ボッチ、師匠と二人きり
───コンコン
ノックした扉は、平凡な木扉ではなく、普通よりは一回り大きい上質な木材が使われた扉だった。
〈───誰?〉
それに部屋の中から、そんな透き通った声が応えてくれた。
「師匠。俺です」
〈あぁ、シュンね。入ってきなさい〉
「失礼します」
ドアノブを捻って開けると、そこには今まで事務作業をしていたのか、背伸びをした赤髪の女性、アリシアが居た。
背伸びをした後、アリシアはシュンに「いらっしゃい」と、微笑んで迎い入れる。
────これまでずっとクラスを縛ってきた龍二達が駿の活躍により懲らしめられ、これからはその呪縛から解放された皆はそれに歓喜し、パーティーに近いテンションで夕食を取った。
ほぼ全員から駿は礼を言われ、照れ臭そうにしながら沢山の肉を頬張っていたことは笑い種となり、クラスの雰囲気は最高潮に達し、罪悪感で微妙な距離感だった皆と自分は、この一時で一気に縮まった気がすると、駿は嬉しく思いながら夕食を終えた。
今、駿はアリシアに言われた通り、入浴を終えてから、『近衛魔法剣士隊』本部の隊長室に訪れている。
「......まだ終わらないようですね」
と、アリシア専用の机の端に、多く積まれた資料を横目にしながら駿は苦笑する。
「まぁね......シュンと私が訓練してた一ヶ月間は特に王都内での犯罪や王都周辺で潜んでいた多くの盗賊団が活発に動いたらしいから......とにかく報告書が沢山なのよ」
「へぇ......それは大変ですね」
「そうね。私達の部隊は主な任務がこの城と陛下を守る近衛なんだけど、別動隊っていう外部で活動して、どの部隊よりも早く原因の元を叩く実戦部隊があるのよ。私は近衛隊と別動隊の両方の隊長を兼任してるから、別動隊からの外部で何があってどう対処したかを記した報告書が近衛隊からもそれが来るもんだから......こんな量って訳。しかも全部魔法じゃなくて手書きでね。そんな部下の頑張りに応えるためにも細部まで私は目に通さないとだから......時間が掛かってしまうのよね」
嘆息するアリシアに、駿は感慨深く頷いて反応した。
「流石師匠......豪快な狂戦士のような戦い振りからは想像できないほどの生真面目さですねぇ......」
「......褒めているのか、それとも落としているのかはこの際聞かないようにするけど、素直に『生真面目』という褒め言葉だけは受け取っておくわ」
そんな駿の言葉に、アリシアはジト目で駿を見ながらぎこちなく笑うと、椅子から立ち上がり、駿の元へ歩いていく。
「で......無事謝らせることできたの?」
手を伸ばしたら届きそうな距離まで近付いたアリシアは腰の手を当ててそう問い掛ける。
「はい。少し脅しはしましたが、ちゃんと皆の前で謝りましたよ」
「......少し......ねぇ?」
と、怪訝な表情で見てくるアリシア。
「何ですかその顔は......本当に少しですからねっ?」
そう。あくまでしたことは、歩けなくさせるとか声を出させなくするとかという、非常にささやかで優しい脅迫だった筈だ!
不敵に笑いながら取り繕う駿に、嘆息する。
「まぁ正直、リュウジとかいう下衆がどう脅されてたって、誰も気にしないと思うけど」
「うわーかわいそー」
「......ねぇ、それ絶対思ってないでしょ? 無感情にも程がある声よ?」
「へへっ......そうですね。......もうこれであいつらとは永遠のお別れですよ」
「あらっ、もしかして寂しいの?」
明らかにからかってくるアリシアに、「うん、さびしいー」と適当に答えた後
「それで、話とは?」
と、切り替える。
「......うん」
駿の言葉にアリシアは頷くと、窓の側まで歩いていき、月光に自身の顔を照らすと徐に聞いてきた。
「ねぇ、シュン。あなた訓練が終わったら最初は何処に行くつもりなの?」
「え? 何処にですか? ......う~ん。まだ決まってませんが、直ぐには『グランベル王国』からは出ませんね。ある程度この国で経験を積んでから、国外へ出て、剣を探しに行こうと思います。なので最初に行くとしたら多分ですが、郊外の村や街に行くかと」
「......!」
アリシアはそんな駿の言葉を予想していなかったためか、瞠目する。
「......師匠? どうしました?」
なんか変なこと言ったか?
