05-1/2 ハルと似た女性

 五章     旅・偽物



 世間は夏休みシーズン真っ只中、屋台の鉄板の上で潮風の香りにひたすら香ばしい香りが爛れ込む。

 フライ返しでなんどもかき混ぜながら、唯心は蕎麦の風味を吟味をしていた。


 彼がここで、働かせてもらうまでにはいろいろとプロセスがある。

 そこらに落ちていたチラシから良さそうなバイトを咀嚼していると、後ろから肩を叩かれて、そのまま見知らぬオヤジがオーナーを務める海の家『潮風』で毎日焼きそば作りをしている。


 今日で何日目だったか、そんなことさえ覚えていない。



 片親で恭二しかいない唯心は、義妹のハルと変わりばんこに料理を作ってきたため、自身にとって料理は苦にならない仕事だった。

 このリゾートバイトのオーナーがとても心遣いよく、バイト中は優待で3食宿付きという夢のような話。

 正直、バイト賃は平均並みだが、旅行先で宿無し、文無しの俺にとっては有難い話だった。


「……カガミさん、もうバイト変わって良いですよ」

「あ……ああ、サンキュー」

 このバイトは早朝7時からの早番と一時間遅れ遅番と人員が別れる。

 日程によって入れ替わりなのだが誰もが早朝の早起きは進まないらしく、結果として早起きが苦手でない唯心は早番が多くなった。


 陽も沈まないうちにやることが終えてしまうと夕食の時間まで何もすることがない。

 唯心からすれば、所持したバックの中に娯楽もなければ、少ない給料を無暗に使うことも億劫した。


 そんな何かしたいと考えていると、ある妙案が浮かぶ。


 ここの砂浜沿いのずっと先は海岸になっており、さらにずっと先、そこは秘境めいた有名な自殺スポットになっているという。


 それを聞いたときは、正直気色悪いともなんとも思わなかったが、なしからぬ興味が注がれた。

 しかも、そこから見える景色は只ならぬ絶景らしい。

 思えばバイトを始めて一週間ほど、こんな空気も景色も良い観光地に来ているのに、どこにも探検しないのは滑稽だろう。



「おっさん、自転車借りるぞー!!」

 『潮風』を経営している民宿に大声で尋ねると、その中のハゲヅラの大将が片手を上げて手を振る。 

 そんなことで、未だに観光客が騒ぎ立てる海辺を横目に唯心は自転車を滑走させた。

 だが、唯心はまったくをもってアホなことをすることになる。




 ただひたすら真っすぐの通路の……はずだった。


 右には木々が立ち憚り、左は木または海岸。

 ――たまに細々と現れる小道を無視して進んだ結果、唯心の目の前にはよくもわからないモダン……と言えば古すぎるコンクリートの巨大な箱のような施設。

 その前には誰を立ち寄れないように金網の柵が敷き詰められている。


 確実に道に迷いこんだ仕舞、知らぬ施設に辿りついた。


「ここはドコだ……?」


 そこは唯心が行きの際にも一度も通ったことのない通路、つまり初めて通る道。


 そして、この建物は……。


 土地価格が沸騰した都内では見ることのないほどの巨体。

 そもそも、海沿いを歩いてきた唯心がこんな目に付く建物を見逃すはずがない。

 それが、なんとも不思議に感じた。


「君は……、何をしているのかね?」

 その声は、施設のずっと奥から響く。


「……誰っすか?」

 周りを見渡す。その建物の柵の向こう側にひょとんとした男がいた。


「ここは私有地のはずだよ? 看板が見えなかったか?」

「え……」


 見えなかったかと言われれば、わからずに入ったのだから答えは決まっている。

「すみません。……見えませんでした」


 男の品定めするような目が唯心へと向く。

 唯心は思わず、彼のことを凝視せざるおえない。――白衣に厳格そうであるが剽軽な科学者そのものの容貌、そしてこの丸眼鏡だ。

 男は、反省の見えない唯心の言葉に対して咎めることがなく尋ねる。


「そうか。――どうせ、道にでも迷ったんだろう? ドコへ行きたいのだ?」


 自身の行いに目を泳がせながらも唯心は素直に言葉を選ぶ。


「ここいらに自殺の名所でもある海岸があるって聞いたのですが……」


「そんなことだとは思ったよ……。

 着いてきなさい。道を教えよう」


 そう男は淡々と言うと、金網と並行し南京錠の掛かった扉へと向かった。

 その乾いた鍵の開く音がする。


「ここからだとこの森を抜けたほうが早い。

 時に君は……能力者なんだね?」

「――は?」


 思いもしなかったワードに、一瞬の戸惑いが生まれた。


「……それをどうして?」

「なに、ココを訪れるのは能力者だけだ。

 詳しく話を聞かせてもらってもいいかな?」


 唯心は男に躊躇う。

 それが、唯心にとって自身の能力を知っている外界の人間と会う初めてな経験だった。


「どれぐらいあなたが能力者に詳しいが存じませんが、俺は元能力者です。

 というかは能力者としては失敗作……と言いましょうか」

 

