赤竜姫はまだ恋を知らない。
稲生景
第1話
竜人。
人と竜が交わった事によって生まれたと言われる種族で、人と竜それぞれの特徴を持っている。
男は産まれた時は尻尾と角と翼がある以外人間の赤子とはあまり変わらないが、成長するにつれ、全身に鱗が生え始め、成人する頃には竜を人の形に収めたような姿になる。
対して女は産まれたときの姿から変わらずにそのまま成長する。
竜人たちは男女共に強靭な肉体と圧倒的な力を有しており、彼らに襲い掛かった敵は全てを滅ぼされたと言う。
そんな彼らの国、ドラゴニア王国は国民全員が今日と言う日を笑顔で祝い、とても賑わっていた。
何故こんなににぎわっているのかと言うと、今日はドラゴニア王国第一王女の結婚式の日だからである。
「良いかイグニス、婿殿とは仲良くするんだぞ」
「はいはい、分かってるよ父上」
「…本当だろうな?」
「ったくしつけーな…分かってるから心配すんなよ」
俺の名はイグニス・ドラゴニア。
ドラゴニア王国の第一王女だ。
周りからは赤竜姫なんて呼ばれている。
俺は今日、隣にある純人の国の第二王子と結婚式を挙げる。
純人ってのは俺達竜人とは違って角も鱗も翼も尻尾も無い奴らの事だ。
何でそんな奴と俺が結婚しなきゃいけねーのか分かんなかったけど、何か子供の時からの許嫁? とか言うやつで絶対に結婚しなきゃいけねーらしいからよ、まぁ仕方ねぇけどそいつと結婚してやることにしたんだ。
…しっかし、俺の結婚相手ってどんな奴なんだろーな?
俺は生まれて一度もその許嫁に会ったことが無い。
何か隣国の決まりとかで結婚する時まで許嫁同士は会ってはいけないとかよく分かんねぇ決まりがあるらしい。
よく分かんねーけど、面倒な決まりが純人達にはあるんだな。
まぁ出来れば結婚相手は兄上たちみたいに筋骨隆々な奴が良いなー。
俺がそう考えていると、父上がまた話しかけてきた。
「イグニス、最後に聞いておくが、お前は婿殿と結婚する意味は分かっているんだろうな?」
「意味? ああ勿論分かってるぜ」
俺は父上の問いに自信満々で返答した。
「俺がその結婚相手に抱かれてそいつの子を孕めば良いんだろ? 楽勝だぜ!」
俺の言葉を聞いた父上が頭に手を置いてため息を吐いた。
ん? 俺何か間違った事言ったか?
結婚ってのは子孫を残すためだけのモンだろ?
「…イグニス、結婚は子を産めばいいだけなんて簡単なものではないのだ…それに今回の結婚は竜人と純人の関係をより良くするためのものでもあるのだぞ」
「? どういう事だよ父上?」
「良いか? 我ら竜人は昔から圧倒的な力で数々の戦に勝利してきた、しかしこれからの時代力だけでは駄目なのだ、他の種族と共に生きていく事で我らはさらなる繁栄を迎えることが出来るのだ、今回の結婚も竜人と純人が手を取り合って生きる未来の手本としての意味も兼ねているのだぞ」
「んー、話が長くてよく分かんねぇよ…」
「はぁ…まったくお前は…」
「あなた、イグニスにそんな難しい事を言っては駄目ですよ」
「母上」
母上がいつの間にか父上の隣に居た。
「イグニス、貴女はこの人が言っている難しい事なんて考えなくて良いわ、ただ夫を愛して幸せに暮らせば良いのよ」
「愛…? 母上、夫を愛するってどうやればいいんだ?」
「ふふ、貴女はそういうモノとは縁が無かったから分かんないわよね…でもきっとすぐに分かるわ、きっとね」
「???」
…よく分かんねーけど、母上の言った通り難しい事を考えるのは止めるか。
とにかく結婚相手と子作りしまくって、沢山子を孕んでやるぜ!
俺がそう思っていると兵士が部屋に入って来た。
「陛下、第二王子様がご到着なされました」
「そうか、ではイグニス、婿殿に会いに行くぞ」
「分かった」
どうやら俺の結婚相手が到着したらしい。
出来れば筋骨隆々な奴であって欲しいもんだな。
俺は父上たちと一緒に結婚相手の元に向かった。
「初めまして、ヒューマ王国の第二王子、アルトリス・ヒューマです」
「……」
俺は結婚相手の純人、アルトリスを怪訝な表情で見詰める。
―ひょろっひょろっじゃねぇか!
俺の結婚相手であるアルトリスは筋肉隆々どころか、真逆のひょろい金髪の優男だった。
兄上達どころか国の男どもよりも筋肉がねぇってのが服の上からでも分かる。
背は俺と同じぐらいだ。
純人ってのはこんなにひょろいのが普通なのか?
「イグニス、何をぼーっとしている、婿殿に挨拶せんか」
「お、おお、イグニス・ドラゴニアだ、よろしく」
俺が挨拶すると、アルトリアは俺を見詰めたまま人形のように動かない。
どうしたってんだ?
