場で出てこなかった自分に対して駿はお礼を言ったことを理解していたのだが、伽凛がしこりとして残っているものは───自分の弱さなのだ。


 確かに、あの時も、そして今回の剛一や卓からの襲撃も、傍観していた方が良かったかもしれない。


 あの時は自分に駿を助けれない力に絶望し、目の前で暴力を受け続けている駿を見てただただ胸が痛くてしょうがなかった。


 終いには、そんな何も出来なかった弱い自分に礼まで言われて、その真意が分かったときには思わず涙した。


 そして、圧倒的な力さえあれば、そんなことを気にせずに駿を助けることが出来た筈だ。


 しかし、今回はどうだろうか。


 自分には力が無かっただろうか。


 否、力はあったのだ。


 一ヶ月神官の元で、治癒魔法や光属性魔法、水属性魔法にだって注力し、伽凛はあの時何も出来なかった自分を記憶から掻き消すように、厳しい訓練に耐え続けた。


 全ては目の前でまた駿があの時のような事に陥ったとしたら、今度こそ自分自身の力で救う為に。


 『魔法』という力を手に入れ、伽凛は今度こそ駿を救えると意気込んでいたのだ。


 ───だが、今回、また駿に力ある筈の自分が救われた。


 何も出来ずに、ただ呆然と、あの時と同じように。


「......ここに来てからも、何も変わってないっ......ただ力を手に入れただけでっ......自分自身は何も変われてないっ......───」


「......」


 駿も、伽凛の気持ちは重々共感できていた。


 同じような経験をしたことがあるからだ。


 要は、恩返しといえば良いだろうか。伽凛の場合は『今度は自分が守る』という使命感に近いだろう。


再婚する前はいつも家事を仕事帰ってからもずっと頑張ってた父さんに、何か自分もやることないかって見よう見まねで家事をやろうとして......大失敗した記憶が......


 スケールは違うものの、本質的には同じことだろう。


「弱い自分のままで......近藤君を......───」


 伽凛の目から、一筋の滴が流れる。


「......」


 駿もあの時伽凛側だったとしたら、多分同じようなことを考えていたと思う。


 弱い自分が強い自分に変われるように努力して、力を手に入れた時、弱い自分が成し得なかったことを成功させたいという気持ちになるだろう。


「......わた、しだけっ......何も変われてない───」


 そして、伽凛には皆を引っ張らなくてはいけないという、優真と同じように自分がリーダーという自覚があるだろう。


 変わっていく皆に対して、伽凛一人だけ取り残されている感覚に、今なっていることだと思う。


 駿が考えるに、今回のようなことがあった場合、あの時の後悔と負い目を取り消したいが為に、真っ先に駿を救う為にと、それらが『魔法』という力を会得する努力の、一つの原動力に成っていたのだろう。


