第3話 あくにん

いつものよう昼寝をしていると

うんしょうんしょと声がして

誰かが山を登ってきました。


そうして切り株に荷を下ろすと

うんせうんせと土を耕し始めました。


「なんだいうるさいなあ」


狸が寝ぼけ眼をこすってみると

腰の曲がった人間です。


一生懸命道具をふるって

土を起こしているようでした。


「ふうん、かわったことをするやつだなあ」


他にすることも

話をする相手もないので暫く眺めていると

そのうち日が傾いて

年寄りは帰って行きました。


狸も塒に帰り

ぐうすか夜明けを待ちました。


その年寄りは

あくる日もやって来ました。


始めのうちは

物珍しさで眺めていた狸ですが

毎日同じことの繰り返し。


何をしたいのかも分からないので

狸は次第に飽きて来ました。


「よし、ちょっとからかってやろう」


狸は切り株にちょこんと腰かけると

こんな歌を歌いました。


じじいのみぎくわでんぐりぽ

じじいのひだりくわでんぐりぽ


始めのうちは聞き流していたお年寄りですが

とうとう頭にきたのでしょう。


鍬を振り上げて

狸を追いかけ始めました。


しかし腰が曲がっているので

思うように走れません。


狸はそれも面白がって


「じじいがよろよろひっくりかえる」


なんて歌い上げながら、山の中へ逃げて行きました。


こんなに心が躍ったのは久しぶりです。


塒に帰った狸は

満足そうに眠りに就きました。


「今日も来てるな」


お年寄りが土を起こし始めると

狸が歌を歌います。


お年寄りが狸を追えば

またからかって塒に逃げます。


お年寄りをからかうのは

狸の日課になりました。


ひとりぼっちで

退屈だった狸の生活は


お年寄りが来てから

すっかり変わったようでした。


それから数日経った

ある日のこと。


いつものように

狸が歌を歌っても

お年寄りは知らん顔。


「どうして今日は怒らないんだろう」


狸はだんだん心配になって

一層ひどい歌を歌いました。


ついにお年寄りが振り向きました。


「ようし逃げるぞ…あれっ!?」


逃げようとした狸は

切り株にくっついてしまって動けません。


切り株には、トリモチ(※)が塗られていたのでした。

(※鳥や昆虫を捕まえるのに使う粘着性の物質)


捕まった狸は縛られて

お年寄りの家に連れていかれました。


「狸汁だって!?いやだ、死にたくない!!」


お年寄り夫婦の話を聞いた狸は

何とか逃げ出せないかと必死に考えました。


そうして

お爺さんが山に戻って行くのを見届けた狸は


人のよさそうなお婆さんに

粉突きを手伝ってやると言って縄を解かせ


粉を突く代わりに


狸を信じたお婆さんを

粉突き棒で突いて殺し


意趣返しとばかりに

婆汁をこさえ


お婆さんの皮をかぶって

お爺さんの帰りを待ちました。


まんまとお爺さんを騙し

山へ逃げ帰った狸はこう思いました。


「ああ助かった」

「これでもう、俺を捕まえようなんて思わないだろう」


すっかり安心した狸は

ぐっすりと眠りました。


翌日。


何か食べるものはないかと

狸は山を探っていました。


いきなり兎に会いました。


ここらでは

見かけない顔です。


兎は歌を歌っていました。

「薪が三つ 蜜柑が三つ とっかえこっかえ とっかかえ」


他の獣に会うのは久しぶりです。

それに蜜柑は大好物。

嬉しくなった狸は、兎に声を掛けました。


兎の話によると

薪を集めて持っていくと

蜜柑と換えて貰えるそうです。


これは良いことを聞いたと意気軒昂。

狸は兎と一緒になって

沢山薪を集めました。


薪は十分集まって

狸は嬉しくてたまりません。


先陣切って山を下りると

いきなり兎が言いました。


「もう疲れて歩けない」


狸は困りました。

何処に行けば蜜柑がもらえるのか

兎が居ないと分からないからです。


「それじゃあ俺が負ぶってやるよ」


もともと気のいい狸は

蜜柑欲しさもあって

沢山の薪を背負った上に

兎を乗せて歩き出しました。


カチカチ カチカチ


「一体何の音だい」


聞き慣れない音が気になって

狸は兎に尋ねました。


「カチカチ鳥さ」

と兎は答えました。


それを聞いて

狸は安心しました。


暫くすると


ボウボウ ボウボウ


「一体何の音だい」


妙な音が気になって

狸は兎に尋ねました。


「ボウボウ鳥さ」

と兎は答えました。


それを聞いて

狸は安心しました。


しかし妙に暑いので振り返ると

背負った薪が燃えています。


慌てて転がり火を消しましたが

狸は全身大やけどです。


兎の姿は

もうありませんでした。


「ひどいじゃないか。どうして火をつけたんだい」


兎の姿を見付けて、狸は声を掛けました。

が、人違いだと言われて、素直にそれを信じました。


兎は薬を作っているのだと言いました。

「これから町へ売りに行くんだ」


大やけどをしている狸は

分けて貰えないかと頼みました。


兎は快諾し

背中に塗ってくれました。


妙に滲みる薬です。

溜まらず狸は尋ねました。


「これ本当に薬かい」


狸が振り返ると

もう兎の姿はありませんでした。


薬はからし味噌でした。


狸は泣きながら水辺へ行き

一人で体を洗いました。


兎を見付けた狸は言いました。

「ひどいじゃないか。どうしてだましたんだい」


しかしまた人違いと言われ

狸はそれを信じました。


兎は魚を獲るのだといって

杉を削って船を造っていました。


ひどい目にあったばかりですが

折角見つけた山の仲間。


それに随分面白そうです。


一緒に遊びたい狸は

仲間に入れて貰えないかと頼みました。


「それなら、あっちの土舟を使いなよ」

と兎は答えました。


そうして二匹は河へ漕ぎだし

暫く一緒に遊びました。


狸は楽しい気持ちでいましたが

土の船は次第に崩れていきました。


そこに木舟がぶつかりました。


土舟はあっという間に壊れ

狸は川へ落ちました。


「助けてくれ」

狸は必死に叫びました。


「これに捕まれ」

兎は櫂(※)を差し出しました。

(※水の抵抗を利用して舟を進めるための棒状の道具)


狸がそれに捕まろうとすると

いきなりその櫂で脳天を打たれました。


「なんで」


訳の分からないまま

次第に意識は遠のき


狸は沈んで行きました。


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