ボッチ、戦闘再び

───「そろそろ行こうか。どうする? 城に戻る?」


 話し込んで早30分が経とうとしていた頃、話に一段落が着いたのを見計らった駿が立ち上がりながらそう提案した。


 駿達が居る路地裏にも夕日が出始めた時間帯の関係で人がどんどんと増えているのか、表通りから談笑や喧騒、生活音等が先程の倍に騒々しく漏れだして聞こえてくる。


 基本的には大通りに乗って城へ向かうため、人が増え続けているがまだマシな今の大通りを狙っていかないと、後々先程の比じゃないぐらいに汗だくになりながら歩くことになってしまう。


この増えようだとピーク時は一体どんぐらいになるのか......


 駿はそう危惧したのか、このタイミングで切り出した算段である。


まぁもう一つ理由があるんだけどな......


「そうだね。そろそろ行こっか」


 同調した夕香は立ち上がって背伸びをすると、その他もボチボチと立ち上がる。


 背伸びをしているのは、固い地面と壁にずっと寄りかかっていたので、体が少し固くなってしまったためだろう。


 実際に、夕香にならうように希も固まった全身をほぐすために背伸びをしている。


「城に戻ろうぜ......こんな人の多さじゃ落ち着いて楽しめないだろ」


「だね......というかはぐれそうでこわい」


 と、騒がしい表通りの方に耳を傾けながら言った優真の言葉に、三波が頷き苦笑する。


「というか買った服とかお土産とかの荷物で両手がふさがってるせいで手薄になってるから、スリとかにも遭いそうだよねー」


「うわ......何だかありそうでこわい。てか絶対遭いそう」


「やめてよ岩沢さん......本当になりそうだよ」


 いつもの能天気な調子で放った希の言葉に、駿は苦笑し、伽凛は忙しなく財布を確認し始める。


ふぅ......


 ポケットにある確かな感触に安堵した伽凛は一拍置いて、「......今日は帰った方が良さそうだね」と、苦笑すると駿がこう言った。


「じゃあ今日の散策はここまでだな。あ、でも帰るまで遠足ってよく言うし、城に帰ってから解散ということで」


「お前結構懐かしいネタ持ってくるな......確かに先生よく言ってたわ」


「......ん? それってネタなのー?」


「いや私にふらないでよ希」


「そうだよ。子供にふっても分かんないから───はいすみませんでした夕香様! 謝るから......謝るから耳引っ張るのヤメテっ!」

 

「ナンデミミハダメナノ? コドモダカラワカンナイナー」


「ま~た始まったよ......」


「自虐ネタ突っ込むほどに......」


 相変わらずの夕香と三波の絡み合いに、駿と優真は嘆息、その光景に希と伽凛は苦笑する。


 その後、駿が呼び掛けるまで絡み合いは続いたという。


 駿達六人は路地裏を後にするため足を表通りに進めた。








 





 ────しかし


「......」


「いって......おい、駿。いきなりとまるんじゃねぇよ」


「どうかしたー?」


 