 それを今回、出来なかった伽凛は今まで以上に、自分を責め、自信を無くしている。


「こんど、うくんを......今度こ、そってっ......でも、わたしは結局っ......───」


 涙ぐみながら、駿と向き合いながら。


「───何も出来なかったっ!」


 そう叫喚する。


 これは駿に対しての、ましてや今、目を伏せてこの状況を真剣に見ている優真や夕香達に対しての怒りではなく、自分自身に対して怒りを叫び、露にしている。


 日が傾き、ダンジョンから帰ってきた冒険者達の密度が増してきたのか、大通りからここ路地裏に響いてくる談笑や生活音の束。


 だが、伽凛の叫喚はそれらに掻き消されることもなく、ここに居る全員の耳───心に大きく響いた。


 そして、一番大きく響いたのは駿の心だ。


「───!」


 ───なら、伽凛さんに自分が言うべきなんだろう。


 耳に響いたのは、今伽凛と手の届く位置で面と向かって話しているのは駿で、一番位置が近かっただけかもしれない。


 でもそれで良いのではないだろうか。


 心に響いたのは、ただ好きな人が叫んだ言葉だからかもしれない。


 そんな理由で良いのではないだろうか。


 流している涙を袖で拭いながら、小さな肩を揺らす伽凛に、駿はハンカチを取り出して、拭っている右手を優しく掴み、握らせる。


「......こ、んどうくん......?」


 潤ませながら首を傾げた伽凛に、笑顔でこう言った。


「伽凛さんは強いよ」


「......ぇ?」


「もしかしたら俺よりも......いや、絶対強いと思う」


「な、にいってるの......?」


「『魔法』はクラスの中で事実、現時点で一番なのは伽凛さんだよ」


「......それは......───」


「───もうそれで、良いんじゃないか?」


「ち、がうのっ......私はっ......私自身がよわ───」


 最後まで言葉を言わせず、畳み掛けていく。


「───違わない。伽凛さんが『魔法』で一番。この事実だけは違わない」


「そのことを......いって、るわけじゃないのっ───」


「───いいや言ってる。伽凛さんは自信が無くなってる」


「だからっ......───」


「───伽凛さんは強いよ。本当に......伽凛さんが言いたいのは心のことだと思うけど。......誰でも恐怖心を抑えることなんて出来やしないんだよ」


「......え」


「......逆に、恐怖を感じない奴なんて、もう人間じゃない。でも、恐怖を感じれるのは最も人間らしさが強いということなんだ」


「でも近藤君......怖がらずに、ちゃんと......立ち向かってたよっ?」


「それは押し殺してただけで、内心は本当にビビってた。でも立ち向かえたのは自分の力に自信があったからだ。......一ヶ月で培った力はまだまだ弱いと思うけど、それでも大きな自信があるから、怯まずに戦えることが出来たんだ」


「......!」


 その言葉に、伽凛は潤んだ目を見開かせる。


「俺......怖かったんだよ......本当は。......伽凛さんの強さはその純粋さだと思う。凄く怖かったら動けない。それは当たり前なこと。でも恐怖をバネにして勇気だけで押し通そうとする人が居るけど、逆にそういう人が一番危険。土壇場で変な行動する可能性があるしな、俺......だから伽凛さんはその純粋さを気に病む必要は無いんだ。恐怖を押し殺せるか、押し殺せないか。後は場慣れか、自分の力に自信を持ってるかの問題だから」


「......私が......純粋?」


「そう。伽凛さんが最も人間らしい証拠。別に嫌味じゃなくて、本当に心が強くて羨ましい」


「こころが......強い?」


「そう。伽凛さんは心が強い。耐えて耐えて最終的に爆発させる人が弱くて、何時でも心の内を放出できる人が最終的に勝つし、一番強いんだ。そして伽凛さんには魔法という自信が持てる力があるんだろ? 最強じゃねえか。二つとも俺には無い、伽凛さんの強みだ......だから───」


 そこで区切り、依然として目を見開かせている伽凛に向かって、微笑んだ。





───「だから今度は伽凛さんだけ俺を救うんじゃなく、二人で救い合うんだ。欠点を補い合って、これから立ちはだかってくる敵を倒しまくって......それから一緒に強くなって行こう」


「......こん、どうくんっ」


「俺は伽凛さんの弱いところを守る。だから伽凛さんは俺の弱いところを守ってくれ」


「う、んっ......」


「誰も強くないんだ。だから強くなってくんだ。強くてニューゲームなんてない。だから仲間が居るんだ」


「うんっ......」


「それと......なんだ......俺だけ名前呼びじゃあれだから......これからは名前で呼んでくれないか?」


 赤くなりながら言った駿の言葉に、涙を流しながらもクスッと笑った伽凛は


「............うんっ」


 と、渡されたハンカチで涙を拭いながら、伽凛らしい大輪の花のような笑顔を咲かすのだった。




= = = = = =



 

「───止まりなさい。ここを通るには証が必要だ」


「あ、門番さん。えーっと───」


 人混み溢れるピークのメインストリートを辛うじて抜け出し、長い橋を渡って、門前の関所(?)みたいな所に辿り着いた駿達。


 皆一様に汗をダラダラとかいており、どれだけ通ってきたメインストリートの密度があったのか物語っている。


 今は門番に呼び止められ、城に入るための証を見せるところだった。


確か......右ポケットに。お、あったあった


「これですよね?」


 駿が門番に手渡したのは、王家の家紋が刻まれている大きなメダルだ。


 王城の関係者以外が持てないように、触れた瞬間即錆びて屑になる魔法がかけられている特別なメダルで、偽造もできないように特別な素材を織り混ぜているらしい。


「......確かに。───すまないな、いくら転移者様でもこの確認は外せないのだ」


 苦笑を浮かべた門番に、駿達は「仕事ですから」と似たような言葉をかけた後、入城した


= = = = = =


『王城・食堂』



 メイドや執事達に一通り挨拶しながら食堂に辿り着くと、クラスメイト達が先に夕食を食べていた。


「おぉ......今回は肉料理がメインか」


 塩コショウやガーリック、そして肉を焼いている匂いが鼻腔を擽る。

 