そう心配しながら駿は首を傾げる。
「......シュン。私はてっきりあなたのことだからさっさとこの国から他国へ行くと思ったわ」
「てっきりあなたのことってどういう意味ですか? まさか自分がそんな早とちりな奴でも?」
苦笑しながら答える駿に、アリシアは「......ううん」と首を振った。
「早とちりとかじゃなくて......ほら、一ヶ月の戦闘訓練の合間にこの世界の知識を教えてた時、シュンっていつも前のめりに聞いてたからさ。興味があることについては何処までも突き詰める人だと思ったのよ」
「あぁ、確かに。自分でも興味があることについては極限の集中力を発揮するという昔からの唯一の特技があることは家族から言われはじめてからは自覚してますね。......その分興味の無いことについてはとことん集中が出来なかったですけど」
と、頬を指で掻きながら苦笑する。
特にファッションとか......というか服って全部着るものだから同じじゃね? とか、目立たないものだったらなんでも良いじゃんっていう思想を元にやってたな......
「......そう。シュンが自分のその性格を自覚してるのなら安心ね。なんでもかんでも、興味があるからと言って行動に移すのは止めなさい。知らなければ良かったもの、知ったら自分に被害が来るもの......世の中にはそれが沢山溢れてるわ。まぁそれと、直ぐに他国へ行くことは関係ないんだけど。もしシュンが他国のことに興味があったらって思ったらさ、言わずにはいられなかったのよ」
「え? じゃあもし、俺が他国へ行きますと言ってたら......?」
「別に。止めはしない。ただ、お勧めは出来ないわ。旅は本当に過酷なものよ。他国へ行ったら、その国の習わしに従わなければならないし......旅人は今の時代、行動が制限される場合があるの。共存派と支配派の全面戦争が勃発している今、これまでにない緊張状態になっているのよ。同盟は結んでいるけど、どの国も他国に背中を預けているわけだから、後ろの他国の動きにどうしても敏感になってしまうの。これは私の推測なんだけど、きっとその国の動きを調べる為に、互いに工作員を送り合っていて、そのせいで外部から来る旅人の行動を各国は制限しているんだと思う。......だから直ぐにはこの国から出ていかずに、少し世界情勢の様子を見てから他国へ行った方が健全だわ」
「成程......つまり、旅人に国からの干渉を受けて、時には危険が及ぶため、少し落ち着いてからこの国を出ていった方が良いと?」
「そうね。でも駿は訓練が終わってもしばらくはここに居るんでしょ?」
「......はい。まだこの国で色々この世界について学べると思うんですよ。世界各国から生徒達が来る魔術学園なるものもありますし......それに───」
駿は腰に差していた長剣の柄を優しく擦りながら、こう言った。
「───まだ自分は未熟者なので......強くなれるように、師匠の傍に出来るだけ居て、そこから出来るだけ師匠から技術を盗みたいんです」
「......」
その言葉に瞠目したアリシアだったが、少し間を空けた後、満足げに微笑む。
「......そう」
出来るだけ私の傍に......か
駿の言葉に心が少し高揚してしまったが、ここは大人の余裕を見せつけなければならない。
そう決心し、嬉しさを噛み締めながらも表情には出さずに
「しょうがないわね......傍に居させてあげるわ。でも、これまで以上にしごきあげるから覚悟しなさいよね」
と、腕を組みながら、片目を瞑る。
「はい! よろしくお願いします、師匠!」
「───でも!」
二人して笑顔の花を咲かせてると、不意にアリシアから指を突き出される。
「シュン、あなたが言った未熟者という所、これだけは訂正させて頂戴」
「......え?」
