ボッチ、戦闘再び 2

『王都・西地区 メインストリート 路地裏』




「‥‥‥」


田村‥‥‥


 ───目の当たりにしているのは、駿と田村が相対している光景だった。


 駿に相対している卓の表情は、まるで仇を討つかのごとく怒りに染まっている。


 眉を、目を鋭くさせ、そこから放たれる気迫に、思わず夕香は足がすくんでしまう。


 しかし対称的に、駿は一言で表すと自然体だった。


 卓みたいに怒り───いや、何も感じない。


 表情は涼しく、眼をしっかりと卓の方に向けている。


「‥‥‥?」


 そんな対称的な二人に、夕香は不思議に思ってしまった。


 先程駿と卓が会ったとき、一言二言挨拶がわりに話していたのを夕香を含め、ここに居る全員が見ていて、その時の二人の雰囲気は、優真でさえ少し後退りしてしまう程の重さだった。


 駿は龍二を筆頭に、これまで皆や自分自身にしてきた脅迫や虐めを許さないと宣言し


 卓は駿の前に倒れた剛一を見た直後、駿を殺すと宣言し


 互いに激しい怒りをぶつけていたのだ。


 ───それらを見ていたからこそ、不思議に思ったのだ。


 何故、激しく怒りをぶつけていた二人、特に駿は卓と違って怒りの感情を表に出さず、あれほどまでに落ち着いているのだろうか。


 ───と


「‥‥‥」


‥‥‥いや、今は近藤君を応援しなきゃ


 目の前に立ちはだかるのは田村 卓で、高山 剛一を軽々と倒した後に自分達をそのまた立ちはだかる敵から庇ってくれているのは近藤 駿で───


「近藤君っ!」


「‥‥‥?」


「‥‥‥っ! 頑張って!」


 ───今は近藤 駿の勝利を陰ながら祈る。


「......あぁ!」


 夕香からの声援に肩越し強く頷いて応えた後、駿は自然体から長剣を中段で構える。


田村の固有スキルが分からない以上、この構えが最適だな‥‥‥


 ───剣道でも言われているかどうかは知らないが、地球に居たときに昔から剣道をしていた同い年の妹───結によれば、中段の構えとは極めれば最強の型と言っていた。


 理由は剣道の話になってしまうが、他の全ての構え───上段、下段等にスムーズに移行することが出来、この構えを起点とすることで戦闘中に様々な変化があったとしても、咄嗟に対応出来るからだ。その為、攻防共に隙が少ないということになり、中段は基本とされている構えで、多くの人が取っているらしい。


 簡単に駿なりにまとめてみると───汎用性に長けた型が中段なのだ。 


 アリシアにも質問したが、確かにそうだと言っていて、こちらの世界でも同じようだった。


 唯、人それぞれ、地域ごとに流派があるので、勝利を得るには状況に応じて構えを変える必要があるとだけ注意された。




 だから、駿は敵がどういう能力か、またどういう戦い方をするのか分からない戦いの序盤では、先ずはこの汎用性に長けた中段の構えを取る。


「‥‥‥」


ふぅ‥‥‥落ち着け。確かに田村の顔は見るだけでボコしたくなるほどうざったいが、怒りに任せちゃ駄目だ‥‥‥


 そう思いながら、少しずつ摺り足で卓との間合いを狭めていく。


 夕香が不思議に思ってしまった、卓とは対称的に駿が何故落ち着いているのかという一つの疑問点。


 それは、駿が一ヶ月のアリシアとの訓練の日々に答えがある。


‥‥‥戦いに感情は要らない。何時でも状況を判断、機転を見つけるために冷静であること。戦いとは駆け引き。敵の弱点を即座に見つけ、突くために冷静であること‥‥‥


 ───そう。



 アリシアとの模擬戦で、毎回毎回言われ続けた言葉。


 その言葉はもう駿の脳に染み付いており、行動にも染み付いている。


 その言葉は決して間違いではない。


いつでも冷静に......は、なんたって最強の女剣士が言った言葉だからな‥‥‥


「‥‥‥」  


さて‥‥‥先ずは田村がどういう能力か見極めないとな


 田村が手に持つダガーを見つめながら、次の行動に出た。


「───っ!」


危険だけど......先手を取る! 