「なぁ駿! 早く食べようぜ!」


 隣で涎を垂らしそうになっている優真を見ると、余程お腹が空いていたようだ。


「おう!」


「ちょちょまって近藤君」


 優真に付いていこうとしたら、後ろから夕香に呼び止められた。


「な、なんだ? 俺は早くお肉を噛み締めたいのだがっ......」


「う、うんっ! その気持ちは分かるよ? 分かるんだけど......あそこ見て?」


「あそこ?」


 夕香が指差した方に振り向くと




「リュウジ。シュンが来たら土下座ね」


「え? いやっそれはちょっと勘弁して───」


 ガシッ......ミシミシ


「───土・下・座ね?」


「ぎゃあああああああああああああああッ!? 肩がああああああああああああああああああッ......!!」


 そこには、顔がボクシング選手並みに歪んでいて、体もボロボロな状態で龍二に正座をさせているアリシアの姿があった。


 しかも食堂の真ん中で。



「へ......?」


あ、いや! そうか。確か師匠に鉄拳制裁を要請したんだっけ? ていうかミシミシ骨が軋む音が......


 一瞬驚くものの、自分が要請したことを思いだし、「......流石師匠。戦いになったのか分からないけど......いや、きっと瞬殺だったんだな......これで事務作業のストレス発散も少しは出来ただろう」とニヤリと笑う。


「す......凄いよね......普通の女の子の体なのにどこからあんな体格の男の人を屈服させれるような力が出せるんだろう。......いいぞ、もっとやれ」


 少し畏怖している目でアリシアを見ている夕香に、三波も続いた。


「あいつには当然の報いね............いいぞ、もっとやれ」


 嘲笑を浮かべている三波に、希も続く。


「これはいい夢が見れそ~......いいぞ、もっとやれ」


 のほほんな表情をしながら、満面な笑みを浮かべる希。


 三人とも語尾に本心が混ざってることに、駿は


「......三人とも繋がってるのか?」


 と、聞くが。


「「「え?」」」


 と、やはり繋がってるのか同様な返しをされた。


「いや......何でもない」


人は心が他の人とリンクする時があるらしい......ふむ、興味深いな......って


「絶対わざとだろっ!」


「「「......え?」」」


「あ、もういいや。良いです。俺が悪かった」


「うん」「ええ」「大丈夫~」


「......」


「「「......!? う、うん」」」


「もう遅いぞ。返事が三者三様だったぞ......そしてあからさまに驚いてたぞ」


「「「ヒュ~ヒュ~......」」」


「口笛を揃えやがった......音程が絶妙にマッチして新たなるハーモニーを作り出している......だと!? ───もうこの辺でよろしいでしょうか? ちゃんと乗ってあげましたんで」


「おっけい!」「そうだね」「いいよー」


 後ろの三人に許可もらえたので、また龍二を見やる。


「はぁ......で? 今の状況は俺が行かなきゃダメな奴か」


このまま行かないで龍二にずっと正座&師匠からのしごきをさせ続けても良いけど......流石に師匠も時間とられちゃうし......


