06-1/2 傷心

 バイトの片づけが終わり、唯心、高無、桐原はオーナーの民宿食堂で賄いの夕食を食していた。


 朝と晩は民宿二階の畳の古けた宴会場のようなスペースで賄いを頂いている。

 お食事処に改造したような場所、ここからは三人が働く海の家その奥の緩やかな波や砂浜が一望できる。


 このスペースに他のリゾートバイトで働いている仲間もいれば、観光客の方々もここで食事を取る。

 そのため、バイトで訪れた者はお客様の目障りにならないように、できるだけ端の方で食事を頂いていた。


 ちなみち、今日の晩飯はカレーライスに大きいエビフライ。

 バイトなんかにこんな豪勢な海鮮物を出すというのは、オーナーなりの心遣いと愛、多少口ベタな店長だがそれなりに待遇も心もこの大海原のように寛大で広い。


「ふたりとも、バイト最終日までいるんか?」

 と、聞いたのは高無だ。


 彼はカレーライスのルーをエビフライに練り込ませて味付けする。


「俺は、そのつもりだけど。金欲しいし」

 と、唯心。


「私も……というか行く場所無いし――」

 と、答えたのは桐原。


 桐原はどうやら、目の前のカレーライスを物珍しいそうに観察していた。

 それとは別に出る手が止まらない高無。


 口に運んだエビフライをモグモグと咀嚼しながら、話を続ける。


「あのな、バイト最終日に海辺で花火大会があるんや。

 俺はこれが見たくて今年はココでアルバイトしよう決めてたんや。

 別に有名じゃない花火大会やけど、俺な、小さい頃に連れてきてもらったんや」


 そういえばと、この民宿にもこの鮮やかな大輪が並ぶ大型ポスターがいくつもあったなと、唯心は思い出す。


『も』を付けたのはこの民宿だけでなく、このリゾート中のあちらこちらに目が付くほどにポスターは見受けられた、からだ。


 日時は、お盆の最後の日、高校甲子園の優勝が決まるだろう日程――それはリゾートバイトの期間の最終日の予定だ。


「――お、お祭りですか!?」

 と、少し嬉しそうな声を出したのは桐原だ。


 その目は、子供がお菓子を欲しがる時のように輝いていた。


「……あそこにもポスターあるぞ?」

 唯心は、スプーンを置いて、壁に貼り付けられたポスターを指さす。


「うわー! こんな大きい花火が本当にあがるんですね?」

「桐原さんって、あまり花火見た事はないのか?」

「あまりというか、私が住んでた街じゃこんな花火大会なんてなかったから、一度も見たことないです!」


 そりゃ驚きだと、目にモノ見せられた唯心と高無二人が目を合わせる。

 この年齢で花火大会が初めての人間が信じられない。


「そ、それやったら、決まりや!

 俺がお二人さんをとっておきのスポットに招待しちょる!

 うちの父ちゃんしか知らないとっておきのスポットや」


 そういうと、高無は周りを気にしてから、二人にちょい近づけと言わんばかりにテーブルの中央に顔を寄せて、手招きする。


 二人がそれに気が付くと、三人で輪になるようにひそひそ話を始める。


「あのな…みんなには秘密やで?

 大体の観光客は、あの神社の境内であの花火を見ようするんじゃがな? だが実は…………」

 と、高無は二人にだけ聞こえる声のトーンで、あるワードを言った。


「っておい、ここで本当に見れるのか?」

「任せとけ? 既に今回の確認済みや!!」

「わ……私も行ってみたいです」

「そうだろ? 本当に眺めがいいんだからな!」


 興奮する二人を収まらず、その横で胸騒ぎを抑えているのは唯心だけだった。



 夕食時が過ぎると、段々観光客もバイトたちも斑になってくる。

「ご……ごめん。私、もう眠いから先に寝てるね」

 三人が食事を終えてからしばらくして、桐原が先に裏にある寮へと戻った。


 観光客が少なくなったことを良いことに、唯心は海を眺めの良い奥側の座敷へと移動した。

 そこからは街頭やいろんな光が反射して海の家は確認できる。だが、真っ暗闇に溶けた海までは確認ができない。

 