 姿勢を低めに、かつ慎重に。


 そして速く。


 その心構えと共に、田村に向かって地面を蹴った。


「!?」


 先ずは走る途中に即座に中段から下段に移行させ、そのまま左斜め後ろに剣先を下げて、卓の懐に入り、切り上げる。


 様子見なのか幾分か加減したその切り上げに軽々と後ろへ避けて見せた卓。


「......」


おぉ......こいつは高山とは違ってちゃんと訓練してたのかな


「......くそっ」


 突然の先攻で驚いたのか、そう吐き捨てた後、直ぐにダガー駿に向けた。


「舐めんなッ......!」


 そう言って、卓は駿へと反撃を開始する。


「───ああああああぁッ!!」


 全力疾走し、ダガーの特徴である取り回しの良さで、ヒュンヒュンと風切り音を出しながら容赦ない猛攻が駿に襲いかかる。


 右、左、右斜め、上、下、突き......といった風に、一定ではあるものの、一つ一つの攻撃の度合いが短い。


 長柄の長剣とは違い、小振りなダガーは攻撃速度が速く、また軽いためフェイントや途中に体術を織り混ぜたり、数本持っていれば、投げナイフみたいに出来、中近距離を駆け巡れる様々な戦い方が出来る武器だ。


 実際、同等の実力であれば長剣にダガーは相性が良く、駿は苦戦を強いられていただろう。


 しかし


「っ!」


「......くッ!」


 卓は中々ダガーの持ち前の速い攻撃速度を生かせないでいた。


「ちょこまかと動きやがって!」


 そう。攻撃速度が生かせるのは当たればという前提があるからだ。


 はたからみれば、卓が駿を押しているように見えるだろう。


 事実、駿は攻撃を基本的に避け続けて、たまに長剣でダガーを弾いている───即ち、防戦一方であるのだ。


 そして当たらなくとも、攻撃は最大の防御とも言うべきか、ダガーを振り続けることにより、駿から反撃をさせずに攻撃し続けている卓の方が有利であることが伽凛達から見ても一目瞭然だった。


 だが、それは大きな間違いである。


「......っ」


 卓からの猛攻をいなしつつ、駿はこう思っていた。


そろそろかな......


 と。


 一体何を待っているのだろうか。


 ───その答えは、次の瞬間の卓を見ればわかるだろう。



「はぁ......はぁ......っ!」


くそ! くそっ! くそっ! くそぉッ......!


 そう。戦いは駆け引きだ。


 何も必ず戦いは正々堂々と戦わなくても良いのだ。


やっぱり、こいつもそんなには訓練してないんだな......持久力がない


 ───駿がやろうとしてるものは、分かりやすくサッカーに例えて説明すると


 色々な戦術があるなかで名のあるビッグクラブも採用する、ある戦術を選択したと言える。


 その名は堅守速攻。


 ───堅く守って、好機に速く攻めることだ。


 所謂、反撃(カウンター)である。


 それに近いことを駿はやろうとしている。


 猛攻を避けつつ、時には防いで弾き、それによって少しの隙が出来てたとしても、あえて狙わなかった。


 堅く、そして粘り強く守り続けて、敵が体力を落とし始めた時───その好機だけを狙う為に防戦一方という劣勢に見えた状況を作り出したのだ。


 そして、今その作戦がまんまと嵌まり、目の前で大粒の汗を流し、肩で大きく息をする疲弊した卓に今度は駿が反撃を開始する。


「......っ」


 勿論、この作戦は簡単じゃなかっただろう。


 つい一ヶ月前に召喚されたばかりの一般人だった駿が出来るはずもない。


 しかし、現に出来ているのは、やはり駿に付いた師が大きな存在だった。


 この『グランベル王国』の最強の剣士に次ぐ二番手から一ヶ月の間付きっきりで直々に戦い方を叩き込まれたのだから。


 一ヶ月前の駿とはどこも違う。


 ぎこちなかった戦闘中の足運びも、いつでも自分の技を叩き込めるように最善な位置に置かれている。


 ぎこちなかった立ち回りも、現に寸分違わない間合いを取り、ギリギリのところでダガーが当たらないようにしている。


 ぎこちなかった長剣の扱いも、数百回にも渡る素振りや、アリシアとの模擬戦でも丁寧に教え込まれたのか、修正されている。


 そして何より一番変わったとすれば───自信である。


 全ての戦闘中の行動が自信を持っていることにより、一回も迷わずに思い切っている。


 召喚直後の駿は、自信が無かった。


 それは虐めにも関係していることだが、人間関係であまり上手く行ってなかったのだ。


 しかし今はどうだろう。


 駿の他に、この戦いを後ろから見守ってくれている優真、伽凛、夕香、三波、希という仲間達が居る。


 そして、この世界に来て出会った、リーエル、王、ビル公爵、ルリア、ジャック、契約霊であるユースウェルト───そして、今この戦い方を骨の髄まで教えてくれた、また、これからも教えて続けてくれるアリシアという恩人や付き添ってくれる人、応援してくれる人達が居る。