「あなたはもう立派なダークナイトよ?」
「ちょちょ、ちょっとまって下さい。......え? 俺がもう立派なダークナイト?」
「私が思ってた事なんだけどね? ......駿はこの一ヶ月間、転移者の中で誰よりも努力してきたと私は確信できるの」
「ん? えっ......? 俺が......ですか? まっさかぁ~......そんなことありませんって! 一番なのは優真ですよ。剣術熟練度がなんと5ですよ5! 唯でさえ熟練度5に達することにどれだけの努力が必要か......それでもたった一ヶ月で5に達した優真は誰よりも努力してきたと思いますよ?」
───熟練度というのは、簡単に言えばスキルのLvである。
スキルを行使した時、微量な経験値が積まれていき、また、スキルを使うことにより、使用者の体がそのスキルに慣れていく。
回数を重ねると、塵も積もれば山となるように、微量だった経験値が上限に達する。
そしてその上限に達した時、体がある程度そのスキルに順応出来ていれば、そこで初めてスキル熟練度が1から2へと昇華するのだ。
これは総合的なステータスLvでも同じことで、戦闘経験を積むことによってLvが上がる。
スキルが昇華した場合、そのスキル自体の質が上がり、また行使できる回数や時間を増やすことが出来る。
最初は上限が低いため、楽に上げることが可能だが、熟練度が上がるにつれ、その上限が倍になっていくため、いきなりLv100やスキル熟練度10......ということにはならない。
そう簡単にはLvや熟練度は上がらないのだ。
しかし、駿は一ヶ月という異例な早さで、剣術熟練度を5に上げた優真がどれだけ剣にひた向きに向き合ってきたかが疑問だった。
一日一日、それだけ密度が濃い鍛練を重ねてきたのだろうか。
いや......優真の師匠はあの王国最強のアースレル団長だ。教え方が上手かったんだろうな......
そう思考していると、アリシアは依然として窓から外を眺めながら、こう言ってきた。
「確かに、結果だけを見ればユウマ・アサノが一番頑張ったと言えるでしょう......でも、シュン。今のあなたの剣術の熟練度は何?」
「え? 4ですけど......」
「確かユウマ・アサノの固有スキルに【剣豪の記憶】っていうものがあったわね?」
「......ああ。確か」
確かにあった気がする......
「一ヶ月という期間の中で、異例の早さで5に辿り着けたのはそのスキルによる恩恵があったからよ」
「そ、そうでしょうか? ......いや、確かにそうだったとしても、それが何になるんですか?」
「そう。確かにあなたの言う通りだわ。でも少し考えてみてくれるかしら?」
「はい?」
「恩恵があって一ヶ月で5に達したユウマ・アサノと、恩恵も何も無しで一ヶ月で4まで達したあなた......どちらが頑張ったと思う?」
「......あっ」
「あなたはさっき、一番頑張ってた人はユウマ・アサノだと言った。でも全体的に見れば、誰だってあなたが一番頑張ってると頷く筈よ。いえ、たとえ誰もシュンの『努力』を認めなかったとしても、私が真っ先に認めるわ。......ずっと傍で、あなたの成長を見続けてきたもの」
「で、でも......俺いつも師匠に怒られてばかりだったじゃないですか」
「そうよ。でも、私に怒られてばかりのあなたがめざましい成長したことは事実よ。私からの視点で現時点で言わせてもらえば、転移者の中で総合力が一番高いのはシュン、あなたよ」
「......う、うそん」
「ダークナイトという職業の力も関係してるけど、それ無しでもきっとあなたよ。最初のあなたの能力値を見ると、正直伸びしろが無いと思ってたけど......」
「むむ......」
確かに......能力値全部が100のゾロ目だったときは正直お先真っ暗だったな......
