第4話 だんざい

「奥方が!?」


仕える翁の話を聞き、兎は驚いた。

そして怒りに打ち震えた。


奥方を手に掛けただけでは飽き足らず

そのお体を汁にして食わせるなど言語道断。


必ずや打ち捉え翁の無念を晴らさん。

いかにして狸に報いんか。


兎は翁に忠誠を誓っていた。


我が主への行いを思えば

只殺すだけでは飽き足らぬ。


正義の裁きは火責めに水責め。

手痛い傷も負わせよう。


簡単には死なせまい。

如何に狸を苦しめ抜くか。


唯それだけを考えて

兎は一睡もしなかった。


夜の冷気が残る

静かな夜明け前。


兎は密やかに山へ出かけた。


「蜜柑と換えてくれるのか?俺もやる俺もやる」


図々しい狸め、と兎は思った。

如何にも欲の深そうな顔つきである。


兎はこう考えていた。


悪人は強欲と決まっている。

今の時期なら蜜柑が良かろう。


蜜柑と換えて貰えると嘘をつき

まんまと薪を集めさせた。


そして歩けない振りをして

狸に己を背負わせた。


カチカチ カチカチ


懐に忍ばせた

火打石を打ち鳴らす。


「兎さん、何の音だい?」

「カチカチ鳥さ」


まずは火責め。

兎は薪に火をつけた。


そうしてボウボウ燃え始めるのを見極めると

道の脇の木の枝へと飛び移った。


火だるまになった狸が

山道を転がって行った。


その先の岩場には

明け方仕込んだ味噌がある。


兎は急いだ。


火傷の薬と偽って

辛子味噌を塗りつける算段である。


全て計画通りであった。



「兎さん、ひどいじゃないか。どうして火をつけたんだい」


非道なのはお前だ、狸め。

我が主への仕打ちを忘れたか。


「薪山の兎は薪山の兎、味噌山の兎は味噌山の兎」


人違いだと兎は答えた。


そして薬だと嘘をつき

まんまと狸を騙してみせた。


悪人には相応の報いが与えられるのだ。


自らの正義を疑わず

辛子味噌を傷口へと塗り込む兎。


狸の苦しみを見届けると

再び姿をくらました。


「天は私に味方している。私に正義があるからだ」


苦も無く川辺に到着すると

今朝がた倒した杉の木を削り始めた。


用意周到。

狸には土舟を用意してある。


そうしていると、ふらふらと狸がやってきた。

傷で体がむくんでいる。


こんなものでは済まさない。

兎はそう思っていた。


この欲深な狸めに天誅を。


最初は火責め。

最後は水責め。


この川を最後の刑場に。

兎はそう決めていた。


そうしてまた別人を装って

狸に土舟を勧めると


自分は木舟を漕ぎ出した。


狸は傷だらけの体で

熱心に魚を獲っている。


あんな体でも

やはり欲深だ。


冷たい瞳で

兎は狸を眺めていた。


そうして土舟が崩れ出すと

丈夫な木舟をわざとぶつけた。


予定通りに

狸は水に落ちる。


「助けてくれ」


狸が必死に叫んだ。


「分かった。これに掴まれ」


自分でも驚くほど冷静に

兎は狸に声を掛けた。


天誅。


兎は櫂を振りかぶると

狸の頭へ打ち付けた。


裁きをやり遂げた兎は

主への報告に向かった。


その顔は

どこか誇らし気であった。




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