 後には出来なかった。


 突然立ち止まった駿に、全員が困惑する。


「......近藤君?」


 心配し、そう名前を呼んだ伽凛。


 何故心配し呼んでしまったのか。


 それは雰囲気が違っていたからだった。


 先程まで笑顔を浮かべていて、柔らかい雰囲気だった駿だが、伽凛の、いや皆の目に写る先頭で立ち止まる今の駿の背中からは、重々しい緊張感が放たれている。


「おい......どうしたんだ?」


「......」


 しかし、その目はじっと前だけを見つめている。


 呼び掛けても一切反応しない。


 そしてそのまま数十秒間、静寂していた駿だったが、やがてその口から言葉が放たれる。






「出てこい」


 それが第一声だった。


= = = = = =



「───お前。高山だな」


 と、表通りに出る出口、誰もいない方向にそう断言する駿に皆は唖然とする。


「え......? 駿、どうしたんだマジで。高山って......誰も居ないぞ?」


「───もう動きは察知している。喫茶店のときからな」


 優真の言葉を無視し、依然として誰もいない方向に言葉を投げ掛けた。


「......俺からははっきり見えてるぞ。ハリー○ッターの透明マントを真似してるかは知らないが......そんなおもちゃなんか捨てて出てきたらどうだ? 間抜け」


「「「「「......?」」」」」


 突然のことに困惑する五人。


 それは駿がまるでそこに誰かいるかのような発言を繰り返しているからだ。


「はぁ......まだしらを切るつもりなのか? 因みにお前の他にもう一人、誰か来ないように表で見張ってる奴がいるんだが......確か田村だったか」


 瞳を細め、前に睨みを利かせた駿の問いかけに依然としてそこにいる者は答えない。


「......そうか。じゃあ力ずくで行くからな」


 そこで両手に持っていた荷物を置き、新しく買った長剣を手にすると、鞘からゆっくりと引き抜きはじめる。


 鞘に隠れていた白銀の刀身が徐々に露になっていき、鍛えられたその刃が、夕日の光に反射したとき、駿の顔を照らした。


 さらけ出された得物に優真達は瞠目する。


 次に、鞘をその場に置き、両手で柄を力強く握り締めた。


 構えは下段。


 一歩、また一歩と前に進むごとに揺れる、反射する剣の光の軌跡。


「ふぅ......」


 一息吐いた瞬間、地面を蹴る。


「───ちぃ......!」


 それと同時に、目の前で慌ててそのマントを脱ぎ捨てた人物は、背負っていた双斧を装備し、駿からの速攻に備えた。


「高山!?」


 突然駿が走る方向に現れた剛一に驚く一同。


 しかし、瞬く間に、二つは激突する。


キィーン───


 甲高い音が路地裏に響いた。


 二つの手斧を交差して、駿からの瞬時に上段に持ちかえて放たれた斬撃を防ぐ剛一。


 鍔迫り合いになり、両者とも凄まじい気迫が優真達に届く。


「なんでわかった? 近藤」

 

 と、駿に聞いた一筋の汗を流す剛一の顔は何処か切羽詰まっている。


 それに対して、涼しい表情で駿は返答した。


「さぁな......とりあえず、下がガラ空きだぞ」


「っ!?」


 言葉の後の瞬時に踵を刈り上げた駿の足。


 体勢を崩した剛一に出来た隙を狙い、そこに回し蹴りを食らわせる。


「ぐぅっ!?」


 腹部を襲う鋭い痛みに、思わず剛一口からそう声が出てしまう。


 腹部を抑えながら後退りした剛一に、駿は追い打ちを掛けることもなく、ただ追い詰めるように歩いて迫っていく。


 その表情は何処か楽しげに、不気味に微笑んでいた。


なんなんだよ......こいつ!?


「どうした? 高山。あの頃の威勢はどうしたんだ?」


「くっそ......!?」

 

 そう挑発し、一瞬で間合いを詰めてきた駿に、剛一は片方の手斧を振り下ろした。


「────っ」


 しかし、駿はくるりとその場で回転し回避、そのまま勢いを利用し、剛一の背後を取る。

 

ここだ!


 だが剛一は予想していたのか振り向き様に手斧を思いきり薙ぎ払った。


 駿に迫り来る手斧の一閃。


「────!」


「なっ......」


 しかし、それもいとも簡単に剣の腹で受け流した駿に、驚愕した。


「次、ちゃんと構えとけ。じゃないと死ぬぞ」


 一旦距離を置き、その白銀に輝く長剣を大上段で構え直した駿にそう言われ、剛一の沸点は一気に上昇した。


「くっ......舐めるなぁッ!【精霊よ───力を我に与えたもう───身体強化(ブースト)】!」


 白く光り輝いた魔法陣から力を貰うように、膜で覆われた剛一はその強化された敏捷を持って、数秒で駿に肉薄する。


「───......近藤君っ!?」 


 思わず伽凛はその名を叫んだ。

 

 しかし次の瞬間、駿は長剣を捨てて、手斧を振り下ろそうとしている剛一の右手首とうなじの服の端を流れるように掴んだ。


「あれは......」


 駿がやろうとしている事に、驚愕する。


 優真はその身のこなしに確かな見覚えがあった。


宮廷組手術......団長と同じような動きだ......


 そう、数日前までアースレルに散々受け身を取らされたその組手技を、駿が目の前で実演していることに驚きが隠せなかったのだ。


どうしてあんな風に......無駄のない動きで出来るんだ!?


 自分が無し得なかったその技を、まるで長年使用してきたかのように身に付いている動き。


 駿はそのまま、剛一が突っ込んできた勢いを利用し、逆方向に自分と釣り合わない体格を誇る剛一を軽々と投げた。


「なっ......!?」


 剛一は訳の分からないまま、無様に倒れ込む。


 次には地面に思いきりぶつけたのか、盛大に擦ってしまった膝を抱えて悶絶した。


「ぐぅっ......」


 眦に涙を浮かばせながら軽く転げ回る剛一に、駿は嘲笑する。


「おいおい。どうしたんだ? まるで頭が重くて転んじゃう幼児みたいな転びようだったな。ヘッドスライディング楽しい? ねぇねぇ楽しいの?」


「......くっそッ......調子乗んなよデブ! あの頃はブヒブヒ殴られ蹴られたままだったじゃねえか」


「過去の栄光を謳うのは結構。だけど過去は過去、今は今だから。というか殴られ蹴られとか言ってるけど今のお前、すげえボロボロじゃん。頭にブーメラン刺さってんぞっ」


「っ......────らぁッ!?」


 側にあった手斧を手に取り、駿に斬りかかる剛一。


 怒り心頭で、振っている今の手斧は先程までの冷静さが欠け、技もへったくれもない唯の大振りな攻撃に過ぎない。


 駿はその攻撃を軽々と後ろに飛び退け回避し、おどける。


「必死なのは良いけど、そんな攻撃、師匠のデコピンに比べたら屁でもないな。知ってるか? 師匠のデコピンは石さえ粉々にするから。しかもすげえ速いから避けられないんだよ」


「はぁ......はぁ......」


 そんな駿に凄まじく瞳を細め、睨み付ける。


「はっきりいうと、今のお前には俺を倒せない。まぁちゃんと鍛練してれば俺と同等以上になってたかもしれないけど、お前らのことだからどうせサボってたんだろ?」


「............」


「今のお前らじゃ、全員に負けるだろうよ。勿論、お前らが狙おうとしていた安藤さんにだってな」


「え......?」


 突如、夕香は出てきた自分の名前に、驚愕したと共に恐怖に顔を染める。


「......っ!?」


なんでそれを知ってる!?


