五
外は薄暗くて、台所から水音が聞こえてくる。おなかにはタオルケットがかけてあった。起き上がり、ソファーの背にタオルケットをひっかけると、その音で気づいたのか母さんが背中を向けたまま言ってきた。
「起きたの。ちょっとお使い頼まれて。買うの忘れちゃって。絹ごし二丁」
「いつものとこでいいの?」
「うん、ありがと。おつりはお小遣いにしていいわよ」と言うけれど、渡された金額はほぼぴったりで、ジュース代にもならない程度にしかおつりがでないのは分かっている。
日が沈んでもまだ暑い。空気は昼間のままで、建物や道路が熱をはきだしている。西の空は赤から濃い紫で、明日も暑くなりそうだった。
店先の豆腐は日が沈みきった空気の中で、それ自体が光っているようで、水が流れているせいか周囲より涼しい。おばさんはいつもにこにこしていて、手の上で器用に豆腐を切る。それを見るたびに怖くなる。いつか力加減を間違えて、手のひらを切ってしまわないだろうか。そちらを見ないようにして注文した。
「お使いごくろうさん。いつもえらいね」
持っていった容器に豆腐をすべりこませて、ぬれたおつりと一緒にわたしてくれながらお愛想を言う。
「うちの子なんか遊んでばかりでお手伝いしないんだから」
「今日会ったよ。川で魚とりしてた」
「あら、そうだったの。宿題もしないであの子は」
そこへほかの客が来たので挨拶をして店を出た。その時、「お母さん、元気」と聞いてきた。
意味が分からなかったのであいまいに返事をしておいた。くわしくは知らないけれど、豆腐屋のおばさんは母さんとは幼馴染らしい。でも、最近病気とか怪我なんかしていないのに変なことを聞くと思った。大人の決まり文句なのだろう。
帰り道のいつもの電柱にはいつもの野良猫がいて、通りがかる人の持つ袋がすれ合う音にいちいち耳を向けている。餌をやっている人がいるに違いない。足元にはだれかが投げてやったのか、揚げ物らしいかけらが落ちている。
「ただいま」
「ありがと、そこに置いといて」
煮物の香りがする。台所のテーブルに豆腐を置くと部屋に行った。窓が閉まっているせいか、外より暑く感じたので網戸にした。
すぐそばの物置から雨樋にかけてまたクモの巣が張られている。払っても払ってもすぐ新しいのができあがる。部屋からの灯りのせいで虫が集まっていい餌場になっているのだろうか。
宿題の日記をつけ終わった頃に夕食ができた。父さんは遅くなるとかで、ふたりで食べた。魚の骨をきれいにはずせたのでいい気分だった。
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