第8話 無力感

 巫女であり続けるため常に腐心してきたのに、大田田根子おおたたねこにかなわなかった。悔しさを通り越して、姫は無力感にさいなまれていた。


「いいえ、姫はお力を尽くされました。こう申しては何ですが、大国魂神おおくにたまのかみを祀るよう命ぜられた渟名城入姫ぬなきいりひめは、祟りのために痩せ衰え髪も抜けて、祀ることすらできなかったではありませんか」

 大物主神おおものぬしのかみと同じく、征服された氏族が奉じていた神である大国魂神おおくにたまのかみを、大王おおきみは娘の渟名城入姫ぬなきいりひめを祭主にして祀らせた。が、祟りのせいか、年若い姫は病んでしまい、今も宮中で臥せっている。


 大田田根子おおたたねこが「大国魂神おおくにたまのかみの子孫である長尾市ながおちを祭主にするとよい」と託宣したので、間もなく正式に任命されるだろう。大王おおきみ家が独占しようとしていた祭祀権が、元の氏族へ戻されつつある。それは、大王おおきみ家による支配のほころびでもあった。


「姫は、他氏族の神にも認められていたのですよ」

 芙吹ふふきがやわらかな笑みを浮かべる。少なくとも、彼女には認められていることに、冷え切った胸の奥がわずかに温かくなる。


 とはいえ、結果を出せない巫女は、用済みなのだ。


 幼いころから、巫女として生きることが当然と思っていた。巫女頭の地位を追われたら、どうすればいいのだろうか。

 女子は、初潮を迎え次第婚姻の準備に入るのが通例だから、二十歳を過ぎた百襲姫ももそひめに縁談はない。自身も、今さら人に嫁ぐ気などないが。


 薬草の知識を活かして薬師くすしになろうかと考えていると、芙吹ふふきが思い出したように言った。

「そうそう、これは語りの者に聞いたのですが、その昔、三輪山の神の娘が大王おおきみ家に嫁がれたことがあったそうですよ」


 彼女の話によると、狭井さい川のほとりに住む勢夜陀多良姫せやたたらひめという美しい乙女を、大物主神おおものぬしのかみがお気に召した。神は、彼女が厠へ入ったところを見計らってりの矢に化け、溝を流れ下ってその陰部を突いた。彼女は驚いて矢を抜き、床に置くと、それは麗しい男性に変わる。

 二人の間に生まれた娘も非常に美しかったので、噂を聞いた数代前の大王おおきみが后として迎えたのだ、と。


「なんだか、すごい話」

 夜にでも忍んでいけばいいのに、どうして厠なんかで、と思ったが、口にはしなかった。


「少し、心が軽くなりました。……ありがとう、芙吹ふふき

 芙吹ふふきは一礼し、灯の用意をして去っていった。

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