王国の影
「────それで私その時うっかり忘れちゃってさぁ」
「え、それ大丈夫? ......こっぴどく怒られたでしょ?」
「峯崎さんご明察! お母さんに筆箱を持ってきて貰おうとお願いした瞬間、電話の向こうから凄い怒鳴られました!」
「いやそこは後悔しながら話すところだろ。なに嬉しそうに峯崎に指差して、『ご明察!』とか言っちゃってんの」
「お、おう......確かに優真の言う通りだけど、とりあえず何かテンション高いな。安藤さん」
「そうかな?」
「うんうん。テンション高いよ夕香? ......身長は低いけど......ぼそっ」
「うんっ! 三波! 語尾に『ぼそっ』って付けても普通に聞こえちゃってんだよなぁ!」
「え? 何がー?」
「ん? 言わないとわかんない? それとも私の口から言わせたいのかなぁ!?」
「うーん......どっちも?ぼそっ」
「......」
「「「......あ」」」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い......イタイイタイイタイイタイイタイ!───」
「ダカラ、フツウニキコエテルッテッ......イッテルデショウガ?」
「───分かった分かったからッ! 本当にごめん! だからっ......ゴメンイタイイタイイタイイタイイタイ!」
「............あの安藤さん。気持ちは分かるけど流石にそこまで両耳を思いきり引っ張らなくても......」
「エ? ナンデスカ? ワタシ、チイサイコドモダカラワカンナイ!」
「ついに自虐ネタを突っ込んでくるほど開き直ってるな......」
と、そんな風に六人は人混みのなかを騒がしく歩いていた。
「取れる取れる取れる! 取れちゃうから!? 耳!」
そこで、夕香は耳を引っ張る力を緩め、微笑む。
「じゃあある物語の主人公になってみる?」
三波は唐突な誘いに、首を傾げてしまう。
「え?」
「耳が無くなっちゃう坊さんの話」
「あぁ......確か『耳無し芳一』っていう奴でしょ。..................えっ」
「ふふっ」
「いや笑い事じゃないからね!? 微笑んじゃダメ! というか放送禁止になっちゃう!」
「『耳無し三波』......良いね」
「悪いよ! 何処が良いんですか何処が!」
「うーん......全体」
「......」
「......? だから全体?」
「っ......!」
「............?? うーん......全t───」 「───それ以外の答えを待ってるんだけどぉ!?」
「まぁまぁ二人とも。そこら辺にしてさ、楽しくいこ楽しくー」
そんな二人の間に希が止めに入ると、伽凛と優真も「許してあげよ? 安藤さん」 「橘も安藤を怒らせたらこうなることは分かってただろ?」と、同調する。
仲良い二人だな......
そう思いながら、駿は後ろで騒いでる五人達を肩越しで見ていると、思わず苦笑してしまっていた。
先程から、後ろで展開される話題の間に度々入ったりして会話に参加していた駿は数十歩程歩く度に光景が変わっていく街に自然と目が行っていた。
話題は様々で主に夕香と優真、三波から絶えず展開され、たとえ途切れたとしても観光をしているため街を歩いているだけでも決して飽きはしない。
ふと街並みに目を向けてみれば、可愛らしい制服に身を包んでいる二人の少女で切り盛りしている小さな花屋があったり、汗を垂らしながら、親子二人三脚で経営している食堂があったり、見たこともない色々な物が置かれ、若い店主が耳に残るような良い声で客寄せしている道具屋あったり、どれも目立つことは無いが、駿の目にはどれも魅力的に見えた。
何故か。それは品揃えだけではない確かな魅力がそこにあったからだ。
その魅力とは、地球にはなかった活気とそれぞれの人が生き生きとしていること。
確かに、地球でも同じようなことが言える場所はあるだろう。
しかし、駿の経験からするとそれらは一部の話である。
駿の視界に広がるのは、笑顔の花を咲かせている道行く人達。
殆どが下ではなく、前を見て、自信に満ちた表情を浮かべている。
下を向いて歩いているのは腰辺りの身長な子供と笑顔で手を繋いで話している親ぐらいだ。
つまり、在住、滞在、旅行する人達が活気に溢れていれば、どのような街でも、とても魅力的に見えるのだ。
───綺麗な街。
───大きな街。
───治安の良い街。
───店が多い街。
この四つの『良い街』のすべての条件に、『人』という要素が入ってくるだろう。
人が生き生きとしていれば『生きている街』になり、人が生き生きとしていなければ逆に『死んでいる街』になる。
そう、『人』が街の心臓、肺、いや、足に至るまで全ての役割を果たしている。
駿達が通っているこの大通りはまだこの王都の一部にすぎない。
しかしその一部分でも、これほど活気に溢れている。
王都は間違いなく『生きている』。
それぞれの人が一生懸命に前を見据え、堂々とし、輝かしい未来に向かいその足で一歩、また一歩と前進している。
駿達はその姿達が見れる店達に自然と惹かれてしまっているのかもしれない。
「......」
なんだろうな......見ていて飽きないなこの街は。それに......