 これまで人間関係という自信が一番無かった問題は、今はもう修復しつつある。


 その一ヶ月間の人間関係の中で手に入れた力は、駿の中で今はもう揺るぎない自信となって背中を押している。


 そう、今の駿は本気で負ける気がしない。


 慢心かもしれない。


 そして油断かもしれない。


 だが、それらを払拭するほどの自信がある。


 少なくとも、目の前の敵である、田村 卓という人間にはこれまでしてきた努力と共に構築されていった、過去の虐められてきた産物のより、人間関係から逃げてきたが、訓練の間に新しく自分の力で親しい人間関係がアリシアと出来たことによる自信の差で勝てると思っている。


 いや、絶対に勝たなければならない。


 過去から逃げずに、今ここで因縁の一つである田村 卓という人間に圧倒的勝利を飾らなければならない。


 今そこで伸びている高山には既にその圧倒的勝利を飾っている。


全クリ......いや、コンプしてやるよ。てめぇらゲス共には優真というこれからチーレム主人公する奴を引き立たせる噛ませ犬なんていう役をやらせる贅沢なんてさせねぇ! お前らなんて脇役のどこにでも居る剣士K......俺に阻まれて死に行く名もない盗賊の役で充分だ! 


「......行くぞ、田村ぁッ!」


「や、やめ───」


 そう言って、駿からの反撃を避けようとするも、疲弊している体が足枷となって、動こうにも動けず、ダガーで対応するしか方法が無くなってしまった。


 ダガーは様々な戦い方が出来る武器と言った。


 しかし、有利な点に見えた弱点が一つある。


 それは軽いこと。


 確かに軽ければ攻撃速度が上がり、手数が増え、超接近戦ならば下手すれば特大剣よりも火力がある。


 だが、軽いとどうしても剣自体の重量が無いためかそれ以上に重い武器を弾こうとすれば、当たり負けしてしまうのだ。


 そこで体幹が崩れてしまい、隙が出来てしまう。最悪、弾けずにそのまま切られることだってある。


 だから一般的なダガー使いは、無理に弾こうとはせず、その軽さを充分に生かせられる回避を選択するのだが───その回避する体力の余裕も、卓には無かった。


 駿が使っているものはリーチがあり、元々長剣は重い部類に入るものの、その中でも重量がある白銀色の長剣だ。


 一目見てカテゴリーを決めてくれと言われたら、素人ならば長剣ではなく大剣と答えるのが多数だろう。


 そんな大剣に負けてはいても、劣らない重さを誇る長剣を、達人ならまだしも、訓練をろくに受けてない卓がダガーで弾くことが出来るのだろうか。



「おらぁッ!」


 当然、答えは否である 


「ぐっあああああああああああああああああぁぁああッ────」


 駿がそう咆哮して振り下ろした長剣は、ダガーに弾かれることもなく力と重さが重なって出来た渾身の一撃は、卓の肩に直撃する。


「───いでぇええええよ”ッ!? い”だいよぉおおおおおお”ッ!」


 瞬時に刃ではなく、剣の腹に変えて叩いた所は腫れて上がっていて、肩を骨折しているようだった。

 

「......」


......


 この先、旅を出たときに、戦争が勃発しているこの世界では必ず人を殺すときが来るはずだ。


 その覚悟は出来ている。


 が、卓を殺さなかったのは、自分の中にある良心が駄目だと叫び、本能に従ったからだ。


まだ少なからずだが、許してやっても良いんじゃないかという心があるな......