「おい、どうしたんだ?」
「あっ、すっ、すみません…その…」
「んだよ口ごもってよ、言いたいことがあるならはっきり言えってんだよ!」
「これイグニス! これから結婚する相手を怖がらせてどうする!」
「いやだってよぉ…」
「婿殿、このように少しガサツな娘ではあるが、末永くよろしく頼みます」
「はい、イグニス姫、これからよろしくお願いしますね」
「おう、よろしく頼むぜ」
こうして結婚式を挙げ、俺とアルトリスは夫婦になった。
その後の披露宴でアルトリスは兄上達に囲まれて何か話してたけど、興味が無かったので俺は飯を食いまくっていた。
そして結婚式初夜。
俺とアルトリスは用意された夫婦の部屋のベットの上に座っていた。
アルトリスは何か緊張しているらしく、顔を真っ赤にして正座している。
「よし、そんじゃあそろそろ始めるか」
「は、はい!」
俺達は着ていた服を脱ぎ全裸になった。
俺はアルトリスの身体を見る。
…やっぱりひょろいな。
「…」
アルトリスが俺の身体を見詰めて、ボソッと言葉を発した。
「…真っ赤な鱗…」
「…俺の身体はお前ら純人から見ても変か?」
「え? あっ、いや…」
「いいんだよ、自分の身体が普通じゃないってのは分かってるからよ」
初対面の時や結婚式の時は露出が少ない服を着ていたからこいつは気付かなかったと思うが、俺の身体は頭、胸、下腹部以外の全ての場所に鱗がびっしりと生えている。
普通竜人族の女の身体に鱗は生えないが、稀に女にも鱗が生える事があるらしい。
しかし鱗が生えたとしても大体手足ぐらいにしか生えないらしく、俺みたいにほぼ全身に生える事は極めて稀らしい。
竜人にとって鱗は男の象徴とされているため、鱗が生えている女は変な目で見られることが多い。
父上や母上、兄上達は俺に鱗が生えている事なんて気にせずに育ててくれたけど、小さい頃は家族以外の連中からは変な目で見られたり、同年代の奴らに男女とか男姫、オカマ姫なんて呼ばれたこともあったな。
…まぁ、そんな風に俺を馬鹿にした同年代連中は全員その場で半殺しにしたけどな。
アルトリスの種族、純人は俺達と違って角も翼も尻尾も鱗も無い。
そして男と女の違いは胸と股間があるかないかぐらいのはずだ。
そんな奴らから見たら俺はほぼ全身に鱗が生えている全く別の生き物、変に思われるのは仕方ねぇよな。
「ち、違います! 変だなんて思ってません!」
「はぁ? じゃあどう思ったんだ?」
「その…綺麗だなって」
「…綺麗?」
「はい、とても綺麗です、初めて見た時から綺麗だなって思ってました、その…まるでお伽話に出てくる女神のようだなって」
「綺麗? え、俺が?」
「はい、身体の鱗もとっても綺麗です」
――ぽわっ。
「…?」
…今、胸が何か…ぽわってした。
何だ?
「ど、どうしたんですか?」
「ん、いや何でもねぇよ、それよりさ…俺、本当に綺麗か?」
「はい、綺麗です!」
「魅力的か?」
「はい、とっても魅力的です!」
「俺の身体を見て欲情するのか?」
「よ、欲じょ…は、はい、欲情します!」
――ぽわぽわっ。
…???
何だろう、こいつに綺麗とか魅力的だって言われるたびに胸がぽわぽわってする。
何だこれ、何なんだこれ?