 男の眉間に皺が寄る。

「そうか……すまないことを聞いた。

 でも、それなら君は逆に運がよかったのかもしれない」


 その言葉につっかかりを感じる。


「それはなぜ?」


 おそらく……という節はある。

 ハルやその元になった姉がそうであるように能力者には悲惨な運命が待っている。――そんな予感はあった。


「能力者は、どんな企業でも重宝されるからね。しかし、この実態は世界にとって秘密裏にされている。

 能力によってはかなりひどい仕打ちを受けている――のは、まぎれもない事実だ。

 でも、彼らは実はある科学者たちが次世代に子孫を残すための第二の人類と呼ばれているのは知っているかね?」


 飛躍した話に唖然とすると、男は話を繋げる。


「戸惑うのも無理がない。

 私もこの科学者たちの一人だった……なんだけどね。つい此間クビになったばかりなんだ。


 話は戻すけど、その中で科学者は人類に子孫を残すために二つの選択肢を用意した。

 一つは、能力者だけによる選ばれた人類の移住計画。

 そして、もうひとつは地球の寿命を延長させるための延命処置とでも言おうか」


「……この後者って『世界の鍵』……とかいう少女のことか?」


 そう思ったのは、以前の恭二との会話……でのことだ。

 彼女の目的――世界の秘密を解明するため、というのが地球の延命に繋がると、唯心は考えた。


「それをドコで聞いた?」


 男の鈍く強い眼光が唯心へと向けられる。


「え……あ、いや……」


 さすがに事実を言う事が恐ろしく感じた。――が

「まあ、いい。このことはあまり周りには話さないことだ」


 彼の後ろを歩くことしばらく、建物の反対側へ来ていた。


「ここの奥へと進めば、君が望むあの海岸に着くよ。

 この時期だと、そこら一面にユリ科の花が咲いているからすぐにわかる」


 そう男がさすフェンスには無造作に大きな穴が開いていた。

「この穴……どうしたんですか?」


 もう一度、こちらに鈍く強い眼光――

「ああ、いいです。どうも」

「……大したことはない。ちょっと問題があってね。

 でも……君は急いだほうがいいだろう。

 日が暮れてしまってはなにも見えないと思うが?」


 と、言われて腕時計を確かめた。

「――うげっ」

 時刻は6時半を越えようとしている。距離が掴めない今、それはあまりに過酷な道程にも見えた。


「あ……すみません。ここまでありがとうございました」

 そして、急いで金網を潜ったときだった。


「――ちょっとまて」

「――え?」

「あ――、暇だったらまた来るんだ。能力について教えてやる。

 次はお茶ぐらい飲んでけ」


「え?――あ、はい。助かりました」

 そして、唯心はいままで引きづっていた自転車を転がすように森の奥へと進めた。

 内心、あ――自転車が壊れるかもしれないとわかりつつも、半身ココにいることに背筋に水を垂らすような不快感があった――のは言うまでもない。


 にしても――

「あの人誰だったんだろうか……」



 夏の夕日は、落ちるまでに相当の時間を要するため、日の入りする前に海岸に到着。

 そこまできたら、大丈夫だと急かした息にもう一度嘆息した。

 まだ距離があるが、夕日色に染まるキレイな空が目に入る。


 溶岩が固まってできた黒い岩肌を登り、できるだけ海が見える絶景を目指す。

 その岸の先っぽ、そこへ目指す途中、本当に見たことのない景色が広がっていた。


「うわぁー、すげぇー!」

 思わず、感動の声が漏れた。