 分かっている。いつか殺さなければならない覚悟は出来ていた。


 これまで俺、皆を虐めるために脅してきた最低な奴等の一人が今目の前にいる卓だ。


 駿は恨み続けていた。そして、怒り続けていた。


 ───何故俺が


 ───どうすることもできない


 相手を恨み、そして弱い自分を怒り続けていた。


 何回も紙や、ノートに理不尽に虐めてくる奴等に悪口や殺害予告や、一時は自殺だって考えた。


 しかし、それらは本能の自分可愛さが邪魔して行動に移せなかった。


 耐えた。何度も。


 話しかけてくれる優真や伽凛、そして大事にしてる義妹達や両親を押し寄せてくる自己嫌悪の防波堤として、何度も耐えた。


 そして、今こうして一人は暢気に目の前で寝て、一人は腫れ上がった肩を押さえながら蹲って悶絶している。 


 なんと良い光景だろうか。


 それで満足してしまっている自分がいる。


 散々恨んできた筈なのに───二人はこうして自分と戦い、生きている。


 そう、殺せなかったのは自分の甘さというより、正常な心が招いたバグだ。


 何故これまで殺す、殺すと思ってきた相手をいざ殺そうとしてみると、人は不快感に苛まれるのだろう。


 やはり、殺人を犯した時点で、人ではなくなるのだろうか。


「......優真、ベルト貸して」


「あっ......お、おう」


 戦いを見ていた緊迫感が終わったことにより解いたみたいなのか、少し時間差で返事した優真から制服のベルトを手渡される。


 呆然としている皆の視線を感じながら


「ん、ありがとよ」


 そう言って、駿は寝かせている剛一はほっといて、腫れ上がった肩を押さえ、未だに悶絶している卓の両足を縛り、動かなくした後、剛一が使っていた何やら姿を消すために使用していた黒いマントを拾い上げる。


「......」


これ......透明マントだよな......ユカ


”......そうですね。布は絹を使っていますが、どうやら幻惑魔法を付加(エンチャント)していますね......”


幻惑魔法? 


”はい。闇属性魔法の中にある部分魔法の一種です。主に、一時的に相手の視界を支配し、幻覚を見せることが出来る魔法を幻惑魔法と言います。そのマントには着た者自体を周りの風景に溶け込ませることが出来るようにかけられています。しかも、術者が相当な腕前のようです。......Sランク相当の魔法使いと考えた方が良いでしょう。しかし、これほどまで不自然なく周りに溶け込ませるぐらいの幻惑魔法の使い手を私は見たことがありませんが......”


......なるほどな。ありがとうユカ。......でも先ずさ、こんな代物をこいつらが持ってること自体が意味不明だよな......絶対高価だぞ


「......とりあえず、これは師匠に聞いた方が良いかもな」


ユカ、悪いけど師匠の元に言って今すぐ伝えてきてくれないか? これが裏で安価で流通しているとしたらかなり怖いことになりそうだ......


"承知致しました"


あ、後一応、あいつ......龍二がいまどこに居るのか探ってきてくれ


"はい。では一時離れますが、マスターが危険なときは直ぐに飛んできますので"


ありがとう。じゃあよろしく頼む


 背中からユカが外へ飛んでいったことを感じ、ぼーっと考えながらマントを折り畳み、バックにしまった直後


「───近藤君!」


「うおっ!」


 いきなり側で呼ばれ、思わず肩を跳ねさせた。


「あ、安藤さ───」


 驚かすなよと苦笑しながら言おうとして振り返れば、そこには涙目になっている夕香が居た。


「え......」


 何故泣いているのか分からないまま、涙を拭っている夕香をまじまじと見つめていると


「......あ"りがと"ぅね......本当にっ......ありがとうッ......!」


 いきなり泣いているためか濁音になりながらも礼を言われた。


「───っ」


......そうか


 最初は泣いている理由は分からなかった。


......安藤さんも......過去から......


 だが、今分かった。


 駿は因縁を果たしたが、夕香は違ったのだ。


 確かに因縁もあったと思うが、本当はもっと奥深いものだ。


「───......安心、したのか?」


 


 そう、過去に囚われていたのだ。


 恐怖や、それに立ち向かえないほどの力の差に痛感し諦めていた過去に。


 そして、罪悪感も駿に許されたが、少なからずまだあった。


 トラウマだったのだ。


 特に、田村 卓に関しては。


 何をされたかは知らないが、今目の前でそのトラウマが過去と共に崩れ去った。


「......う"んっ! うんっ!」


 小さい肩を揺らしながら、何度も頷く夕香。


 普段の活発な雰囲気とは真逆の、弱々しい一面。


 溢れてくる大粒な涙を袖で拭い、それでも尚、駿の言葉に頷き続ける。

 

 どれ程安心したのだろうか。


 どれ程過去を引きずってたのだろうか。


「......そうか」


......俺も、何だろうな......安心してる。やっぱり被害者同士の心って似てるんだな......