 一方、剛一は目を見張り、心中でそう叫ぶも、駿は悟ったように答えられる。


「因みに、もうお前らの作戦は全て分かっている。俺達が喫茶店から出ていくとき、一回その近くの路地でお前ら話し合ったよな? その時の内容はこうだ......《一人仲間を拐って、俺に一人で来ることを条件にし、のこのこと助けにきたところ三人でボコす》......そうだろう? 高山」


「............は、は? 意味わかんねぇこと言ってんじゃねえよ」


「言っておくが、しらばっくれても無駄だ。なんたって契約している俺の闇聖霊が現にお前に憑依してたからな。ユカ、もういいぞ」


『───承知致しました』


 不意に剛一の背中から出現した漆黒のオーラを漂わせ、黒く光り輝く球体。


「「「「「────っ!?」」」」」


 透き通るように綺麗で高い声を球体が発すると、駿以外その場に居る全員が瞠目した。


「ユカ、居心地はどうだった?」


 そう聞かれ、駿の周りを一周回った球体は目の前で止まると、嘆息から返答が始めた。


『はぁ......凄まじく最悪でした。精霊回路が危険信号を発するほどに嫌悪感に襲われました。やはりマスターの元が一番心地良いですね』


「つまり、今時でいう生理的に無理というやつだな」


『今時かはどうかは認知してませんが、全くその通りでした......』


「そうか......ごめんな。こんな奴にくっ付けさせちゃって」


『......いえ、私はあなただけの剣であり、あなただけを支える存在です。これくらい、あなたみたいなマスターに仕えられる幸福と比べれば、全く苦になり得ません』


「......そうか。俺もユカみたいな契約精霊で良かったって思ってる。でも余り無理するなよ? 遠慮なく言ってくれ」


『......はい。マスター』


「よし......────ということで俺の契約精霊のユカだ。こっそり喫茶店から出るときに、お前に憑依してもらってたんだ。で、そこからの会話はユカを通して、全て直接俺の脳内に響かせるようにしてた訳。これで何でお前らの作戦が筒抜けだったのか分かっただろ?」


「そんな......卑怯なッ」


「どこが卑怯なんだ? そもそも精霊と契約してたらこんなことにはならなかった。それはお前らの準備不足が招いたことだぞ。それと、卑怯なのはお前らの方だ。先ず、女の子を人質にとる時点アウトだろ? それと、それを利用して俺を一人で来させようとしたんだ。どちらが卑怯なのは明白じゃねえか。まーたブーメラン刺さってるぞー......しかも特大の。そんなに刺さって心身ともに大丈夫? 痛くないの?」


「うるせぇよ雑魚......お前なんて龍二がボコしてくれる」


「うるせぇよ雑魚......ね。またブーメラン刺さってるのに気付かないのかねあんたは。というか他力本願ですか。お前なんて何々が~......なんて小者キャラに良くある台詞の代名詞じゃんクッソワロタ」


「このッ......」


「とりあえず、お前の仲間がもう一人来たみたいだから、眠っててくれ【精霊よ───纏いしその慈愛の光と共に安らぎの子守り唄で包み込みたまえ───精霊達の夜(ソウルズナイト)】」


 駿の周りに薄紫の魔法陣が広がり、詠唱を完成させると突きだしたその掌が魔法陣の色に光り輝いた。


 すると、掌の方向にいた剛一は一瞬で瞼を閉じさせ、力が抜けたようにその場で眠り始めた。


「さて......田村。そのナルシストの原因であるご自慢の顔をひっぺがしてやるから覚悟しとけ?」


 振り向いた先に、いつの間にか立っていた卓。


 その表情は、先程の剛一と同様に、怒りに染まっていた。


「───近藤......てめぇは絶対にぶっ殺してやる」


 恐らく、ボロボロに倒れている剛一のことを見たのだろう。


 敵討ちに近い感情に卓の心は染まっていた。


 そんな言葉に、駿もこう返した。


「俺の仲間を拐おうとした事を......そしてこれまで皆にやって来た仕打ちの事を......俺は絶対に許さねえっ......それに前々からお前の顔がいけ好かなかったし、とりあえずお前だけは高山以上にいたぶるから......顔面裁判有罪の犯罪者には相応の罰を受けてもらうわ」


 駿は再び長剣を構えて、そう睨み付けるのだった。





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