王都にて ケース1
「───ふぅ......」
と、ひとつに結んでいた赤い長髪を解いて垂らしながら、アリシアは一息着いた。
ここは近衛魔法剣士隊本部の中にある、隊長室。
今朝から、駿に一ヶ月付きっきりで訓練を行い、しかも山に籠っていたがために一度もその一ヶ月の間ここに顔を出してなかったため、その分やっていなかった部下からの報告書の整理等の事務作業にアリシアは明け暮れていた。
すっかり外は夕日に染まり、隊長室にも茜色の光が照らしてきている。
背伸びを数秒間してから、今一度深い息を吐いたアリシアは重い腰を上げるように立ち上がった。
......もうこんな時間。はぁ......なんだか一日を無駄にした気分だわ
「......でも作業は一段落着いたところだし、ちょっと外の空気を吸ってこようかしら」
そう言って、相棒である紅の長剣を腰に差すと、今まで自分が仕事してきた机を一瞥する。
......
そこにはまだまだ時間がかかりそうな量の紙の山があった。
一瞬心が揺らいだが、ふむ、一段落着いたと言えるわね......と、心のなかで吐き捨て、ドアノブに手を掛けると不意に───
────「アリシア~! 仕事終わった~?」
と、そんな声と共に突然扉を思いきり開けられた拍子に、足の指と頭を同時にぶつける。
「いっ......!?」
余りの突然のことで、しかも事務作業で精神が疲弊してたために油断していたのか、つい驚いてしまい、そんな声を上げてしまう。
「え? あ......ご、ごめんね? まさかそこに居るとは思わなかったんだけど......でも何で痛がってるの......?」
「あっ......そう言えばそうだったわね......」
......そうよ。高いステータスで耐久補正が掛かってるから全く痛くないんだったわ......
そんなことを心に言い聞かせながら、コホンと恥ずかしさを払拭するように咳払いをしたアリシアにデリアがニヤリとした。
「な、何よ。デリア」
「いやいや~? 別に何でもないよ? ただアリシアって結構可愛い所もあるんだなって」
「......はいはい」
大人は余裕を持つ......大人は直ぐに乗せられない......
依然として赤く頬を染めている顔だが、デリアからの挑発に乗らない。
「ふふん......」
そんなアリシアに、さらに笑みを深めるデリア。
数秒間、アリシアの顔をそんな調子で見つめていると
「いやもう分かったから。そんなに含み笑いしないでくれるかしら?」
そう咎めて来たため、デリア素直に従う。
「はぁーい......アリシアちゃん?」
いや、素直に? の間違いだったかもしれない。
「あら、ありがとう。女の子の扱いを受けたのは久し振りなのよね。......で、何か用があったんでしょ? デリアちゃん?」
「むぐっ......」
そう返されたデリアは、少し言いごもってから自身の子供体質の体を恥じるような仕草でアリシアのそれと見比べる。
......
結果は言うまでもなく完全敗北。
劣等感が心を支配する。
「......うん。まぁ大したことじゃなくて、暇だから一緒に街にでも繰り出さない? っていう用だったんだけど」
が、それを隠すように直ぐに返答する。
デリアからの誘いに、「奇遇ね。今から外の空気を吸いに行こうとしてたの」と、笑顔で返すとデリアも微笑み返した。
「じゃあ......行こ?」
そうして、王国最強の一角である二人は街に繰り出した。
───「こうして二人で出掛けるのも久し振りだよね?」
大勢の人で賑わうメインストリート。
アリシアとデリアはそこを二人して歩いていた。
途中途中で、いや数十歩歩けば必ず握手や尊敬の嵐が巻き起こるが、二人は甘んじてそれを受け入れ、それ以外道中起こることと言えば二人の進路方向の道を、自然とあけられることである。
それを少し気まずく思いながら、しかし二人は普段ではじっくりと見られない街の光景に心を踊らせたりしている。
───嬉しげにその黒い長髪を揺らすデリアに、アリシアはつい笑みを溢してしまう。
「そうね......確か三年前が最後だった気が」
「そうだよ。あ~......懐かしいなぁ~」
「なに感慨耽ってるのよ?」
「いや、ほら。前一緒に街に行ってたとき、今もあるのかなー? ......この先にある小さな闘技場を誰かにとられないようにここの道を毎日走ってたなってさ?」
「あぁ......確かあの頃の私は17才で、デリアは14才だったわね。ふふっ......」
そういえば......よくひょこひょこと後ろに付いてきてたわね......可愛いかったわ
「ん? どうかした?」
「......いや、ちょっと思い出し笑いかな?」
「ふーん......───あっ! ねぇねぇアリシア! 覚えてる? 良く買いに行ってたあの武具店!」
「え? 武具店?」
「そうそう!」
「うーん......なんだったかしら?」
「え~覚えてないの? まぁいいや。でさ、あそこ見て」
デリアが笑顔で指差した方向に目を向けると、アリシアの頭に記憶が蘇る。
「あ......」
錆び付いた看板をぶら下げ、店内には壁や天井にまでびっしりと装備が飾られている小さな武具店。
どこかロトを感じさせるその風貌に、アリシアは懐かしさを感じた。
「ほら、訓練で使い潰してた装備をあそこで良く買ってたんだよ」
「えぇ......そうだったわね」
まだあっただなんて......いや、三年で潰れるのはおかしいか
薄れかけてた記憶。
懐かしい思い出が残るものが、もしかしたら無くなってしまったのではないかという思い込みは、誰しもあることだ。
断片的な小さな記憶でも、三年経つだけでこれほどまでに懐かしさを感じるのは何故だろうか。
アリシアは不思議に思いながらも、まだその武具店があったことに安心する。
何だか凄く楽しいわね......
部隊を預かる隊長になってから、ほぼ街に繰り出すことが無くなったアリシアにとって、今の状況はとても新鮮的だった。
ふとそこで立ち止まり、周囲を見渡せば、昔と今でどれ程変わったのか探してしまう。
不思議と、当時は気にしてなかった、見慣れていた光景は脳裏に焼き付いており
───新しい家が増えてる
───建設途中だった時計塔が立派に完成している
───花屋さんが、雑貨店に変わっている
等、変化している点が一目瞭然だった。
不意に路上に吹き抜ける一陣の風。
「......」
夕日に反射する赤い長髪を揺らし、アリシアの頬をそっと撫でる。
心地よく思いながらこの時間を堪能し、風が止んだ後アリシアは───
「......デリア、もっと見て回るわよ」
───気が付けば、そう呟いていた。
「......!」
隣からそう投げ掛けられたデリアは、一度その目を見開き、やがて静かに頷いた。
「あ、そうだ。アリシア。サリネの実買って」
「自分で買いなさい」
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