 三波と希の方も見ると、やはりその二人も泣いており、伽凛があやしていた。


 心に与えられた傷は時間と共に肥大化する。


 それを取り除くのは、その傷の元凶を絶つしかない。


 そして絶たれた今、それに関係している全ての人が安心している。


「......」


 駿は無言で泣いている夕香に近づき、頭を優しく叩いた後、ハンカチを手渡す。


「......こ、んどうくん......?」


 手渡されたハンカチを持ちながら、潤ませる瞳で首を傾げる夕香に

 

「......よく頑張ったな」


 と、微笑むと夕香は少し間を置いてはにかんで笑った。


「......」


やっぱり笑顔が一番似合うな。安藤さんは 


 と、思いながら長剣を鞘に仕舞い、少し呆然として泣いている三波や希の方を見ている優真に気になって近付くと不意に


「───駿。次、どうする?」


 いきなり問われた。


「......龍二ってやつのことか?」


 その言葉の真意を感じ取り、一人残っている奴の名前を提示する。


「あぁ......ここまでにさせたこいつらもそうだが、あいつも許せねえ......」


 ここまでとは、恐らく今泣いている夕香達のことを見てのことだろう。


「......」


「......龍二は元々いけ好かなかったが裏でこんなことを高山と田村二人とやってたなんて......腐れ外道がッ......」


「......あいつは今、ある闘技場の廃墟に俺が一人来ることを見越して居座ってるはずだ。今ユカに見に行ってもらってる......───ん?」


 飛んでいるユカの視界を片目で見ていると、不意に面白いものが写った。


あれは......師匠と誰だ?


 視界には廃墟になった闘技場方面を仲良く進む、アリシアと黒い長髪と背中に二本の長剣を差している少女の姿が写っていた。


まぁでも良いや......ちょっと面白いことしよう。ユカ、俺が地球で虐められてたことと、今それをもう一度やろうとしてる輩がこの先の闘技場に居るって師匠に追加で教えてきてくれるか?


”......承知致しました” 


よし......


「じゃあ今すぐ行くぞ。......あいつの面をぶちのめしてやる」


「落ち着けって優真。俺達が行かずとも......あいつはぶちのめされる」


「は? どういうことだ?」


「......まぁ城に帰った時のお楽しみだ」


「......?」


 優真が首を傾げて考え始めているのを面白く思いながら見ていると「近藤君......」と、伽凛から話しかけられる。


「伽凛さん。どうかした?」


「......あ、うん。えっと......三波ちゃんと希ちゃん今落ち着いたよ」


「そっか......ありがとな、伽凛さん」


「うん......二人の気持ちは分かるから......そっちこそ夕香ちゃんあやしてくれてありがとね」


「いや、俺も被害者側だったからな。安心したって言われて俺もなんだかその気持ち分かるような気がしたから......やったことと言えばそれに共感してハンカチ渡したぐらいだと思う。男だから......こういう女の子が泣いてるとき、何して良いのか分からなかったから......」


「それで充分だよ近藤君......ううん、充分過ぎるくらいだよ。......ちゃんと夕香ちゃん、安心したと思うよ?」


「......そう言って貰えると助かる」


「ふふっ......近藤君は優しいね」


「そうか? 俺今さっき人を二人も傷付けたばかりだぞ?」


「確かにそうだね......でも、近藤君は優しいよ」


「え?」


「───あの時、もしかしたらこのまま殺してしまうのかなって思ったんだよ」


「......うん」


 あの時とは、卓の肩に重傷を負わせたときだろう。


「でも......私、近藤君には人を殺して欲しくなくて......もし人を殺したら近藤君が何処か遠くへ行っちゃう気がして............そんなのやだって思って......───それで、信じてたの」


「......」


 少し不安そうだった伽凛の表情は、そこで可憐な笑顔に変わっていた。


「───でも......近藤君は、ちゃんと近藤君だった!」


「ふっ......何だよそれ」


 伽凛が放った当たり前な言葉に、笑みを溢してしまう。


「───うんっ......やっぱり、戦ってる近藤君より......今のような笑顔な近藤君の方が良い!」


「......!」


 そして、その直後に言われた言葉に、直ぐに顔を赤くしてしまう。


不意打ちが相変わらず得意だな......