 そこは、辺りには白色の百合の花が乱れ咲き、崖の奥には大海原――まるでアダムとイブの秘密の花園ではないかと目を疑う。


 さらに足は、その先っぽの崖へと向かった。

 もっと奥に行けば、さらに良い絶景が待っていると思えた。


 そして、岸の先っぽから俯瞰してみる大海原に心が奪われる。

 その感情の高まりを、唯心は抑えることができなかった。

「――アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 そう、誰も見ていない海原で、言葉にできないすべてを打ち明けたかった。


 そして、身体を使って何度も深呼吸を繰り替えす。

 この姿を誰かに見られているとは知らずに……


「ま…待ってください!!」

 と、柔らかく聞き心地の良い声が鳴り響いた。


 その目先、パジャマのような恰好をした少女。

 その顔、ひどく泣きそうな目が虐めっ子に立ち向かうときの子供のアレのように唯心へと向けられる。


 少女は、今でも倒れそうなくらい不確かな足取りが唯心がいる岸の先っぽへと向けられる。


「あなた……こんなところで何をしているんですか??」

「何を――って」


 やべぇ、あの恥ずかしいの見られた――と考えたが、


「大丈夫んです。あなたなら上手くヤレます! 生きてください!!」


 ――はっ?

 とは、言わずに唯心は彼女の誤解に気がついた。


 どうやら、この大海原への自殺志願者と勘違いしているらしい。


 言い返そうとした矢先、彼女はまだまだ荒ぶった感情を俺へとぶつけてくる。

「本当なにをしてるんですか? 死なないでください。生きてください!

 私にはあなたの気持ちがわかりません。ですけど、明日を生きれない子が沢山いるんです」


 そんな戯言を聞いて、以前の自身だったらどう思うか、ちょっぴり想像したが逆にそれが微笑ましかった。


 少女は声を繋げる。


「実は…私の妹もそうだったのです。重い脳の疾患でした。彼女は私と瓜二つの双子で、この片割れが死んでしまったんです。

 彼方に判りますか? 私は、それでも彼女のために生きようって決めたんです」


 少女のフラついた足が唯心のパーソナルエリア内を通過する。


 彼女の顔は、長く鬱陶しい髪でよく見えなかった。

 そして、その掌が唯心の肩へと触れる。――目の前の少女の顔が露になる。


 思わず、この不意打ちに体中が震え上がる。

 少女は恐ろしいほどハルに似ていた。


 そんなこと知ってか知らずか、少女の話は止まらない。


「だから、自殺するなんて、以ての外です。

 人生は何歳でも変えれるんですよ? 私みたいな、傷だらけの女でもどうにか生きようって、毎日精いっぱいなんです」

 と、羞恥もなくパジャマを少女の胸の高さまで括りあげる。


「――うわ、やめ……」


 少女が言おうとしていることが理解できた。

 そこに真ん中には大きな十字の傷がある。


 この傷は生々しく胸の下あたりの彼女の肌を抉り込み、そこからミミズ腫れのような手術痕になっている。

 それと、同時に少女の女性としての膨らみが露出した。


 少女の行為に失礼ながら、衝撃的で思わず自身が紅潮していくのが分かった。


「わ――わかったから、見えてますよ胸」

「ん?え!? あああ!!」

 少女も、顔を赤めて、一歩下がった。


 僅かにアルコールのような匂いを残し、恥ずかしがる少女は目線を少し下へとずらした。


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