05-2/2 桐原と高無

 夕日が沈みそうな中、二人は森を抜けて(簡単に抜けれる場所があった)コンクリートの道程をリゾートバイト先まで歩き始める。


 二人は居場所を変えて話し始めた。


「先ほどはすみません……」

「いいや、大丈夫だから」


 それよりか、唯心はそのことをその少女に言い返したいぐらいだ。


「よければ、その間違えたお詫びも兼ねて、なにかさせてくれませんか?」


 という彼女の格好は手ブラだし……。


「まず、こんな格好で……荷物とかどうしたんですか?」

 と尋ねると、少女は「ぁ…」と小さな声を漏らす。両手で頭を抑え込んだ。


「私、荷物全部無くしちゃったんでした」


 BGMが流れるのであれば、ガーーーーン!!という効果音が今頃流れているに違いない。


「え……」

 そのあまりの悲劇に小さく嘆息する。


 それだけでもなく、彼女はフラフラして今にも倒れそう、唯心はショックだけでなく少女の体力が限界なのかもしれない。

 そして、現状そのままでは埒があかない。


「……とにかく、警察に」

「それはダメ!」

 その反応だけは脊髄反射のように早い。


 少女の服装はパジャマ――その恰好で脱走とは一つの例案しか浮かばなかいが。


「とりあえず、大きな病気で、ドコか病院から抜け出してきたとかではないよな?」

「あ――、病気は平気ですから」

「……本当かよ」


 果たして真偽のうちはわからない。

 さきほど見させられた胸の傷といい、唯心は怪訝な目を向けるしかない。


 さすがに病院が嫌いで逃げ出してきたのであれば、引きずってでも警察に届ける必要がある。


「なら、なにから逃げている? 親から逃げてきた、家出的な感じか?」


 という質問には、彼女の肩がウソ発見器のセンサーのようにピクッと持ち上がる。

 おそらく、ダウトだろう……と、唯心は勝手に思い込む。


 黙りこくる姿も何やらハルに似ていいる。少しだけハルがいたときの感覚に下手な胸騒ぎを起こす。


「もうこの歳なんだから、親を心配させる真似するなよ……」


 それに対して、彼女はワケもなく立腹した。


「そういう、あなたはなんなんですか!?」

 で、思い出す節は唯心はたくさんある。


 一応親である恭二にここ何日か連絡をしていない。

 そして、そろそろあの教会を旅立ってから一か月を向かえることになる。


 世間では、これを親不孝者と言わず、観光で済まされるのであろうか考えたが、

「観光とリゾバだ」

 と、小さい声で唯心は答えてしまう。


「……さっきの間は?」


 意外と敏感な感性の奴だな。


「――人生にはツッコんで良い事と、ダメなことがあるんだ」



 大海原から風が吹き渡る。


「――ヘクシュ……」

 少女は小さくクシャミをした。


 それもそのはずで、夏だと言っても、夕方にもなると少し冷えてくる。

 もう、こんな話をしているうちに、陽も暮れかけていた。


 こんなところで、風邪でも引かせてしまったら、気が引ける。

 仕方がなく、唯心は偶然持ってきていた大事なモノを少女へと貸すことにする。


「こ、これは何ですか?」


 唯心は少女の襟元へとスカーフを巻いた。

 何ですか……とか、見ての通り赤と青のスカーフとしか言いようがないが、

 

「大事なモノだから、あとで返してくれよ」

 

 

 唯心は、この家出少女に手を貸すべきか、そうでないべきかを考えた。

 そう、少女の名前を呼ぼうと思ったとき、自身が彼女の名前を未だに聞いていないことを思い出す。


「名前……何て言うんだ?」

「わ、私は…………夏樹、桐原夏樹です」



 この日、リゾート地は完全に日は暮れてしまっていた。


「じゃあ、俺は下宿に帰るから」

 そう手を振って唯心は寝るだけの下宿アパートの方向へ足を進めた

「え……、あ、ちょっと」


 その手が唯心のシャツの裾を掴んだ。


「ん……どうした?」

 そのときには唯心には既に嫌な予感があった。


「お願いです!! 一晩、一晩だけでいいですからいいですから私を匿ってくれませんか?」


 あまりに想像が的中したところで、唯心は不快な目を解くワケにはいかない。


「……あんた、親がいるんだろ? 絶対に心配するから。帰った方が――」


「――な、なんでもするから! ね?ねえってば!」

「――うわ、ヤメロ!」


 そう、聖書の売春婦のように、桐原が縋りよる。

 その膨らみが唯心を誘惑する。


「――わ、わかった、わかったから」

 

