六
翌日、クモの巣はなくなっていた。
物置の錠は壊れていて、代わりに南京錠がはめてある。さわると手に錆がつくそれを開けて、きしむ扉を開けた。樹脂や油のまざったような変にこもった臭いがする。
今日は朝から湿った重い風が吹いているが、雨にはなりそうになく不快なだけだった。
自転車の錆を取りたいのだが、しみのついた段ボール箱をいくらかき回しても、以前使って片づけたはずのスプレー缶は見当たらなかった。そんなに奥に片づけたはずはない。手前のほうの箱に入れたはずだが、赤ちゃんのおもちゃやあまり使わなくなったサッカーやソフトボールの道具がでてきた。
「なにしてんの」
洗濯物を干しながら母さんが聞いてきた。
「自転車の錆取りしようと思って。スプレーないよ」
「よく探したの」
「探したけど。手前の箱に入れといたはずなのに」
「また始まった。そういうところは父さんそっくり。しておいたはずっていう言い方」
「うるさいよ」
「まあ、ゆっくり探しなさい。でも後片付けちゃんとね」
母さんの声のなかのからかうような調子が面白くない。汗をかいた腕や足にほこりがつくのも面白くない。
結局、スプレーは箱の中ではなく、奥の棚の植木鉢の後ろに隠れていた。使ってみるとほとんど空で、三、四回噴いたら出なくなった。
それで自転車の錆取りはあきらめたが、外に出した箱などを片付けないといけない。片付けついでになにか面白いものがないか探すことにした。
棚の下に、キャンプやバーベキューをするときの組み立て式のテーブルが立てかけてあった。最近そんな事はしていない。前にいつしたかすぐ思い出せないくらいだ。これを机の横においたらどうだろう。いまの机は狭すぎる。なにかをするためにはすでに置いてある別のなにかを片付けないといけない。床におろしておくと怒られるので、これに乗せておくといいかもしれない。
そう思って外に出して組み立ててみると、それほど錆びてもいないし傷んでもいない。ほこりを掃除したら部屋に上げてもよさそうだ。さっそく、自転車掃除のためにもってきたぼろ布で拭き取った。
外に出した箱を物置に放りこんでから、テーブルをいったんばらして部屋に運び込んだ。外だと小さく見えたが、組み立てて机の横にならべてみると結構大きい。これなら邪魔なものをそのまま横に移動して置いておける。それに、脚が細めなので見た目もごちゃごちゃせず、友達が見ても恥ずかしくない。
自分の狙いがあたったので気持ちがいい。辞書やあまり読まない本を積み上げると机の上が空いてすっきりした。
「物置のテーブルもらったよ」
「え、なに」
「ほら、バーベキューのときに使うやつ。ずっと物置に入れっぱなしだったし、部屋で使うから」
「いいけど、なんでも置きっぱなしにしちゃだめだからね」
「しないよ」
それは自信がない。というより、置きっぱなしにするのが目的で使うつもりのテーブルだ。でもそうは言えないし、見た目があまり汚くならないようにしたらいいだろう。
夕方、クモがもう足場の糸を張っていた。何度か見たからこの後どうなるか予想がつく。巣を作っているのは同じクモなのか、別のクモで、巣の作り方がどいつもこいつもみんな同じなのかはわからない。いずれにせよ、目につくようになったら自分か母さんが払ってしまうだろう。
いつか、ここにだれも住まなくなって、払う人がいなくなったらクモの巣はずっと残り、クモが本当に作りたかった形に完成するのだろうか。
それとも、人の灯りがなくなって虫が寄ってこなくなった場所など価値なしになるのだろうか。
クモは、暑さを吸収しながら小さな機械のように細かく動き回っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます