王都にて ケース2

 駿達と別れた二時間後、ルリアとジャックは、ボルズ公の屋敷に帰っていた。


「では、ジャック。教師の方が部屋にいらっしゃってますから......」


「......はい。しっかりと勉強して参ります」


 ボルズ公の屋敷内のとある階段。


 大きな窓を背に、踊り場でルリアは、これから自分の部屋で勉学に励むジャックに激励を飛ばしていた。


「頑張ってください」


「......はい」


 ルリアがそう笑うと、ジャックは少し間を開けて返事する。


 ルリアには、その小さな間は何だか分からなかったが、代わりに笑顔で送り出す。


「......」


 そんな年上である優しい姉に、ジャックは先程まで浮かない表情だったが、去り際には笑い返すのだった。









 ───昨日のボルズ公屋敷襲撃の騒動があり、屋敷内にはボルズ家、メイド、使用人、護衛の他に、調査のため派遣されてきた騎士達が居た。


 これまでの日常とは少し違い、普段目に掛けない屋敷のいかなるところにも調査している騎士居るため、少し落ち着けないルリアだった。

 

 やはり、自分の家に新しく他人が入り込むと、誰でも落ち着けないだろう。


 例えば、家の人であるならば尚更だが、家名の看板を背負っているため、その家の評価を落とさないように礼儀正しくしなければならないこととか。


 他人には見せたくない一面を見られたらどうしようという緊張感とか。


 普段住んでいる人と比べ、他人は行動パターンが読めないので何時通りかかっても良いように身だしなみと態度に気を付けなければならないこととか。


 このように無意識の内に気を張ってしまう。


 とにかく、年頃であるルリアの場合、特に身だしなみに関しては気を付けたいのだ。


......大丈夫......ですよね


 手鏡で髪型が崩れてないか確認し、片手で揃える。  


いつも通りの家なら、こんなことは一切しないんですけどね......


 必死に見た目を美化しようとしている、そんないつも通りの自分ではない今の自分に思わず苦笑する。


 身だしなみを整えた後、ルリアはジャックを送り出した踊り場から三階に続く階段を上がった。


 三階に上がると、複数の扉が挟んでいる長い廊下が伸びている。


 その長い廊下が伸びている先に自分の部屋があるルリアは、常人なら驚くだろうこの長い廊下を馴れた様子で歩き出す。


 そんな歩いている途中でルリアはあることを思い返していた。


 それは、今日駿達と摂った昼食でのことだった───





..................


............

 

......



 ────店内は賑わっていた。


 駿達とルリア、ジャックの八名が入店したのは噴水広場から東に数分歩いたところにある、定食屋だった。


 そこは普段屋敷に暮らすルリアでも、一度は噂で小耳に挟むほど人気な定食屋だった。


 多くの客は家族連れで、問題も比較的少なく、味の方はこの多くの客で賑わっているのを見れば一目瞭然だろう。


 店員に案内された大机に皆が座る。


「凄い旨そうな匂いだな」


「だけど食べ比べしたから食べれへん......」


「だな......」


「じゃあ近藤君と浅野君は水でいい?」


「そうだな。......伽凛さん達はごゆっくりとしててくれ」


「ふふっ......じゃあお言葉に甘えて」


 そんな駿達の会話に笑みを溢しながら、ルリアとジャックは注文する料理を選び始める。


ここに来るのも久し振りですね......屋敷で用意される料理以外を食べるのは何だか新鮮ですっ


 どこか嬉しく思いながら、久々に持った注文表のページを捲った。



 ───数分後、机の上には、七色のパレットのように様々な料理が並べられ、食卓を彩っていた。


 全員が注文し終わり、料理が運ばれた後、駿と優真以外の特に伽凛達は、朝から歩いていて余程お腹を空かせていたのか直ぐに料理にありつく。


 終始、伽凛達は笑顔で料理を称賛し、ルリアは異世界の人達に自国の料理を称賛され素直に嬉しく思えた。


......変わらない美味しさですね


 昔、家族と来たことがあったこの定食屋の料理を懐かしく思いながら、堪能する。


 食べ始めて数分、まだ皆が食べている料理が半分もきってない時、ジャックが突然切り出してきた。


「あの、気になったんですけど。転移者様達はどういう国からいらしたんですか?」


「......!」


 その質問をしたジャックに、ルリアは咎める。


「ジャック......その質問は失礼ですよ」


コンドウ様達が一ヶ月かけてこちらの世界にようやく慣れてきたというのに、元居た世界の未練を抉るような真似は......