 そのまま、結局のところ唯心は事をオーナーに頼みに行く羽目になる。


「おう――、その代わり体調が戻ったらバイトもお願いするよ。

 待遇はみんなと一緒で良いな? 給料もちゃんとだすから。

 カガミ、いろんなことおしえてあげな?」


 とのことで、桐原も同じバイトで働くことになる。

 ……それを覗いていた他のアルバイトたちは、唯心が女を連れてきた、と考え奮起したのは言うまでもない。



 夕食中に、桐原を他の女性バイトに紹介したあと、唯心は一人で民宿の大浴場へと一人で向かった。


「ゴメン……。汗流してくる」


 唯心の言葉に、桐原はツン呑めったが、

「え、ああ……はい」

 そう言って、唯心を見送った。


 こんな時間から何もすることはできず、できることと言えば日払い制なのでその現金を片手に飲み物や少しお高いレストランに入るぐらいなのだが。

 とは言っても、リゾートバイト組は民宿の朝晩の食事券を貰っている。

 よほどのことがなければ今日みたいに外出はしないし、できることは民宿の風呂に入って、寝るぐらいだった。


 大浴場から揚がると、入浴セットを戻すために部屋に帰る途中のことだった。


「あの…」

 桐原はとても悩ましい顔をしていた。


「どこか、部屋をお借りできると聞いたのですが……ドコをお借りできるんでしょうか?」

「ぁ… そういや、そうだったな」


 心の中で唯心は、さっき食事のときに紹介した女の子たちが教えているもんだと勘違いしていた。


 おんぼろ黄ばんだコンクリートの下宿寮、それは元々こことは違う高級ホテルの下宿アパートだった。


 桐原と共にオーナーの民宿の裏にあるアパートへ向かった。

 幾つかの民宿を経営するグループがココを買い付けて管理をしている。

 二階建てで、一階は年中いる民宿の中居さんの部屋として、二階には唯心たちリゾートバイト組の部屋がある。

 

 二人は空いてそうな部屋を探し求めて、各部屋をノックして回る。

 ……が、どこも、ぎゅうぎゅう満タンだった。


 女性部屋はそもそも一つしかなく、しかも四畳半ほどの部屋に三人……さすがにもう一人頼める状況じゃない。


「……スマン、他当たるよ」


 終いにはアパートで知らない女(バイトではおそらくない)を招き入れていた同じ海の家『潮風』を経営している仲間に、

「お前らも付き合ってるんだから……二人で住めよ」

 と、言われる始末だ。


「「付き合ってないわ!!」」

 と同時に叫ぶときには部屋は閉められていた。


 桐原は無理にバイトとして雇って頂けたようなもん。

 それ以上、オーナーに頼むのも気が引ける。


 そのとき、唯心にはそれしか選択肢が残っていなかった。


「……俺と同じ部屋でも良いか?」


 桐原は嫌がりもせず、それを受け入れた。

 が、やはり気まずいことには変わりがなかった。


 そして、ある事を忘れかけていた唯心は、ふとそのカケラを拾い上げた。

 どうしても、亡き妹を鏡にでも映したように酷似する桐原。


 もし、ハルが生きていれば……そして、ともにこの道を越えたとき、この気が収まった空間でなにを語るだろうか?

