第13話 貴人
月が満ち、
巫女は神事にのみ参加し、宴会は
今までそんなことは考えなかったのに、
やっと
そう思うのに、あの髭面の男への嫉妬を抑えきれない。彼は
──それに比べて、自分は。
自虐的な考えが頭をよぎり、
姫は涙をふき、窓を閉めた。神々へ感謝の祈りを念入りに捧げてから、姫は灯を消して、寝床についた。
夢の中で、誰かが呼んでいる。
目を開くと、いつか
白い衣がぼんやりと闇に浮かびあがっている。顔は見えなくても、無駄のない堂々とした身のこなしだけで、あのときの男性だとわかる。
「
深みのある声が、耳から聞こえた。
夢ではない。
姫は慌てて起き上がろうとしたが、体が思うように動かない。部屋の中に、どこかで嗅いだ甘い香りが漂っている。
「
もう一度名を呼ばれて、姫は声のする方を見た。消したはずなのに、灯明がともっている。その火を背に、貴人が立っていた。
以前は気づかなかったが、目の前の男性は、生身の体を持っている。呼吸や皮膚の温度が、空気を伝って感じられる。
「怪しいものではない。名は明かせないが、姫を慕い、妻問いに来た」
なめらかな口調はあくまでもやさしく、威圧的な感じはない。
「……吾は、神にお仕えする身……」
やっとのことで、それだけ答える。貴人はかすかに笑い声をたてた。床がきしむ音がして、姫の枕元まで歩み寄ってくる。
「だから、来たのだ」
薄明かりで、男の顔がわずかに見える。目を細めて微笑する泰然とした感じ、筋の通った鼻、薄い唇。髭のない顎は無駄な肉がついておらず、見かけの年齢は自分と同じ二十歳くらいだろう。
男は枕元に座り、ゆっくりと口を開いた。
「昔、よその一族が大和を平定し、この三輪の地にやってきた。きっと田畑は荒らされ、民はひどい目に遭うだろう。皆怯え、女子供は山に身を隠した。……しかし、征服者の列の中から一人の
男の手が伸びてきて、姫の頬に触れた。冷たい指先だ。
「この地と民を助けてくれたことを、感謝する。……ずっと、それを伝えたかった」
幼いころ、確かにそのような託宣をした。やはりこの貴人は、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます