第17話 裏切り
朝の空気のにおいで目が覚める。すでに男はいなかった。
姫は窓を開けて明るくし、櫛箱に近づいた。箱は、せいぜい小鳥が入れる程度の大きさだ。
心臓が胸を破りそうなほど鼓動を打つ。姫は震えながら箱の蓋に手をかけた。決心がつくまで何度か息をして心を整え、一気に開ける。
中には、小さな白蛇がいた。
少し黄金色がかった白い鱗をきらめかせ、鎌首をもたげる。空洞のような丸い目が、じっとこちらを見ている。
姫は息をのみ、後ずさりした。指先が冷たくなり、一気に足がすくむ。
「違う。……違う、違う!」
姫は叫びながら扉を開け放ち、朝霧の漂う中に人の姿を探した。
「自分の夫すらわからないほど愚かな女と思うているのか! あれはただの小蛇、吾の良人ではない。巫女であった吾が、そんなことも見抜けないとでも言うのか!」
白蛇には、貴人のもつ雰囲気がまったく感じられなかった。とすれば、あの蛇は姫をごまかすために男が入れたとしか思えない。
涙があふれ、頬を伝った。
「
状況から考えれば、彼とあの貴人がつながっていたのは、ほぼ間違いない。
「
すべては手遅れだ。
「
足音がして、高床の下から人影が出てきた。
「姫、そのように取り乱しては、体に障ります。神妻らしく、毅然となさいませ」
「よくもそのような口を!」
怒りでふらつく体を扉にもたせかけ、
「姫、別に吾は、国を乗っ取るつもりはありませんでした。
「我らの望みは、
確かに、
「自分たちの魂を取り戻そうとするのは、当たり前のことではないですか」
「だから吾は、一計を案じた。
あの神人の夢も、仕組まれたことだったのか。
「まさか。どうやって」
「三輪周辺では、神事に使う麻を栽培しています。その中に、焚くと意識を朦朧とさせる煙を出す種類がありましてね。それを使いました」
「もしや、あのときの……」
初めて貴人が妻問いに来たときにも、同じにおいを嗅いだ。体の自由を奪い、自分の答えが「
姫はもはや立っていることができずに座り込み、吐き気を必死で抑えた。
「あの男は、誰なのですか」
声が震える。必死で涙をこらえながらも、姫の脳裏に浮かぶのは、やさしげな貴人の姿だった。目を細めて笑う仕草、みずらに結った艶やかな髪、耳元でささやく聞き心地のいい声。抱きしめられたときの満ち足りた気持ちや、睦言の数々を思い出すと、やはり愛しいと思ってしまう自分が情けなかった
「彼は、
姫はすべてを理解した。自分は
「祭祀権だけでなく、こんな形で権力を握ろうとするなんて……」
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