 それに、だらしない彼女の事だから見てあげれる点は沢山あると思う。


 しかし、桐原はハルとは違って、几帳面の性格に見える。

 唯心もどちらかと言えば、不衛生だった恭二に反発して几帳面に育ってきた。

 だから、同じ境遇な桐原の妹も、同じじゃないか……と、唯心は思っていた。


「……妹は…だらしない性格だったんだろ?」

「――え?」


 狭い部屋に置かれた鏡越し、黒く髪を櫛で梳いたまま桐原は振り返る。


「いや――、嫌な質問だったらゴメン。……ただ、周りの人間がだらしないと、それと逆に几帳面な人間ができあがると思って」

「そうですね、妹はだらしない性格でしたよ」

 その桐原の顔が綻ぶ。 

 

 桐原は変なところで共通点が多いと唯心は思う。

 妹を亡くし、傷ついていると思ったら、几帳面でもあり妹はだらしがない。

 それが単なる偶然としては、でき過ぎているとも考えてはいた。



 早番だった唯心はその日、桐原よりも早くに起きて、観光客よりも前に準備を始めた。

 民宿から身体半ほどある鉄板を海の家『潮風』に運ぶ――最中だった。


「おう、オレに手伝わせてくれ!」

 声を掛けてきたのは唯心と同じ潮風でバイトをする高無 雄太という名前の男。


「おう、えぇと、名前なんて言ったっけ?」


 高無は手伝うと言いながら、同じバイトの名前さえわからないのかと、唯心は遺憾に思うが口にはしない。


 背が恭二よりもデカく、日焼けした薄黒い肌は彼がこのバイト員であることを誇張しているようだった。

 でも、その目はツンばっていて、歳は取っていない――と思われる。

 おそらく、自身と同じ歳か、一つ二つ上かと唯心は考えた。


「あぁ、俺は……鏡 唯心(かがみ いしん)」


 高無は、唯心が運ぶ鉄板を、カバンを持つように軽々しく持ち上げる。


「鏡って言うのか? 偉い変わった名前じゃの? オレは――」

「高無さん」

「おう!! 覚えてくれたんやな? って言っても同じ場所、同じ屋台の下で働いてるさかい、初めましてじゃないのに面白いな。

 お前はリゾートバイト楽しいか?」

 ってかオマエが、俺の名を忘れてたんだろ、とツッコもうとして唯心はやめた。


 それ以前に彼が何故ここにいるか、謎の部分が多い。

 今日の早番の当番は彼ではない。


「……って、なんでこんな早くに。俺と原さんが当番なのにどうしたんですか?」

 ちなみに原さんとは、昨日、見知らぬ女を連れ込んでいたバイト仲間。 


「あ……そうやな。いきなり、こぅ話しかけられて、お前困るわな」

「いや、そうじゃないけど――」

「――いやいやいや、確かにそうやったわ。

 まぁ、こんなところで話すのも気が滅入るで。

 はよう運んで、支度終わらせようや!?」


 高無はその怪力を見せつけるように鉄板を運び、土台の上にそれを置いた。


 朝のうちに一日分の野菜は切り刻み、キレイなバケツの中に入れておく。

 肉は、焼く直前に捌くため、クーラーボックスの中に入っている。


 高無はデカい図体のわりには、その包丁手捌きは手慣れているようだった。

 唯心が切ったのと同じぐらい、切り刻んだ野菜の大きさにバラツキが少ない。


 今日の材料分が捌き終えると、ふたりで海辺にパラソルを立て、テーブルを並べていく。

 軽く準備を終える頃には少なかった観光客も、いつのまにかビニールシートを広げて遊び始めていた。

 陽ざしが眩しい。


「煙草吸うか…?」


 そう、高無は客がいないのを見計らって唯心に白い棒を見せつけた。


「いや、俺未成年だから…」

「おう?そうか? オレもまだやね」


 吸うなよ。


「それで、どうしたんですか? 朝早くまで押しかけて……」

 と、唯心は聞くが、高無は図体に似合わずモジモジしている。


「あのな、昨日めっさ可愛い子を連れてきてたやん? あの子、もしかして、鏡のアレなのか??」


 ああ……と、唯心には彼が聞きたいことに予想がついた。


 アレとは、付き合っているかどうかという事だろうか?

