王都にて ケース3

───......リーエル様


「っ......」


───......起きてください


「───リーエル様、起きてください」


「......うっ......ん......ぁ......」


 扉の向こうから、名を呼ぶ声が聞こえる。


 気持ちの良い微睡みから誰かに起こされ、リーエルはまだ覚醒しきってない意識を自覚しながら、ベットからその身を起こした。


 分厚いカーテンで遮られた日光。


 部屋は薄暗く、そのため今まで寝ていた環境は睡眠に適していたのか身を起こした後でも、もう少し寝ていたいという衝動に駆られてしまうが、堪えて、立ち上がる。


 そして静かに背伸びをした後、嘆息する。


......あのまま寝てしまってたんですね


「......何ですか?」


「ルカティーニ様が魔法を教える時間だと......」


「あぁ......そういえばそうでしたね......」


約束事を忘れてしまいそうになるほど......思っていたよりもセエル王子の件が衝撃的だったんでしょうか......


 そう思いながら、扉の前まで歩き、ドアノブに手をかけると、先程侵入者が来たばかりなので用心のためにリーエルは一つ扉の向こうの人物にある質問をする。


「あなたのお名前は?」


「......え? え、えと......私はエラでございますが......」


「......一応姓名も教えていただけますか?」


「は、はい......リスメル......エラ・リスメルです」

 

「エラ・リスメル......」


......確かにこの城の使用人の中に同姓同名の人が一人いますね


「リーエル様?」


「ごめんなさい。今開けます」


 魔法で修復しておいた扉を開けると、黒いショートカットの小柄なメイドがそこに立っていた。


「お待たせしました。少し疲れていたのでしょうか......寝過ごしてしまいました」


「そうでしたか......日頃からお疲れ様です」


「いえ、日頃の疲れからではなく......少し考えたかった時間が欲しかったんだと思います」


「確かにそういう時間も必要ですよ」


「......ありがとうございます」


「あの、気になったのですが、どうして私の名前を?」


「先程、城に何者かに雇われた三人の冒険者が侵入しまして、一人は私を暗殺しようとしていたので、魔法で軽く動けなくした後拘束し、残り二人はジータが部下と一緒に取り抑え、その侵入者達は今頃聴取を受けていることでしょう。......そういうこともあったので、用心のために、あなたの名前を扉越しに聞いたのです」


「いつの間にそんなことが......リーエル様、お怪我はありませんか?」


「無いですよ。先手を取って安全に無力化したので......というか、正々堂々で戦っても、あの程度の相手でしたら擦り傷でも負わない自信があるんですけどね」


「リーエル様......第一王女としての自覚を持ってください。怪我でもされたら国王に心配され二日間泣き寝入りされる大惨事になるんですからね?」


「ふふっ......分かってますよ」


 少し吹き出したように笑ったリーエルに、メイドは嘆息を着いた後、怪訝な表情を浮かべる。


「......本当でしょうかねぇ......その笑みの真意が全く分かりません」


「いえ、笑ったのは泣いているお父様の姿を想像したからですよ。ちゃんと分かってますから......」


「はぁ......頼みますよ。ですが、流石魔術学園序列二位の実力ですね」


「あら、ありがとうございます。そういえば同じような事をジータにも言われましたね」


「いや、誰でも言うと思いますよ。現状、歴代の王族の中で一番の戦闘力があるのはリーエル様ですからね。世界を見て回っても、リーエル様のように強い王女様なんて見つからないと思います」


「珍しい......ということですか。確かにそうですね。自分でも思うときはあります。ですが、私は如何なる場合でも先頭に立たなければならないのは、国を統括する王族でなければならないと思っています。幾千もの命を預かっている立場なのに、戦いの場に姿を現さず、ただ送り込んだ軍が凱旋するまで城で待っているなど......王族としての、国を背負う立場としての示しがつきません。私はまだ未熟者ですが、やがて時が来たら、先立ってグランベル紋章旗を先頭で掲げられる......そんな強い自分になりたいんです───もう、守られる立場ではありたくない」


「リーエル様......」


 脳裏に焼き付いている、過去の記憶。


 リーエルはそれを少し思い出しながら、決意を口にしていた。









..................