アリシアからの言葉に、つい過去の記憶を掘り返して苦笑いする駿に
「でも見事にその予想は覆されたわ」
嬉しげに、少し弾ませた声でそう言うと、アリシアは窓の外に向けていた体をくるりと回転させて、駿に振り向かせながら後ろに腕を組んだ。
表情は温かく、そして優しく。
慈愛に満ちた微笑を浮かばせている。
「シュン。あなたは能力的に見ても、人として見ても、歴代最高の弟子だわ」
そう言われた駿は、素直に嬉しく思えた。
「え、えぇ......? こんなアホにそんなこと言って良いんですか? 師匠の歴代の弟子達もきっと怒っちゃいますよ?」
しかし、素直に礼を言わないのは駿である。
「......そう、よね」
が、不意にアリシアの顔を見てみれば、何処か寂しげな表情を浮かばせていた。
「......? 師匠?」
「あ......いや......ちょっと思い出してたのよ。途中で私の弟子を辞めていった子達のこと」
「......それってもしかして」
「そう。厳しすぎたのよ。あの子達にやらせた訓練が......」
「ははん......でもこんなアホでも、師匠の訓練に付いてこれたんですから、余程のちんちくりんだったんですよ」
「ま、まぁ......確かに貴族の子息だったから」
「あぁ~! やっぱりですか! 貴族って本当にろくでもないやつが大勢居るんですね! 悪役令嬢とか居るんだろうなぁ~......やはり貴族にはボルズ公爵様みたいな人が大多数居ないんでしょうか? 貴族は悪者っていうテンプレをそろそろどうにかしてくれませんかねぇ......?」
「な、何言ってるの? そのて、んぷ~れって何?」
「......あ」
つい心の内に秘めた思いを口に出してしまった......
「い、いえ! すみません! 言い間違えでした!」
「......そ、そう。じゃあ話を戻すけど、要するに今のシュンは恩恵さえ要らないほどに伸びしろがあるということよ」
「本当にそうですよね......もしかして俺、主人公補正かかってんのかな......」
「ん......? その、しゅじんこうほーせいって何よ?」
「......あ」
また現代日本語が出てしまった......
「あはは......いや、なんでもないですよ。続けてください」
「......? まぁ良いわ。はぁ......じゃあ続けるけど、シュンは何で伸びしろがあると思う?」
「うーん......伸びしろか......」
普通に考えれば召喚ものでよくある成長チートなスキルだよな......
そう思い、ポケットから自身のステータスが記された紙を取り出す。
------------------------------
コンドウ・シュン
男性
人族
ダークナイト
Lv4
HP 420
攻撃力 538
魔攻力 390
MP 415
敏捷 689
耐久 327
スキル
剣術 4Lv/10
火属性魔法 3Lv/10
闇属性魔法 2Lv/10
隠蔽 2Lv/10
自動回復(大)付加
固有スキル
状態異常倍加(下位)
・状態異常の効果が二倍される
・自分の体に何らかの異常が起きた場合、それが付加される
------------------------------
「スキルには無いですね......」
じゃあ何なんだ? 体質? いや、成長しやすい体質って成長期ってことだろ。体質じゃないな......えぇ~!
心の中で頭を抱えていると
「───もうっ......ダメダメじゃない」
と、いつの間に間近に近づいてきたのか、アリシアはそう頬を膨らませながら、自身の指で駿の額をトンと突く。
「いたっ」
突然のことでビックリしてついそう言ってしまう。
いや痛くねぇわ。くすぐったいだけだわ
そして阿呆みたいに自問自答する。
「良い? あなたに伸びしろがあるのは職業との相性が良いからなのよ」
「え? それって言い渡された適正職になっている皆に共通することじゃないですか?」
「そうよ。でもその中でも突出して相性が良いの。元々は神とそれに仕える精霊たちの力から下界に職業やスキル、魔法が顕現されているのよ。で、職業との相性が良いということは即ち、神や精霊達にも相性が良いということになるの。つまり、力を常人よりも多く貸してくれるのよ」
「......」
俺......まさか主人公補正が......