「行くか......───師匠!」


 そう叫ぶと、龍二を見て笑っていたクラスメイト達もこちらに振り返ってきた。


 アリシアは駿の声に、パアッとそれまでメンチを切っていた顔とは想像がつかないような明るい笑顔を浮かばせる。


「あっ......シュン! おかえりなさい! ほら、頼まれた仕事やってあげたわよ」


「ありがとうございます師匠。お蔭で手間が省けました」


「いや、良いのよ。どうしても大切な弟子を傷付けた奴を許せなかったから」


「そうでしたか......」


「まぁ肋(あばら)に一発、腹に五発、頬に二発ぶちこんでおいたわ」


「うぉ......容赦ねぇ......流石師匠ですね」


「まだ腹の虫が収まってないからあと百発ぐらい殴りたいんだけど、駿も来たことだし、後は任せるわ」


「はい、お疲れ様でした......」


「うん。お疲れ様シュン。あ、そうだ。シュン、悪いけど入浴した後、私の部屋に来てくれるかしら? 今日の一件と屋敷での一件のことで話しがあるのよ」


「了解です」


「じゃあね」


 扉を開けて去ろうとするアリシアの背中に駿は不敵に笑いかける。


「事務作業頑張ってくださいね!」


「うん。今ここで言わなくても良いんじゃないかしら? お蔭で気が滅入ったわよ?」


「それは何よりです......」


「はぁ......ったく。可愛いげのない弟子ね?」


「師匠は充分可愛いげがありますね。......戦闘以外は」


「はいはい。私はどうせ戦闘狂ですよーだ」


「自覚がある内ならば、戦闘狂じゃないですよ」


「じゃあ何て言うの?」


「『戦うの大好き! アリシアちゃん』で良いんじゃないでしょうか?」


「......却・下ッ!」


───ガチャン


「あらら......」


 悪びれる様子もなく、肩をすくませた駿に、伽凛が呼び掛ける。


「駿君、アリシアさんと普通に話せるんだね」


「ん? あ、あぁ......まぁ一ヶ月ほぼ一緒に居たからな」


「結構仲良さげだったよ? なんだか弟子と師匠じゃなくて友達同士のような」


 クスりと笑う伽凛に見惚れながらも、「まぁね。お蔭で訓練は退屈しなかったぞ。伽凛さんの方は?」と笑い返す。


 そんな二人を見て、クラスメイト達は一様に驚愕していた。



「おい......今近藤、峯崎さんのこと名前で呼んでなかったか?」


「い、いやそんなはずはない。何かの聞き間違えだ!」


「聞き間違えなわけないだろ! じゃあ何でこんなに近藤が峯崎さんを呼ぶのを聞いた瞬間、これほどまでにショックを受けてたんだよ! ......というか峯崎さんも近藤のことを名前で呼んでた気がする」


「う、うん......確かに聞いたよ。『駿君』って」


「だよね......も、もしかして出来ちゃってるとか?」


「......あり得るかも」


「まぁ......お似合いだと思うよ。美男美女だし......」


「でもさぁ......近藤君痩せて凄く格好良くなったからさ......結構な女子が狙ってたんじゃない? 私もだけど」


「うん......でも痩せる前でも、確か他クラスの女子から可愛いって狙われてたみたい。......私もだったけど」


「あ、ねぇ聞いた? 私の専属のメイドから聞いた話なんだけど、近藤君が帰ってくる30分前に、メイド達が城で転移者二人を牢屋に連れ込む騎士を見かけて、『何で転移者を?』って聞いたら、『他の転移者の集団を襲おうとして、その中の長身の黒髪の青年に返り討ちを受けたらしい』って言ったらしいよ......」


「え? 私のメイドからそんな話されてないわよ?」


「ウチもー」


「私は話されたよ? ......でもさ、長身で、黒髪って言ったら......近藤君だよね?」


「そう! それ言いたかったの!」


「え? う、うそ。それホント?」


「───本当だよ」


 そのグループの輪に夕香が割り込む。


「あ、夕香。......ほら、夕香もそう言ってるんだし」


「こ、近藤君があの呪縛を解いてくれたってこと? 凄いね......」


「うん......そうだね」


「......夕香?」


「あ、いや......近藤君は本当に凄いなって思ってさ」


............


......───



 クラスメイト達が周りでそんな会話をしてるのを気に留めず、駿は伽凛と話していると突然



「ふざけんなあッ!」


 と、両手両足を縛られながら正座させられてる龍二が怒鳴った。


「近藤おぉッ!! 全部テメェのせいだぁッ! テメェのせいでこんなことになっちまったあッ! 元々テメェが見せつけてきやがったから悪いんだ! ......テメェみたいな豚が峯崎と何で親しげに話せんだよぉッ! 中学校からずっとそうだった! テメェはずっと俺の目の前で見せつけて来やがった! なんでッ! なんでッテメェみたいなやつがあッ!?」


「......っ」


 咆哮する龍二に伽凛は嫌悪感が生まれたのだろうか。


 寒そうに両腕を組んで、一歩後ろへ下がった。


「峯崎ぃ! そんなやつより俺を選べよッ! そいつより俺絶対強いぞッ!? なんでそんな豚選ぶんだよッ! そ、そうだ......誰かこの手錠外せよ......俺が近藤よりも強いってこと......ここで戦って信じさせてやるよっ......誰か......誰かやれっつってんだろッ! ぶっ殺されてぇのかッ!」