............


......




 ───業火に燃え上がる馬車


 ───周りに怒号が響き合う


 ───重厚な鉄と鉄がぶつかり合って出る、甲高い音


 ───悲鳴と共に、肉が切り裂かれる、又は突き破られる耳を塞ぎたくなるような生々しい音が鼓膜に反響し続ける


 何が何だか分からなかった。


 しかし、果てしなく怖い。


 体が嘘のように動かない。


 口も開けない。


 しかし、瞼が瞑れない。 


 周りに広がる無惨な光景から目を逸らしたい筈なのに。


 そんな尻餅をついている時、気が付けば目の前で自分を庇って容赦なく切り捨てられる一人の名も知らない若き騎士。


 その瞳には涙を浮かばせ、額からは流血し、咳をするごとに吐血していた。


 さぞや痛いだろう。


 さぞや辛いだろう。


 さぞや悲しいだろう。


 そんな暢気に考えてる場合じゃないのに。


 そして最後には『逃げろ』と、恐怖にすくんだ自分の手をしっかりと握り締めて言った一言。


 力尽きた大きな手。


 自分の手を先程まで包んでいた温もり。


 そしてそんな私を急かすように、周りで庇って戦ってくれている少数の騎士全員からも目の前で死んでいった騎士と同じように『逃げろ』と叫ぶ。


 怒号にも似た野太い声たち。


 その瞬間、無意識にも立ち上がり、走っていた。


 今まで味わったこともない果てしない悲しみ。


 目の前で潰えて消えた、若い命。


 恐怖から早く逃れたいという臆病な心。


 しかし良心が叫ぶ、『見捨てて良いのか』という思い。


 それらを一心に、自分の血ではない誰かの血が滲んだドレスを揺らしながら、ただひた走る。


 一歩一歩裸足で踏みしめるごとに、涙を潤ませる。


 その度に思うのだ


 ───自分のせいだと。守られるような弱い自分が悪いのだと。


 ───気が付けば、森を抜けていた。


 そして気が付けば振り返っていた。


 そこには何も無い。


 あるのは先程の光景ではなく、そよ風に揺れる木々や草。


 そして、人に守られ、挙げ句に逃げてきた証拠である、自分の小さな足跡。


 足跡が訴えてくるものは、今の自分の非力さ───



 


───だから


..................


............


......









「リーエル様......? どうかしましたか?」


 突然黙り込んだリーエルに、メイドは首を傾げる。


「......あ、あぁ。いえ、何でもありません。では、そろそろ失礼します......ルティを待たせてますからね」


 いけない、思い出してしまった。と、辛くなる気持ちを抑えながら、しかし、次には笑顔でそう返答した。


 そんないつものリーエルを目の前に、メイドは口を綻ばせる。


「ふふっ......そうですね。......ルカティーニ様は前庭の噴水でお待ちになっています。行ってあげて下さい」


「分かりました。仕事に戻ってください」


「はい。失礼致しました」


 メイドからの返答を聞き届けると、踵を返し、妹が待っている前庭まで向かう。


 コツンコツンと革靴から足音を響かせ、一人、長く広い廊下を歩いていく。


「ふぅ......」


今は悩んでいても無駄です......今はしっかりと目の前にあるものに向き合わなければなりません。この時期に乗じて侵入させて来たのは、混乱と味方同士を疑心暗鬼にさせるのと、体が弱いルーイ第一王子の次に生まれた私を殺して、必然的にセエル王子に王位継承権を与えさせる......主な目的はこの三つでしょう......しかしこれはまだ序章。次は必ず近いうちに来ます。その前に、何か手を打たねばなりません......この場合、セエル王子に勘づかれないよう少人数で対抗しなければなりませんね......いや、違いますね。よく考えてみればこれはダメです。最も良い選択は────