「これでも充分すぎる人の量なのにまた多くなってる気がするような......」
と、どんな時間になってもこの大通りから人の量が減ることがないことに、駿は内心驚いていた。
東京よりも人口密度高いんじゃないか? まぁないとは思うけど......それでもこの量はそう思っちゃうよな
「夏祭りかっつの......花火の打ち上げ前に大移動するやつ的な」
そう愚痴を溢すものの、人波に煽られ、人口密度の関係か自然と体温が上がってしまっていたのか頬に一筋の汗を流しポタリと垂らす。
そういえばさっきまでの話し声が聞こえないような。もしかしてはぐれたパターンとか?
と、心配して後ろを見てみれば優真達も駿と同じようで、増えてきた人波に押されていて前から来る人を避けるのに精一杯らしい。
まぁ......そりゃ会話どころじゃないよな。うーん......このまま汗だくになるのは嫌だし、一回大通りから出るか
「皆、一回ここから出ようぜ。このままじゃ窒息するわ」
人にぶつからないように、前に細心の注意を払いながら肩越しでそう提案すると、伽凛が頬に滲んだ汗をハンカチで拭き取りながら、苦笑した。
「うん......何だか暑いし、ちょっと辛いかも」
「賛成ー......何だか一気に多くなった気がするぞ......なに? この近くに畑でもあって出荷されてんのかよ」
「いや、人は栽培できないから浅野君。うーん......私も賛成。凄い暑苦しい......」
「いこいこー。というか夏ぐらいの暑さだよねーこれ」
「多すぎてほぼ押しくらまんじゅう状態だからな......」
「ん? ......こんな遊び方だっけ?」
「ちゃうわ。これが遊びだったら堪ったもんじゃねえよ峯崎」
「じゃあ......あそこの路地に入ろう」
───と、駿達は人混みを掻き分けて、一旦休息を入れるため路地を目指した。
───「見つけたぜ」
そんな駿達を口角を上げた二つの影が見守っていた。
= = = = = =
『王城』
「ふぅ......無事、聞き出せましたね」
───と、王城のとある廊下で、そう一人でに微笑んだのはさらりとした金の長髪を一つに結び上げたリーエルだった。
王女らしい上品な振舞いを所々にちらつかせながら気絶させた男に近づき、手足を縛った。
「これで大丈夫でしょう。後は牢に入れて更正させるだけですね......あ、そういえばジータの方はもう片付いたのでしょうか......【精霊よ───どうか我の思いを彼方まで届けたまえ───幻想鏡(ファントムミラー)】」
そう詠唱すると、目の前に輝かしい鏡が生成され、浮遊する物体にリーエルが微笑みかける。
「ジータ、ジータ。聞こえますか? そちらの状況はどうでしょうか? ......ジータ?」
しかし、鏡に写るものに、ついリーエルは首を傾げてしまう。
鏡に写ったのは、先程のような周囲を明るくさせるほどの輝かしい笑顔ではなく、どこか涼しい表情をさせたジータだった。
その眼差しは虫を見ているかのようだ。
「ジータ、しっかりしてください」
そう呼び掛けるとこちらに気付いたのか、《..................あっ、リーエル樣》と、いつも通りの調子に戻るジータにリーエルは「どうしたんですか?」と問う。
《............あ、あぁいや、別にそこまでのことじゃないんですけど......実は戦闘になると、のめり込み過ぎてしまうんですよね。多分、ボーッとしていたのはそのせいかと......》
「成程......」
《あの、直した方が良いんでしょうか?》
「......いえ、確かにのめり込み過ぎるのは良くないと思いますが、戦闘にそれほど集中できるということはその分、取りこぼしが少なくなるでしょうから、結果的には良いと思います。そのままで大丈夫でしょう。ただ、周囲の注意が散漫になっていたのなら、その癖は時に命取りになってしまいますが......」
《......確かに、散漫になっていたかも知れません......気を付けますね》
「フフッ......やはり、ジータは強いですね。序列一位も夢じゃありませんよ」
《え? リーエル様......どうしてそう思われたんです?》
「改善点を見つけ次第、直そうと努力し始める......そういうところがそっくりだからですよ。かつて世界の騎士達の頂点に位置した『四騎士』、そして世界を救った『五英雄』が一人、アーサー・リムス......ジータのお父様と」
自信を持って言うと、ジータはその言葉をしっかりと心に刻むように、ゆっくりと目を瞑る。
《............ありがとうございます》
と、少し間を空けて返事した。
偉大な人物と比べられ、謙遜もせずに心の底から感謝を述べるジータに、リーエルは嬉しげに数回頷くと、咳払いして話題を転換する。
「さて......ジータ。そちらはどうでしょうか? 無力化しきれてない侵入者の数は如何程に?」
その質問に、ジータは一度考える素振りをしてから答えた。
《こちらは取り逃し無しです。ですがおかしいですね......もう一人侵入者がいたはずですが......うーん今城内の不審な魔力を検知したのに何も引っ掛からないなんて......リーエル様何かご存じでしょうか?》
「あ、その『もう一人』というのはここで倒れている人の事でしょうか?」
と、鏡をジータに見えるように倒れて捕縛されている男に向けると《......あぁ多分それです》とジータが反応する。
しかし
《......え?......んっ!?》
反応した後、リーエルの言葉を振り返ったのか、考えて数秒動きを制止させたジータがわなわなと震え始めた。
「......どうしたんですか? ジータ」
そんな鏡の向こうで震え出している人物に、リーエルは首をかしげると突然大声で叫ばれた。
《リリリリ、リーエル様ぁっ!? も、もしかして戦ったんですか!?》
「え?......は、はい。それがどうかしたんですか?」
《いや、どうかしたのではありませんよ! 侵入者と戦ったんですよね!?》
「えぇ、まぁ。戦ったというよりは先手を取って一方的にやっただけなんですけ──《大丈夫ですか!? どこかお怪我は!》──は、はい大丈夫です。......この通り五体満足で外傷もほら、この通り何も無いですよ?」
鏡から体を見せるように、一旦距離を置いたリーエルにジータはじっくりと見つめた後、《ふ、ふぅ............良かったです。本当に......》と、なんとか首の皮一枚繋がったかのような安堵の息を吐きはじめる。
その吐息の長さは異常で、十数秒くらいずっと息を吐いている。
それほどまで安心したんですね......