「成長力があるのは、多分そのせいだと思うわ。確かダークナイトという職業を顕現させている神は邪神イシスと言われているわ。因みに、対となるホーリーナイトを顕現させているが女神エッダよ。どちらも女神ながら男神を力でねじ伏せる事が出来る『高位七神』っていう天界の最上位の七神の中の二人だけの女神よ」
「お、恐ろしい......というかやっぱりホーリーナイトとダークナイトって世界中から注目される職業なんですか? 顕現させた神の名さえ知れ渡ってるんですけど」
「そうね。人間側で言えば二番目にホーリーナイトは職業として有名かしら。魔族側で言えばダークナイトは一番ね」
「はぁ......」
魔族側で一番有名な職業ということは誰もが成りたがる職業に人間が成っちゃったよ......これ絶対『俺がダークナイトに成る筈だったのに』っていう魔族が俺を恨んで襲ってくるパターンじゃん......
「まぁ、その......あはは」
落胆している駿の心中をアリシアも理解してるのか苦笑いを浮かべる。
「......じゃあ人間側で一番有名な職業とはなんでしょうか?」
と、落ち込んだ気分を振り払うように、話題転換した。
「それはやっぱり、勇者でしょうね」
「あぁ、女ったらしの仮初めの姿の職業でしたか」
はいはいチーレムチーレム。チョロインと勇者のじゃれ会い......う”ぇええええええええええッ!
と、そんな苦い表情を浮かべていると否定すると思いきや、駿の言葉に微妙に迷っている様子のアリシア。
「うーん......否定したいけど否定できないわね......」
「なんなのかしら......」と、どうやらアリシアは過去に勇者と出会ったみたいだ。
「そこはもうバッサリと決めちゃって下さいよ。『このチーレム! もうちょっと女の子を我々に分け与えろぉ!』と」
「ちーれむっていう言葉知らないけど、確かに周りの男子達が可哀想だったわね......可愛い子が全員あの女ったらしに取られちゃってるもんだから......」
「え? もしかして師匠は未だに学園に?」
「いえ、今年シュン達が来る前に、三回くらい学園に来賓として行ったことがあるの。最初は今の学園の生徒会長がまさかの勇者だったことに驚きを隠せなかったんだけど、一番の驚きだったのがルリア様以外の四貴族の三公爵の全ての娘さん達が勇者のことを巡って争うほどに愛していたことよ」
「うわぁ......早くしn───ゲフンゲフン。とりあえず、遠慮してほしいものですね!」
「それだけじゃないわ。様々な貴族の娘達からもよ」
「うわぁ......早くころs───ゲフンゲフン。ちょっとあれですね。これ以上は取らないでほしいものですね」
「そうよね......幸い、リーエル様とルリア様は無事みたいよ」
「幸い......ということは師匠は勇者のことを?」
「嫌いよ。あんな奴。たかが17の分際でよくもまぁあんなに年頃の女の子をタブらかしてくれたわね......一度指導という項目でルリア様が言いくるめられる前に潰しておこうかしら」
「じゃあもう全戦力を注ぎましょうよ! 最大の敵は魔王ではなく、夜の魔王だったんですよ!」
「......っ!?」
その言葉に、アリシアは頬を一気に赤く染めて「そ、そそそうねっ......よ、夜のまおぅを......」と、こういうことに免疫がないのか、満更でもないように恥ずかしがる。
「......おぉ」
可愛い......可愛すぎる。普段は大人な師匠が、今や純心な少女みたいに顔を赤くしておられるっ! これがギャップという奴だろうか......
「......な、なによっ! あなたは何に感嘆してるのよっ!」
「いや? 師匠はこういうことに本当に免疫が無いんですねぇ......」
不敵に笑いながらふむふむと頷く駿に、アリシアは「うっさい!」と、必死に叫ぶ。
「それで? これまでの師匠の話を聞く限りだと......職業の相性が良いから俺が伸びしろがあると言うことですね?」
そうやって、急遽話を戻すところ、駿の性格の悪いことが垣間見える。
「っ......」
「......師匠?」
未だに頬を赤くしながら駿を睨みつけるが、当の本人は「エっ?」と言った風に、間抜けた表情で首を傾げる。
後日、模擬戦の時に少し本気出そうかしら......?
