第10話 謀反

 首筋を伸ばして座り、ゆっくりと呼吸をする。集中力が欠けているのか、魂を遊離させる「鳥飛び」に何度も失敗する。落ち着いて、落ち着いて、と自分をなだめ、百襲姫ももそひめはやっとのことで魂を体から切り離し、宙に舞い上がった。


 屋根を抜けて空へ昇り、柵に囲われた居住区を見下ろす。姫は両手を羽のように動かして滑空した。西へ向かい、街道に出てから北上しようと、耳成山みみなしやまを目印に飛ぶ。


 間もなくというところで、馬に乗った女が、少数の供を連れて眼下を通った。乗馬ができる上に、身なりも良いことから、身分の高い女性と思われる。気になった姫は旋回して、後をつけた。


 女は、前王の宮付近にある天香具山あめのかぐやまのふもとで馬をおり、地面を掘り始めた。細い指で爪の中を汚しながら赤土をうがつ、その目が血走っている。

 彼女は少し湿り気を帯びた土をかき集めて領巾ひれにくるみ、唇を寄せて言った。


「これは、大和の国のかわりの土。吾が良人、武埴安彦たけはにやすひこが治めるべき土」


 ほくそ笑む女の唇に、はっきりとした意志が見て取れる。国家統一後、初めて宮が建った天香具山あめのかぐやまの土を、国土に見立てて、呪詛をかけたのだ。


 魂の状態の百襲姫ももそひめは、そっと地面におり、女の顔を見た。

 武埴安彦たけはにやすひこの妻、吾田姫あたひめだ。やはり、彼が大王おおきみの暗殺をたくらんでいたのだ。


 一刻も早く大王おおきみに知らせるため、百襲姫ももそひめは空中へ舞い上がり、三輪山を目指して飛んだ。霊力が弱まってきたのか、意識がぶれ、地面へ落ちそうになる。

 ようやく三輪まで辿りつき、ほとんど墜落するかたちで棟へと向かう。屋根をすり抜け、自らの頭が見えてくる。意識がかすむ。

 なけなしの力を振り絞って、百襲姫ももそひめの魂は体に入り込んだ。まだ意識と体がうまく繋がらず、動きにくいのがもどかしい。


 言うことをきかない足を奮い立たせ、大王おおきみの待つ部屋へ向かう。

 戸を開ける音に、御間城入彦みまきいりひこが顔をあげて身を乗り出す。姫は、戸口に寄りかかったまま告げた。


「やはり、謀反です。首謀者は、大王おおきみの義理の叔父、武埴安彦たけはにやすひこと、その妻、吾田姫あたひめ


 大王おおきみの顔が険しくなる。

吾田姫あたひめが、前王の宮近くの土を取り、呪言をかけました。土を大和の国に見立て、それを支配するのは自分の夫だと」


「四将軍が出払い、兵が手薄になる時を待っていたのだな。……敵はもう準備を整えているはずだ。すぐに、大彦伯父の全軍を山背国やましろのくにに向かわせる」

 大王おおきみが一礼し、立ち上がる。出ていこうとするのを、姫は呼びとめた。


「兵は二手にお分けください。童歌には『後ろに前に』とあります。武埴安彦たけはにやすひこ吾田姫あたひめは、二手に分かれて挟み討ちにしてくるはずです」

 大王おおきみはうなずき、慌ただしく棟を去っていった。


 その姿が見えなくなってから、姫は床に崩れ落ちた。もう起き上がる力も残っていない。

 意識が薄らぐ直前、血のにおいが鼻をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る