 と、耳打ちで叱ると、ジャックは今気付いたのか顔を青くする。


 しかし


「ルリアさん、大丈夫ですよ。ありがとうございます」


 と、目の前に座っていたためか、耳打ちで叱った内容が聞かれていたらしく、駿はそれを微笑んで許すと、元居た国について話し始めた。


「国名は日本。島が集まって出来た世界的に見ると小さな島国から俺達は召喚されたんだよ」


「え......? 小さな島国......ですか?」


「そう。小さな島国。でも決して貧しい国じゃなくて、世界を引っ張る数十の先進国の中の一つなんだ」


「小国で先進国なんですか......想像できませんね」


 そう首を傾げるジャックに苦笑する。


「ふっ......まぁ無理もないだろ。ここの世界じゃ国の大きさがそのまま力として表されるからな。ですよね? ルリアさん」


「そうですね......一概には言えませんが、領土が広ければ必然的に食料の栽培地も多くなるので、人口も増える訳ですから、結果的に生産力や兵力増強に繋がります」


 ルリアの説明に、ジャックは、成程......と、頷いた後、一つの疑問が頭に浮かんだ。


「では......何故日本という国は先進国なんでしょうか?」


 その質問が来ることを予想していたかのように駿は返答する。


「一つ挙げるとするなら国家間の繋がりだな......て言うかこれが一番大きい理由なんじゃないか? 」


「国家間の繋がり?」


 そう聞き返すと、伽凛が対応する。


「主な繋がりは貿易です。実は日本は自力では生きていけないので、国で足りないものを他の国から輸入しているんです。ですが、それだけでは利益には成りませんので、代わりに質の高い物を輸出して、利益を得ながら、その安全性と質の高いもので世界中の信用を得てるんです。当然質が高いため価格は高いものが多いですが、それだけ信用もあるので売れないということは無いんです。昔から量より質を優先させ続けた結果が、日本という小さな国が先進国になったわけなんですよ。勿論、他の国の助力もあって成し遂げたことなんですけどね」


「流石伽凛さん。頭いいな」


「ふふっ......近藤君こそ」


「凄いですね......そのような国からいらしたんですね」


 ジャックが感嘆する中、ルリアはふと思ったことを口に出した。


「ということは、日本という国には沢山の優秀な魔法技師が居るんですね......」


「......あ~......えっと......」


 自分の言葉に、何か語弊があるような反応する駿に、ルリアは困惑する。


「なんでしょうか? ......まさか何か間違いでも?」


すべての物作りには魔法技師が携わっている筈ですが......


 そう思っていると、駿が気まずそうに答えた。


「あの......魔法技師、というより俺達の世界にはそもそも魔法という概念が存在してないんです」


「は、はい......?」


「全てその手で一から十まで組み立てていくんです───」


......


............


..................




───あの時は耳を疑いましたが......まさか魔法という概念がなかっただなんて......


 思い耽って歩いていると、自分の部屋の前に着いていた。


 扉を開けて、丸机と椅子、本棚、ベットという無機質な部屋に入ると、そのままベットに直行、そのまま倒れこむ。


 上に仰げば、天井にあるいつものシミが視界に入る。


 徐に手を差し伸ばし、やがて額に腕を持っていく。


 そして一様に思ってしまう。


どうやって魔法が使えるようになったのでしょうか......


 魔法なしでどのように物を作ったの話は、正直いってルリアには分からなかったが、それ以前にどうしてこれまで魔法という概念がない世界を生きてきた人がこちらの世界で魔法が使えるようになれるのか気になっていた。


「......少し調べてみましょうか」


 元々ルリアは知識欲が強い。


 それは自覚してるし、こういう未知なことは何よりも知っておきたかった。


理解できなかった魔法以外での複雑な製品の製作方法......もしかしたら、これを習得できれば、魔法力に限界がある人にとって天職になるかもしれません......

 

 それと後もう一つ、ルリアは知りたい、いやもっと知りたいことがあった。







「───コンドウ様の事についても......念頭に入れましょうか」


 誰かいる訳でもなく、誰にも聞こえないような抑えた声でそう呟いたルリア。


人をもっと知るには、もっと接近しないとですからね......ふふっ。明日が楽しみです


 魔術学園に、駿がルリアの試合を見に来る。


 一足先に駿と約束した、いや駿を独占できたのか珍しく心が跳ねるようだ。


 他人に興味を持つなんて、やはり自分らしくない。


 クスっと笑みを溢しながら、ルリアは昨夜読んでいた本の栞が挟んである一頁を開くのだった。




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