 そこへ、長く腰を上げていた高無が戻ってくる。

 ドコへ行ったのやら、その片手にはパッケージ詰めされたかき氷アイスが二つ挟まっていた。

「今日も仰山働いたな!」

 そのアイスの一方を唯心へと渡した。


 彼がアイスを三本買わなかったあたり、桐原がいないことを彼はドコかで察した……というのを、どことなく唯心は感じていた。

 だから、

「なにか俺に用なのか?」

 そんな突拍子もなく、高無に質問をした。

「ん……まあ、そーやな。こういうの聞くのは退けんかと思うけど、カガミはどうしてここでアルバイトしてるんや?」

「え?あ、まあ……」

 そういや……と理由がドコカヘ見失っていた。

「あぁ、旅行中に金が……」

「そういう事じゃない。

 アンタ、まだ、高校生やろ? 俺も元高校生やったけど、カガミは俺みたいに旅行好きって訳じゃないやろ」


 そこでなんとなく、ポツンと本当の目的を思い出す。

 だが、今となっては色々と胡散した結果、どうでもいいとまではいかないが、自身の気を収めた……とも言えるかもしれない。


 でも、それをどう言うべきなのかは別の話。

 一緒に行きたかった人間が亡くなったから一人で旅に出た……なんて相手の気を損ないかねない。


「……まぁ、ホントは一緒に行きたい人がいたんだよ。だけど、急に行けなくなったから。だから、一人でこんなバカみたいな旅をしてたんだ」


 嘘でもなく、わかりやすいワードで、誤魔化すが、


「そうか……失恋とかか?」

「ん、まぁそうでもないが……んなトコロだ」


 断られた=失恋という過去が皮肉にも胸を抉り始める。


「まぁ、元気だしけん? オレもフラれたときはめっちゃ落ち込んだで」


 そう言ってしばらくすると、高無は一人でに語り始めた。

 おそらく、リゾート地特有の感傷の雰囲気に呑まれたのかもしれない。


「オレなぁ、こう見えてめっちゃ頭がよかったけん。

 高校に行っても普通に優等生やって、部活動は柔道部主将。

 体つきだけはよく、当てはまるって言われてなぁ。


 だけど、弟がいた。弟は小っちゃくてよく虐められてたんやわ。

 それに頭が悪くてのぅ? 親にはいつも成績の事で贔屓されてた。

 でも、その弟のことが俺は大好きだったんだ」

「……ブラコンだったのか?」

 

 唯心は、先ほど一本取られて、気に障っていた。

 当然、鈍ったように高無が顔を歪ませるが、


「ん……ちょっと違うけどな。なんせ、兄弟や。同じ血が通っているんや。

 ある日、親の行動が許せなかった。

 クリスマスのときか? 弟の成績が悪いのが気に食わんとて、夕食の外食に彼を置いてきたんや。


 オレは、両親を許さなかった。

 成績で人間を決めるなら、お前らは俺の操り人形じゃないって飛び出してきたんや。


 社会がどうしても人の強弱で人を見る。

 でも、どうして、親までも子供にこうできるんやろか?

 弟だって、勉強が嫌いなワケじゃない。

 ただ、どうしても生まれつき文字が読めない子供だっているんや。

 オレも気になって、何度も教えてやったんや。


 でも、できない子は沢山おる。本当は社会ってのがそういう子供にとって、優しくなるのはいつなんやろか?」


 彼の言い分をいきなり聞かせれて困惑する一方、それには思い当たる節が唯心にはあった。

 思えば、自身もこういう境遇であったと言えるかもしれない。


 だが、多重人格に任せ自身が意思とは関係ないにせよ、誰かを悲しまる結果になった唯心と比べて、彼の訴える行動はとても勇気ある行動に見られた。


 だが、彼はそれで全て上手くいっていないということは否めないようだった。


「俺も分かる。

 だけど、俺はこういう運命と戦う勇気はないな。

 お前、すげえ奴だな、両親と戦って――」

「――凄くない!!」

「……え?」

「いやぁ、何でもない。――すまんな。なんか、気分壊さないでくれや。カガミのこと見てるとどうしても弟のこと思い出すけん」


 それは、どういうことだろう……と、唯心は考えたが、

「お、俺、男はちょっと……」 


「……お前とはもう喋らん!」

「おいおい……冗談だ。まあ、でも――俺も妹がいた。

 本当に――めっちゃ好きだった」

 それはもう、結婚したいぐらいに彼女を愛していたとは言えない。


「そうやろ? やっぱり、可愛いもんなんや!!」

「でも、なんもできんかったからな……」

 

 思わず、彼女のことを思い出し、口から言葉が漏れた


「……何がや?」

「え、ああ、そうだな……。

 俺は……、他人にあたるばかりで、妹を幸せにしようって考えなかった。

 だけど、お前は弟にこれだけのことができたんだ。

 勉強を教えて、両親にも他人を傷つけることなく、訴えて戦ったんだ。――それは誇っていいことじゃないか?」


 そう語る途中、場が悪く感じ唯心は、顔を窓外ばかり向けていた。

 その隣、ポカン顔で理解してるのか、わからん顔で高無は自身の頬を掻いた。


「……よう判らないが、ありがとうな」


 その後、しばらく青春に耽るように長らく二人で真っ暗の闇を眺めていた。



 唯心は、考える。


 ――あの時、どうすればハルを救うことができたのであろうか?