 男女問わず、異性の事でモジモジする理由は、大体一つの事柄と決まっている。


「あぁ、桐原のことか? 強いて言うなら友達かな?」

「桐原、言うんやな? まだ……てかこんな別嬪さんに好意はないんか?」

「……好意も何も、桐原とは知り合ったばかりだし、俺はその気はないぞ」


 唖然としてた高無が、釈然としない意をどうにか震わせている。

 手に添えられた嗜好品がグニャっと曲がったときだ―― 


「おっしゃぁ! ぃゃ、まだまだ……。それで、なんで部屋も相部屋で……」

 

 思わぬ高無の咆哮に唯心は両手で耳を塞ぎ怪訝な目を向けるが、さらに誤解をされていると考えると気が収まらない。


「それは誤解だ! 他の部屋見てわかると思うけど、みんな二人で使っているのに、俺の部屋だけ……」


 そこで気がつく。

 どう理由を述べたところで、それは高無にとって都合がいいイイワケにしかならなそうだ。


「ふ~ん? まぁええわぃ。だけど、狙ってるワケでも、付き合ってるワケでもないのに、厄介なこったなぁ」

「んまあ、――んで、あの子がどうしたんですか?」

 と、唯心ははわざとらしく尋ねる。


 高無が頼みたいことは――大体想像がついていた。


「ええ、ああ――、頼む! 一生のお願いや!! 俺にあの子を紹介してくれ!! 髪も長くてキレイだし、なんで女神がこんな疲れるバイトしてるねん!!」


 こんな疲れるバイトとは失礼な奴だ! こんな条件が良くて、優しいオーナのバイトは他に類がないと不覚にも唯心はムッときた。


 だから、ちょっと高無のこと脅してやろうと考えた。


「オーナーみてるぞ?」

「――ひえぇ!!」

 瞬時に――高無は後ろを振り返り唖然……。


 唯心もなんだと後ろを見ると――、冗談で言ったつもりだったが、本当にオーナーが見ていた。


 砂浜のずっと陸側、堤防代わりに段差が高くなっているあたりで、二人がワイワイと何かを話しているところをずっと眺めていた。


 まさか……と、驚愕。

 が、おそらく、この距離では観光客の騒ぎ声で二人の声は届かないはずだ。


 唯心が手を振ると、嬉しそうにニカカと歯を見せて、オーナーも手を振り返す。

 たぶん様子を確認しつつ、二人に気づいて欲しかったのだろう。


 そのまま、民宿のあるほうへ帰っていく。


 高無は呆然としていた。唯心は一度空を仰ぐ。

 額に変な汗が流れ出すが、


「それは、良いけど……それなら、民宿の夕食のときにでも紹介しようか?」

「おぉ! お前は神か? ま、そのときは頼むわー」



 ちょうどその時、遅番の女の子たちがこちらへぞろぞろと集まり、支度をし始めた。

その中に桐原の姿もあった。長髪をシュシュで纏め、涼しそうなシャツに、俺が貸したジャージを着ていた。


「おはようございます、カガミさん」

「あぁ、桐原。あのさ――」


 客が増えないうちに早めに高無を紹介すべきだと考え――他の女の子と喋っていた桐原に声を掛けた。


「俺の先輩で、ここでバイトしてる高無さん。

 昨日夕方は女の子ばっかりでコッチ挨拶しなかったろ?」

「え……あぁ、そうでした。申し訳ありません」


 桐原は頭を下げる素振をみせたが、それには恐縮するように高無は手で差し止めた。


「あぁ、いいって、いいって! お前さん女の子にきついなぁ。

 オレ、あ…えっと、高無 雄太いいます。

 高無でも雄太でも呼びやすいほうでいいで? 東京から、観光でリゾバで働いてるんや。

 なにかったら、いろいろ教えるで? ここ、長いさかい。なんでも聞いてや?」

「あ、はい高無さん。未熟者ですが、お願いします」


 思えば、それがキッカケで唯心はこのリゾートバイトで初めて友人と呼べる人間ができた……のかもしれない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る