第5話 たにがわ

むかし むかしの ものがたり



山裾(やますそ)の野に

ゴートとトロルが住んでおりました



緑豊かな場所でしたし

互いに数も少なかったので


特に困ることなく

長閑(のどか)に暮らしておりました



トロルは素朴(そぼく)な性質で

性格も大変おおらかでしたので


ゴートが次第に数を増し

草を沢山食む(はむ)ようになっても


さして気に留めることはなく

寧ろ(むしろ)場所を譲る程でした



トロルが谷川へと住まいを移すのに

それ程時間は掛かりませんでした


ゴートがすっかり野を占めたので

住む所がなくなったのです



川だけでは暮らしが厳しいので

トロルたちは橋を架けました


山菜を採って分け合う

素朴な暮らしの中



とうとうトロルは

たった一人になりました



ある朝のことです



せせらぎが心地好く響く中で

トロルが転寝(うたたね)をしていると



橋がかたこと鳴りました



「だれだ!俺の橋をかたこと鳴らす奴は!」



亡くなった両親から受け継いだ大事な橋が

何者かに揺らされています



跳び起きてトロルが橋を見上げると

小さなゴートが山に向かうところでした



「どうしたのだ、お前達の住処はあっちだろう」



トロルが野を指さすと

小さなゴートは答えました



「草が足りなくて」



トロルは答えました



「こちらにも余分はない」



小さなゴートは答えます



「どうか少しだけ

 僕はこんなに小さいのだから」



トロルは少し考えて

それから答えました



「それならとっとと行ってしまえ!」



物言いこそ物騒(ぶっそう)でしたが

元来(がんらい)の優しい性格なのでしょう


トロルはゴートを行かせました




お日様に暖められた川面から上がる

優しい香りが鼻をくすぐるお昼時



トロルが昼寝をしていると

橋ががたごと鳴りました



「だれだ!俺の橋をがたごと鳴らす奴は!」



大事な橋の悲鳴を聞いて

トロルは咄嗟(とっさ)に叫びました



朝のゴートより一回り大きなゴートが

山に向かうところでした



「どうしたのだ、お前達の住処はあっちだろう」



トロルが野を指さすと

そのゴートは答えました



「草が足りなくて」



トロルは答えました



「こちらにも余分はない」



それでもゴートは答えます



「どうか少しだけ

 僕はこんなに小さいのだから」



トロルは少し考えて

それから答えました



「それならとっとと行ってしまえ!」



橋が悲鳴を上げる中

トロルは心配そうに見送りました




山麓が朱色に染まり

間も無く夜を迎えます



星を数えるのは

トロルの楽しみの一つでした



橋の下で

夜の帳(とばり)を待っていると



がたんごとんがたんごとん



橋が悲鳴を上げました



「だれだ!俺の橋をがたんごとん鳴らす奴は!」



トロルは跳ね起きて

それから橋まで上がりました



トロルはそこで

信じられないものを見ました



月明りを背にした

恐ろしく大きなゴートです



それでもトロルは言いました



「どうしたのだ、お前達の住処はあっちだろう」



ゴートは答えました



「野ではもう暮らせない

 我々はその山をもらうぞ」



「身勝手な」



トロルが呟くその間にも

ゴートはどんどん迫ります



がたんごとんがたんごとん



橋は今にも千切れそう



「大事な橋を…!」



とうとうトロルは怒りました






二つの大きな影が中を舞い

山と野の繋がりは失われました



激しい水音がして

水面は大きく揺れました



それも束の間



昨日と変わらずに星は瞬き

谷川は夜空を映すのでした



むかし むかしの ものがたり

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