思わず苦笑するリーエルだが、それぐらいジータが心配してくれた事に嬉しく思えた。
やっと吐息を止めると、吸って吐いてを繰り返し、深呼吸をしたジータは《......はぁ》と、また溜め息を着いた。
凄い肺活量ですね......ジータは
と、リーエルが思っていると
《......で、どのように無力化をしたんですか?》
ジータが質問してきた。
「簡単ですよ。扉の向こうに敵が居たので、不意を突くために、扉を貫通できる兆しがあった【戦乙女(ヴァルキリー)の輝槍(ランス)】という光属性魔法を使い、四肢の内三つに命中させて無力化したんです」
《はぁ......流石、魔術学園副生徒会長ですね》
「あら、ふふっ......ありがとうございます」
《ですが、これからは魔法使用は有事の時以外、控えて頂きますから》
「では今回は有事の時でしたので......」
《いや、私が指す有事の時というのは、我々が対処しきれない時を指します。今回は我々が対処できるものですから、有事の時ではありません》
「えぇ......」
《えぇ......じゃありません。余計な魔法使用は騒ぎなり混乱に繋がりかねませんからダメです。......とにかく、守っていただけますね?》
「はーい」
《伸ばさない》
「......はい」
《よろしい。では、これで失礼致します。今回の件は私が報告しておきますので。それと、そこに倒れている男は直ぐに回収しに向かわせますので、念のため逃げないように見守っているか、何かその場で拘束できる魔法をお願いします。手数をかけます》
「いえ、気にしてませんから。分かりました。ありがとう、ジータ。また頼みますよ」
《はい》
───そこでリーエルは鏡を粒子化させ、魔粒子を空気に変換させ終わった後、倒れている男に向かって手を突きだした。
「拘束できる魔法ですか......なら麻痺ですかね。【精霊よ───纏いしその雷(いかずち)をもってあの者の自由を奪いたまえ───雷精霊の気まぐれ(ステューパー)】」
そう詠唱すると、突きだされた掌に青紫色の魔方陣が展開され、一筋の火花が男に着弾する。
男は着弾した瞬間、除細動器で電流を送った時みたいに、体を激しく跳ねさせる。
しかしそれは一回きりで、その後痺れた時に起きる痙攣をさせることはなかった。
「これで動こうとしたら間接に鋭い痛みが来るでしょうから動けない筈ですね」
呟いた後、自分の部屋に戻ろうと扉の方をみると、そこには大きな穴が三つ空いているボロボロの扉があった。
......少しやり過ぎてしまいしたね
ボロボロな目の前の自分の部屋の扉を見て、悪びれるように笑ったリーエルはそのまま入室し、ベットに倒れ込む。
だが、枕にうずませるその端整な顔は、先程の明るい表情とは打って変わり、何処か寂しげに暗い表情になっていた。
数分間、その状態のままでいるリーエル。
魔法の使用時なのか、ベットに倒れ込んだ時になのか着崩してしまった制服。
リボンが綻び、胸元はだらしなく空けている。
シャツからちらりと覗かせる豊満な双丘。
もし、この場に男性の仕用人が来たとしたら、美しくそして無防備な王女に必ず目が行ってしまうだろう。
だが、リーエルにはそれを考える余裕など無かった。
何故か、それは男に尋問したときに男が吐いた黒幕の名前にあるだろう。
正直、考えもしなかっただろう。
王も、武官達も、神官達も、大臣達も、リーエルも。
この国のトップに立つ者達が騙されていた。
そして国民達も。
───全て。
リーエルは男が吐いた名を先程から脳内でリピートしている。
いや、しざるを得ない。
それほどまでに、衝撃的だったのだ。
仲間だと信じていたから。
「......セエル・ヴァン・グランベル第二王子......貴方だったのですね」
───灯りもつけず、日が分厚い高級カーテンの隙間から射すこの薄暗い部屋のなかで、リーエルはそう呟くのだった。
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