 表情は恐怖に染まっており、伽凛は片手で、そっと駿の袖を掴んだ。


 皆は龍二に冷たい視線を送っており、誰一人とてその要求に応じはしない。


 ましてや、全員が怒りを露にして、龍二を睨み付けている。


「......伽凛さん。大丈夫だ。救い合うんだろ?」


 隣で袖を掴んで、怖がっている伽凛の耳元で駿がそう囁くと、伽凛は瞠目し、その後言葉を噛み締めるように目を瞑って、「......うん」と頷いた。


「早く......早くこの手錠を外せぇッ! 今すぐ近藤にこの手で勝たなきゃいけねぇんだッ! 峯崎は俺のもんだぁッ!」


「───おい。龍二」


「ああッ!?」


「ダセぇなあ......お前」


「は......? そこで待っとけ!? 今すぐぶっ殺し───っ!?」


「「「......!?」」」


 龍二の首に突きつけられた白銀色の長剣。


 いつの間にか龍二の後ろへと回り込んだ駿は、冷気をも感じさせる凍てつくような声で、こう言い放った。


「全員に謝れ」


「......っ!?」


「安藤さんにも、橘さんにも......全員に謝れ。これまでしてきたこと、これまでたくさん傷付けてきたこと......全てだッ!」


「......ふ、ざけるな」


「どっちがふざけるなだ! お前のせいでこんなにも大勢の人が心に傷を負ってるんだぞ!? 強要されたことでも、自分達が俺にやってきたことに罪悪感を感じ続けてきたんだぞ!───」


 駿が叫んだ言葉に、皆は瞠目する。


「───......お前に分かるか? 責任という重荷がどれだけ心に負担をかけるか! 人の心ってのはな、脆いんだよッ! たとえその時耐えたとしても、いつかは必ず崩れるんだよ!」


「な、何を言って......」


「謝れ」


「あぁッ?」


「謝れッ」


「誰が謝るかよ......こんな雑魚どもに」


「謝れぇ!」


「......」


「............そうか」


 突き付けている剣にどんどんと力を入れていく。


「お、おい。何するつもりだ......や、やめろ! 殺すなッ!?」


「だ、ダメっ! ───ぇ?」


「......」


 視線で待てと制された伽凛は、困惑しながらも頷く。


 皆も動揺している中で、駿は小さく呟く。


「......ユカ。命令だ。こいつの中に入って、足を使えなくしろ。皆を脅してきたその汚い声も、乱暴な腕や手も......全部だ」


「っ! おいッ! ふざけんな! は、離せッ!」


 近くで呟いている言葉が聞こえたのか、龍二はこれまで以上に暴れ始める。


「今から、俺の契約聖霊がお前の中に入り、全ての運動機能と声帯機能、視力を殺す。これからお前の人生は、どこも動くことも出来ず、声も発することも出来ず、何も見えやしなくなる」


「何ッ......!?」


「お前は殺すだけでは足りない。正真証明の生き地獄ってやつを体験させてやる......死ぬまでな?」


「くっ......や、止めろ! マジでシャレになんねぇからッ! お、お願いだ! お願いしますッ! それだけは......」


「もう遅い......お前の中に入ってる」


「止めろぉッ!? 止めてくれぇ!! お願いだ! 謝るからッ! ごめんっ! ごめんなさいっ! だから許してッ! 許してくれえええええええええぇぇッ!────」





「「「......」」」


 静寂が、食堂を包み込む。


 龍二の叫び声が響き渡り、皆はどうなったのか気になる一方で、駿は少し───笑っていた。


「......」 


ユカ......ごめんな。少し名前を借りた


”はぁ......別にいいですよ。しかし、次はこういう嘘をつくような作戦だった場合には、事前に伝えておいてくれますか? ......本気で行こうと思っていた私が......馬鹿みたいじゃないですかっ......”


 少し恥じているユカの声に可愛いと思いつつも、礼を伝えて、龍二に突きつけていた長剣を首から離した。


「......は?」


 涙目になりながら、呆けた声を発した龍二。


「牢番さん。お願いします」


 それになり振り構わず、扉へそう叫ぶと、待機していたのか、重武装した騎士二人が入室してきた。


「話は終わりましたかな?」


 牢番からそう聞かれ、駿は不敵に笑う。


「......はい。言わせたいことは言わせましたから」


「それはよかった。さて......行くぞそこでアホみたいに呆けてるお前」


「立てッ!」


「は、はいッ......」


 槍を突きつけられた龍二は即刻立ち上がり、牢番にがさつに連れていかれた。


 部屋を出るとき、龍二は心底恨めしそうに駿を睨み付けたが、駿はどこ吹く風といった風に、目線を逸らす。


 そして、扉が閉まったとき


「────よし......肉食べるぞおおおおおッ!?」


 と、一人満面な笑みで叫びながら取り皿によそい始めた駿に、最初は皆呆然としていたが、一人、また一人と笑いが飛び交い、ついには食堂は一時期パーティー騒ぎになり、皆にとって忘れられない日となった。



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