そう苛つく気持ちを後日解放することを決意したアリシアは、今はその気持ちを奥に仕舞い込み、会話の方を優先させた。
「......そうね。だから、これからもあなたは常人よりも早い成長を望めるでしょう」
「成程。ご教授、感謝致します」
じゃあ公認成長チートってことだな......
「じゃあ感謝を込めて、これからは私を名前で呼ぶことね」
「やです。恥ずかしいです。師匠が一番しっくり来るんです」
「じゃあ敬語を止めなさい」
「難易度が上昇してますよ? 無理ですよそんなの」
「じゃあ殉職する?」
「......えーっと、ちょっと飛び越しすぎじゃないですか? なんで殺されないといけないんです?」
「それはね? シュンだからよ」
「理由になってませんよね? いやマジで」
ギラリと目を煌めかせて、不気味に微笑みながら、徐々にシュンに近付いていく。
「ちょ、ちょまって下さい!」
「じゃあ名前で呼ぶ?」
「え、えぇ......!」
いや、迷ってる暇はない。このままじゃサンドバックだ!
「分かりました! 分かりましたから!」
「......」
そこでピタリと足を止めて、小さく呟く。
「......ホントに?」
「本当です!」
「......ホントにホント?」
「本気です!」
「うそつかない......?」
「マジです!」
「じゃあ呼んで? 今ここで」
「えっ......いや。まだ心の準備───」
「───早く」
くっ......
呼び慣れた愛称からいきなり名前で呼ぶとなれば、誰でも変に緊張というより、恥ずかしがるだろう。
「......あ、......ああ、ありしあさん」
そうぎこちなく言い放った時、アリシアは呼べと催促した本人なのに、先程と同様、いやそれ以上に頬を赤く染めて目を見開く。
「............!」
「そ、そんな恥ずかしいんならなんで呼ばせるんですか! 俺も結構恥ずかしいんですよ!」
「い、いやっ......これはそのっ......い、いや。これで良いのよ! こ、これからもそう呼び続けること! わかった!?」
「えぇ......! そんな顔を真っ赤にして言われても......」
「うっさいわね! 分かったら返事をするの! 返事は返事!」
「へ、返事っ!」
「違うッ! 返事を言えとは言ってないの! 返事をしろと言ったのよッ!」
「ぐぅ......」
に、逃げれない......これはもう仕方ないけど応じるしかないか
ずいずいと迫ってくるアリシアに、駿は諦めたように肩の力で抜かせて、長い嘆息をつく。
「わ、分かりましたよ......ただし呼び捨てはしませんからね! さん付けで呼びますから!」
「......っ!? だだ誰も呼び捨てで呼べとは言ってないでしょう!? 段階を踏んでから......そ、その......そう! 呼び捨てで呼ぶのよ!」
「はいはい分かりましたから! ということでアリシアさん。話はまた今度にしましょう! おやすみなさい!」
そうやって、恥ずかしさを隠すようにこの部屋から出ようとすると
「ま、待って!」
と、アリシアが駿の裾を掴んだ。
「な、何ですか? 俺もう眠いんですけど」
そう言いながら、駿は振り返ると、そこには身長差の関係で上目遣いになっている頬を赤く染めて、恥ずかしさで瞳を潤ませているアリシアが居た。
「───!」
......なんだこれはあぁッ!!
そんなアリシアに、一瞬見惚れてしまい、破壊力がパネぇ! と、普段とは違うアリシアのギャップに胸を跳ねさせた。
「そ、そのっ......」
「......!」
言いづらいことなのか、暫しそこから静寂が訪れる。
まるで、ここの空間だけ時間が止まったように感じている。
一秒一分が長く、それに反比例するように、鼓動だけが早くなっていく。
「シュン......」
言う決心が着いたのか、アリシアはその名を呼び、一度止まった時間を再開させる。
「......」
瞠目する駿を他所に、アリシアは裾を掴んでいる力を強めて、次にこう言った。
「───名前を呼ぶのは......そのっ......二人きりの時だけに......して、ほしい......の」
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