 人間の運命? 宿命?

 そういう箱舟に乗っかって生きているのであれば、その船から降りることは自殺に等しい行動かも知れない。

 しかし、高無は違った。弟を助けるために行動をしたんだ。


 それに、どうだったであろうが人を殺すことは正当化できない。

 さらに言えば、ハルの病気の原因を知った次の日に、彼女は亡くなった。


 そのどれもが、どんなに頑張っても彼女を幸せにできないと嘘をつき続けて、正当化しているだけの自分の屁理屈としか言えない。


 それよりも、ハルにとっての人生は本当に幸せだったか、それが心配りだった。


 そして、いずれ終わりの来る未来の先に、そうやってハルのことを考えることのできる回数がどれほど残されているのか、応えのない答えを求め続けた。

 


 ただ平然とバイトでの日々を謳歌していた唯心だったが、そんな楽しい時間がずっと続けばいいと考えていただけに、この日の彼らの行いは見るに叱る行いだった。


 それは唯心と高無が語り合った後日――バイト終わり、下宿先へと戻る途中。


 夕日が空色を藍色に変えていく早番と遅番のバイトたちが民宿へ戻り各々昼食を取っている間際、仕事に精を出す輩が一人。


 遅番だった唯心は、みんなより遅くまで残り今日訪れた客の忘れ物や、片づけ忘れや悪戯がないかを片っ端からチェックして回る。

 もう遅番の最後の一人が帰ってからも唯心は潮風の席を確認していた。


 さすがに自身の几帳面の性格を他人に押し付けようという真似は唯心にはできない。

 藍色の空を見ている客がちやほや伺える。

 そのチェックを終えた帰り、砂浜からは連なる海の家が海原の漁船のように見えた。


 思わず、唯心は波音に耳を任せ、潮風に打たれて今を感じていた。

 時を感じつつ、近い未来に自身が行うべき行動を考えていたが、

「――わ、ワタクシめとぉぉ!」


 奇怪な甲高い男性の声――海の家『潮風』の裏側からだ。


 何かの事件が起きたのかもしれない。

 至急、感傷に浸る背中に鞭を打ち、唯心は裏側へと急いだ。


 半身、青年たちがこそこそ悪戯でもしているのだろうと思っていたが、裏へ差しあたった瞬間に自然と足を止めた。

 そして、彼らにバレないように、海の家の側面にへばり付き、身を隠す。


 そこに立っていたのは、桐原と高無。


 高無は、いつものフランクなお喋り口調ではなく、おどおどした神妙な態度。

 次第に波音に耳に慣れる、唯心のいる場所からも高無が言っていることが鮮明に判ってきた。

 それは高無の愛の告白――だとは思いもしなかった。


「桐原さん、アンタの事初めて見たときから、この世に桐原さん以外の女性が見れそうにないって思いました!

 もし考えてる人がいなければ、オレと交際してみませんか?」


 翻訳するとそんなことを、高無は心のうちを述べていた。

 それに対して桐原は慌てふためき……あきらかに戸惑い、困憊していた。


「え…? ちょっと待って、わ、私、こういうのよく分からなくて……」


 そんな桐原の態度をみた高無は、

「え?あ…………? そ、そうなんですか? お、オレもよう分からん」

「え…ちょっと……サヨウナラ――」

 と、突然堤防の方へ一目散へ逃げる桐原。


 ここで忍者のように見張っていた唯心には目に触れず。


 一蹴、片足だけ彼女を追うために浮かせたが、高無はそのまま停止状態。

 次第にあまりのショックに耐えうるため、両手で頭を抑えて、

「オウ! マイ ガぁぁぁぁぁぁ!!」

 とか、叫んでいる高無とその横すぐ近くで見るに堪えない唯心。


 咄嗟に息を止めて姿を気配を殺した。

 ここまでの修羅場の見学は……初めてだった。


 確かに無理やりハルにキスを求めた事があった。

 その時の黒歴史が鮮明に浮かんで、なぜか唯心は恥ずかしさに頬を染めた。


 高無もおそらく同じ思いをしているのかもしれない。

 このトレイのような物陰からは、蒼ざめてく高無の顔は確認できない。

 彼をフォローすべきなのか、ほっといてやるべきなのか――しゃがんで唯心は考えていると、いつの間にか目前に大きな人影が忍び寄る。


 高無の顔はまるで――ムンクの叫びのように顎が滴る。

「みてたんだろ…?」


 唯心の脳裏が白紙になる。

 そんな人生に終止符をうちそうな彼に語る言葉は当に見つからない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る