 そう深呼吸した後、決断する。




───私一人で......手を打つことですね。今はシュンさん───転移者様達の育成にお父様は全面的に力を入れているので、余計な心配と苦労、そして何より、人員を割くことなんてしたくないです......守りが手薄になった直後、内部にセエル王子がいるので、その隙に決行されてしまうかもしれませんからね......ここは『戦乙女(ヴァルキリー)』の継承者の一人として、正々堂々と行きましょう......『戦乙女(ヴァルキリー)』の名に恥じないように、『一騎当千』の精神を持って───


「たとえセエル王子が国王になったとしても、その数年後には強大なギルドを筆頭に反乱が起きてるでしょうからね......そう、あなたみたいな小さな器では、収まりきらないほど、この国は大きいということなんですよ───と、面と向かって教えるべきですね......」


 そのセエルに向かって言った愚痴は誰かに聞かれることもない。



 ただ、その愚痴はリーエルにとっては本音で、また自分に言い聞かせて、決意を固めるための手段でもあるのだ。


 窓から廊下と歩くリーエルを照らす日光が首飾りに反射し、煌めく。


 それに刻まれているのは───『戦乙女(ヴァルキリー)』だった。


 ───背中には大きな白い翼を生やし、握っている光輝く長剣を天へ高らかに掲げる美しい女性を、まるで天からの光に愛されているかのように照らしている。


 その素晴らしい技で彫刻された『戦乙女(ヴァルキリー)』の首飾りの裏に、リーエル・ヴァン・グランベル───その名が刻まれていた。



= = = = = =






 王城の前庭は、初めて訪れた者達が舌を巻くほどの清潔さだろう。


 一糸乱れなく張り巡らされた焼き石の石板は綺麗な模様になっており、心を爽やかにさせる。


 また、中央に設置された噴水。


 清らかで透き通った水を高らかに噴き出し続けている。


 表面には天使や神、人などが彫刻されていて、一種の芸術品のような出来だ。


 広さは十二分にあり、それに相まって良く騎士達が訓練場が満杯になってしまったときに、よく手合わせや新兵への技の教授、自主練習に使用される。


 近頃は軍の規模も過去の二倍と大きくなっているため、一週間の四回はここは訓練で使用されている。


 最初の頃は見つかればその場で解散させ、走らせるほど訓練目的での使用は禁止されていたのだが、大勢の将兵や騎士達からの声があり、現在は自由使用となっている。


 ───そんな今日は珍しく訓練で使われていない前庭の噴水前に、一人の少女が立っていた。


 その少女はリーエルが前庭に着いて、見かけた瞬間に


「───姉様!」


 と、誰が聞いても愛らしい声を響かせる。


 リーエルもそんな可愛い妹に笑みを溢した。


「ルティ、お待たせしました」


「ううん......大丈夫なの! 姉様は約束を守るから......信じて待ってたの」


 ───リーエルと同じように、色白で可愛らしく整った相貌。容姿はほぼリーエルと同一しているが、違うとするならば、まだあどけなさが残るくりっとした大きな碧い瞳だろう。髪型はリーエルと同様、金の長髪だ。


 歳は十四歳。その歳にしてはリーエルと似て良く育っている。


「そうですか......偉いですね」


「うん!」


「では......えっと、今日は魔法を教えて欲しいんですよね?」


「そうなの! 姉様みたいに強くなりたいの!」


「ふふっ......良いですよ。強くなることは大切ですからね......ではそうですね......先ずは適性魔法属性を調べましょうか」


「......? てきせい?」


 無意識に可愛らしく小首を傾げるルカティーニに、リーエルは説明を始めた。


「適性魔法属性は、言うなれば、その人の個性、つまり性格と言っていいでしょう」


「うーん? ......魔法に性格とどんな関係があるの?」


「簡単に言ってしまえば、火属性の場合は元気な人。水属性の場合は優しい人。樹属性の場合は落ち着いている人。土属性の場合は我慢強い人......ということです。魔法を使うには、大気中にある魔粒子を凝縮させた上で、さらに自然界を浮遊する各属性の精霊に力を借りなければなりません。精霊によって好みが別れて、この人だったら良い......この人は嫌だ......と、好き嫌いしているので、普通は一つの属性のみしか使えません......基本的に精霊自身の性格と同じような人に力を貸す傾向にあるので、性格で使える属性が違ってくるんですよ。なので正確には魔法ではなく、精霊と自身の性格が関係しているんです」


