第15話 神婚
他言しないよう
空気を新しくしようと、窓を押し開けて棒をかませる。風に木々がざわめき、鳥がさえずる。しかし、それは単なる音にしか聞こえず、いつものように声となって遠くの雨や嵐のことを教えてはくれなかった。
もしや、と思い鳥飛びを試みたが、魂は体から抜け出ることができない。
霊力を失い、ただの女になってしまった。
幼いころから築き上げてきた、自身のすべてを失うに等しいことだ。にもかかわらず、激しく抱かれた余韻で頭がぼんやりとし、あの貴人にまた逢えるのならば、それでも構わないと感じる。
貴人は本当に
悶々と過ごす姫の元に、夕刻になって
「
どうして
贈り物は、すぐ役に立った。
その夜、姫の棟の戸を叩く者があった。期待に胸を高鳴らせて扉を開けると、昨夜の貴人が立っている。ひざまずいて平伏する姫に、彼はかがみこんで笑った。
「ここに来るときは、人間の男の姿なのだから、そのように接しておくれ」
「もったいないお言葉でございます」
姫は貴人に敷物を勧めた。杯を渡し、
「これは、今年の米で造った酒だね。果物のような瑞々しいにおいがする」
男が酒を飲み干す。喉の動きすら、なまめかしい。
「おかげさまで、今年は豊作となり、民の暮らしも潤いました。感謝いたします」
姫が一礼して酒を注ぐと、男は苦笑した。
「またそのように畏まる。……ほら、貴女も飲みなさい」
杯を突き出されて姫が戸惑っていると、男はそんな様子を楽しむかのように笑った。
「では、吾が飲ませようか」
男は酒をあおると、姫の手を引いて体を抱き寄せ、口づけした。唇を割って入る舌とともに、まだ米の味の残る酒が流れこむ。舌が絡み合うたびに体の芯が痺れ、酒に酔ったのか男に酔ったのかわからなくなる。
唇を離した男が、目を細めて笑う。
「もっと飲むか?」
余裕のある貴人に比べ、姫は蛇ににらまれた蛙のように心を奪われて声が出ない。
男の差し出す杯に酒を注ぎ、そうして何度か分け合って飲むうちに、酔いが回ってきて足の力が抜けていく。心までほぐれ、慕わしい気持ちに思わず男の肩にしなだれかかる。
我に返り、慌てて離れようとすると、男が腰を掴んで制する。
「構わぬ。一方的な押し付けはしたくないのだ」
男の顔が近づき、少し下から見上げてくる。息がかかる近さで止まり、挑発的に目で促す。姫は自分から男の唇を吸い、夢中で抱きしめた。彼の正体が何者であろうと、愛しいことに変わりはないのだ。
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