 顔をすこし逸らしながら、赤面している顔を隠すように、頬を掻いて苦笑いする。


「あはは......そうかな?」


「うんっ! でも......戦ってる近藤君も格好......良かったよ?」


「お、おうっ......ありがとう......」


「......」


「......」


 途切れる会話。


 赤面し、俯く二人。


何か前にもあった気がする......


 そんなことを思う駿だった。  


  

= = = = = =

『王都・西地区 メインストリート 外れ』





「デリア、本当にこっちだったわよね?」


「本当だよ~? あ、もしかして信じてないのアリシア」


 アリシアとデリアは駿達と同じように、息抜きで思い出が残る場所を回っていた。


 事務作業から息抜きで出ようとしたアリシアをデリアも誘おうとしていたのか、隊長室で偶然居合わせたのだ。


 先程はよく訓練で使い潰した剣のスペアを買うために良く幼少期の頃行った少し錆び付いた武具店に行った。


 これはその後の出来事の話である。


「あ~早く行きたいな~! そして久し振りにアリシアと試合がしたいなぁ~!」


「そもそも、あの闘技場廃墟になってるんでしょ? 使って大丈夫なの?」


「大丈夫! というか、そもそも崩落なんていう危険、私とアリシアには関係の無い話でしょーが」


「確かにそうだけど......」


 高レベルの冒険者である二人には、ステータスの耐久が非常に高いため、確かに崩落が起きたとしても無傷だ。


「ふんふふ~ん♪」


 軽やかにステップを踏みながら、楽しそうに鼻歌を響かせるデリアに、まぁ良いか......と笑みを溢す。


 二人して歩くこと数分、漸くその目的地である闘技場の廃墟が見えてきた。


「お、結構草が生い茂ってるねぇ~」


「手入れされてないからね......」


「......うーん」


「そんな顔しないの。こっちまで悲しくなるでしょうが」


 少し変わり果てた闘技場に、残念そうな表情で呻いたデリアにアリシアは苦笑する。


 そんな会話をしていると、突然


「───止まってくだい」


 と、後ろから鈴のように透き通って高い無感情な声に呼び止められる。


「うーん? ......だぁれ?」


「......いつの間に」


 二人は振り返り、いきなり現れた処女雪のように白い長髪と血のように、そしてルビーのように赤く綺麗に輝いている瞳をした美しい少女に向かって、距離を取った。


「マスターから伝言を仰せつかりました」


「......マスター? 誰からの伝言なのか教えてくれるかしら?」


「シュン・コンドウ様より、『こちらで幻惑魔法を使って着用者の姿を透明にすることが出来るマントを、悪事を働こうとしていた人から押収しました。城で相談がしたいです。時間を開けておいて下さい』とのこと」


「シュンが......?」


「それと『今師匠達が向かおうとしてる闘技場に、地球に居た頃の俺を長い間虐めていた奴らのリーダー龍二という奴が堂々と居座ってます。鉄拳制裁を要請したい』だそうです」


「............それは本当なのかしら」


「私は、ダークナイトに代々仕えて来た闇聖霊───ユースウェルト・カイザー。マスターだけを支え、マスターだけの剣......命令に従っているだけです。嘘もなにも無いと思いますが」


「違うわ。その話自体の嘘か本当かの話はしてないの......本当にシュンを地球で虐めてた奴等のリーダーがこの先に居るのかって聞いてるのよ」


「はい」


「......そう。伝言ありがとう。ユースウェルト・カイザー。シュンをよろしくね」


 そう言われたユカは踵を返した後、肩越しでこう呟く。


「当たり前です」


 日陰に歩いて行ったユカはそこで忽然と姿を消した。


「なんだったのあの子......」


「───デリア、急ぐわよ」


「え? えぇ! ど、どうしたのアリシアそんな引っ張らないでよ」


「いいから早くしなさい。......逃すわけにはいかないわ。大事な私の弟子を良くも......」


「わわかったから離してー!」


 ───アリシアは地面を蹴り、あっという間に闘技場に辿り着く。


 そこに悠々と胡座をかいていたのは


「あんたがリュウジ?」


「───あぁ”? 誰だお前?」


「そう......じゃあ───ぶっ殺すわ」


「は?」


 ───全ての元凶である、龍二だった。







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