「......? えっと......つまり精霊さんが私を好きになってくれたら、魔法が使えるってことなの?」


「端的に言えばそうですね。ルティの場合は......私から見れば元気な女の子なので、適性は火属性かもしれませんね」


「火属性なの!? 嬉しい! お父様と一緒なの! 姉様は?」


「私は樹属性ですね。うーん......てっきり当時は水属性だと思ったのですが」


「......え? ......姉様優しいの?」


「......」


「どっちかというと少し腹黒い気がするの......」


 そこから少し間を開けて、リーエルは踵を返しながら口を開いた。


「あ、用事を思い出しま───「う、嘘なの! 冗談なのっ!───」......はぁ。全く、すぐ調子に乗るんですから」


「ご、ごめんなさいなの。でも......今のは言葉のあやというか......咄嗟に思い浮かんだから───「あ、やっぱり用事を思い───」ね、姉様! ごめんなさいなの! もう言わないの!」


 余計なことを言ったため、また城に戻ろうとしたが、強くその細い手で裾を引っ張られ制止される。


 また嘆息して、振り返る。


「......もう。咄嗟に思い浮かんだということは、本音ということじゃないですか。まぁ......私にも少し思い当たる節はありますが......」


「あ......ほ、ほらなの! 思い当たってるなら何で行こうとしたの! 自分の非を認めるの」


「ごめんなさい───では魔法の練習しましょうか」


「ちょ、ちょっ───「先ずは火属性の初級魔法からやっていきましょうか。順にやっていって、適性を調べられますし───」......姉様」


「ほら、時間は有限ですから。私にも予定があるので。さぁ」


「むぅ......絶対に謝らせてやるの!」


「はい、気合いが入りましたね。では私の動きを真似してください」


 明らかに気合いではない怒りだが、ルカティーニはそれに耳を貸さず、真剣にリーエルを真似し始めた。


 弓を構えているような構えを取るリーエル。


 ルカティーニもそれに真似して、同じように構える。


「次に、ここからが重要なのですが、弦を引きながらこう詠唱します【火よ───求めるは烈火の豪矢───ファイヤーアロー】」


 流れるように詠いながら弦を引き、歌い終わった瞬間に弦から手を離す


 という一連の動きを火属性は適性ではないため魔法は出現させてないが、実演したリーエルの方を見たルカティーニは、一度眼を瞑り、やがて開けた後、詠唱し始めた。


「【火よ───求めるは烈火の豪矢───】」


 詠いながらそこに弓があり、弦を引くような仕草をしている途中に、徐々に火の弓が生成される。


 狙うは使い潰された藁人形。


 赤く煌めく弦を一杯引きながら、最後に一声する。


「───【ファイヤーアロー!】」


 放たれた火矢は、真っ直ぐ藁人形へと飛翔する。


 鋭く赤い一閃。


 それは着弾し、見事に人形の頭を撃ち抜いた。




「......!」


 瞠目したルカティーニは、少し呆然としていたが、じきに実感が湧いてきたのか次にははにかんで笑った。


「やったの! 姉様! 初めて出来たのっ!」 


 そんなこれまで以上に密着してきたルカティーニに、微笑み返す。


「良かったですね......見事でしたよ。急所を一発......実に有効的な攻撃です」


「ありがとなの......姉様!」


「あら、随分と素直ですね......」


「う、うるさいの! 人の厚意を......!」


「ふふっ......冗談です。......しかしその歳で正確に頭を一発で仕留めるなんて私は出来なかったのですから、誇って良いですよ。本当に。......ではどんどんと行きましょうか」


「......はい、なのっ!」



 








 




























 王都には今までも、そしてこれからも様々な場所で、様々な人が、それぞれの物語を紡いでいく。


 またこの話はその中のたった一部に過ぎない───















 ───そんな少女達の物語。 



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