…まぁ今はいいや。
「そっか、欲情してくれるのか、それじゃあ…アルトリス」
「はい?」
―チュッ。
俺はアルトリスに顔を近づけ、そのままキスした。
「~~っ!!?」
キスされたアルトリスの真っ赤だった顔が更に赤くなっていく。
数秒間キスをし、俺はアルトリスから顔を離した。
「な…ななな何を…」
「何ってキスだよ、子作りの前はキスをするもんなんだろ?」
「そ、そうなんですか? すみません、本ではそんな事書いてなかったので…」
「俺も母上から聞いただけだからあってるかどうか分かんねぇけどな…まぁとにかく、これで準備は済ませたし、子作りを始めようぜ」
俺はベットに仰向けに倒れる。
「は、はい、イグニス姫、よろしくお願いします」
「姫はいらねぇよ、普通にイグニスって呼んでくれ」
「分かりました、それじゃあ私の事もアルと呼んでください、家族からはそう呼ばれているので」
「そうか、それじゃあ改めて、これからよろしく頼むぜ…アル」
「はい…イグニス」
こうして俺はアルと一つに――
「いっってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
―なろうとしたが、あまりの痛さに俺はアルの顔面を蹴ってしまい、アルはそのまま気絶してしまった。
「―それで初夜はそのまま何もせずに終わってしまったん?」
「ああ、いやーあん時は本当に痛かったぜー」
「…その話題はあんまり大声で話したら駄目だと思うんだけど…」
アルと結婚して二週間が経った。
俺は初夜の時の事を友達の二人、ディーネとシルフに話していた。
「それでその後旦那さんとはどうしたんや?」
「どうもなにも徐々に慣らしていこうぜって言って子作りの練習をしているぜ?」
「だ、だからそういう話はもっと小さい声で言わないと駄目だよ…」
「何でだよ? ただ子作りの話をしているだけだぜ?」
「だ、だから…もう」
「良いやないのぉ、イグニスちゃんと旦那さんの話面白いんやからぁ…それで日常生活の方はどうなん?」
「どうって普通だよ、一緒に飯食ったり、外に出かけたり、アルを掴んで空飛んだり、キスしたり…」
「ふふふ…仲良さそうで良かったわぁ、イグニスちゃんの好みのタイプやないと思ってたから心配してたんやでぇ?」
「確かに、イグニスって結婚するんだったらお兄さん達みたいなのが良いって言ってたもんね、その辺は良いの?」
「んん? まぁ確かに最初はひょろい奴だなーとか、こんなのと結婚すんのかーって思ったぜ? でも話してみると結構面白れぇし、俺が知らない事も教えたりしてくれんだよ、あ、そうだ、お前らに聞きたいことがあるんだよ」
「何や?」
「何?」
「アルがさ、俺の事を綺麗とか魅力的だって笑顔で言うたびにさ、何か胸がぽわぽわーってすんだよ、それで最近じゃ一緒に居るだけでぽわーってなるんだよ」
「あらまぁ…そうやのぉ」
「ああ、これって何なのかお前ら分かるか?」
「…イグニス、それって多分こ…むぐっ」
「さぁー、それはうちらにも分からんわぁ」
「そうなのか…父上や母上、兄上達にも聞いたんだけどさ、皆優しい顔で俺の頭を撫でるだけで何も教えてくれないんだよ、一体このぽわーってのは何なんだろうな?」
「さぁなぁ、うちにはよう分からんけど、イグニスちゃんが旦那さんともっと一緒に居れば多分分かるとおもうでぇ」
「そうなのか? よし、それじゃあ今からアルんとこに行ってこのぽわぽわの正体を突き止めてくるぜ! 二人ともありがとな!」
「頑張りやぁ」
俺は二人に礼を言って、アルの元へと走った。
「ふふふ…」
「…何で言わなかったの? イグニスが言ってたぽわぽわって完全に恋だよね?」
「そうやなぁ、イグニスちゃんは旦那さんに恋してるなぁ」
「言ってあげたらいいのに、イグニス知りたがってたじゃん」
「シルフ、こういうのは自分で分からないといかんのよぉ、人に教えてもらうのと自分で知るのでは大違いやからねぇ」
「ディーネ…」
「それに…答えが分からないで四苦八苦するイグニスちゃんを見てるのがちょっと楽しくてなぁ…ふふふ…」
「…絶対そっちが本音でしょ」
「さてどうやろうなぁ…うふふふ…」
「お、いたいた、おーいアルー!」
「イグニス、そんなに急いでどうかしたんですか?」
「別にどうもしてないけどよ、今暇か? 暇だったら一緒に城下町に遊びに行こうぜ」
「城下町にですか?」
「駄目か?」
「いいえ、良いですね、一緒に行き来ましょうか」
「よし、そんじゃあこの窓から早速出発だ!」
「え、もしかしてまた飛ぶんですか⁉」
「当然だろ? こっちの方が速いんだからよ、しっかり掴まってろよ!」
「ちょっちょっと待って…うわああああああああ⁉」
俺はアルを掴んで空を飛び城下町へと向かった。
「おいアル、いい加減飛ぶの慣れろよな」
「す、すみません…」
「まぁ良いけどよ、それじゃあ今日城下町のどこに行く?」
「決めてないんですか?」
「ああ、俺一人で決めるよりアルと一緒に決めた方が楽しいと思ってまだ決めてない!」
「ははは、イグニスらしいですね、でも確かに楽しそうです」
「だろ? それじゃあどこ行く?」
「そうですね…西の方に行きませんか? 新しい串焼き屋が出来たらしいんですけど、美味しいと評判の様ですよ」
「本当か⁉ よしそれじゃあ西の城下町に直行だ!」
「うわあああ⁉ イグニス、速度を上げないでくださいよー⁉」
ぽわぽわの正体は結局まだ分からねぇけど、ぽわぽわーってなるのは別に嫌な気分ではない。
むしろ心地いい。
いつかこのぽわぽわの正体は分かる日は来るのだろうか?
それが分かった時俺の何かが変わるのだろうか?
まだ分かんねーけど、とりあえず今はアルと一緒に遊ぶことだけを考えるか!
俺はアルと一緒に城下町の上空を飛んで行った。
――それからしばらくして、ぽわぽわの正体を知ったイグニスが色々と騒動を起こすことになるのだが、それはまた別のお話で。
赤竜姫はまだ恋を知らない。 稲生景 @ka1006
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