6 それがなくてもできるよね


   6


「じゃあ、進がやったの?」

「あっれえ?」

「これって、自白?」

 おかしい。こんなはずじゃなかった。もちろん、俺は犯人じゃない。どこかで間違えたのだ。首をかしげて考える。しかし、今となっては何を間違えたのか分からない。

 俺は自分が犯人じゃないことを知っているが、それを証明する手段がない。一番簡単なのは俺以外の誰かが犯人だと証明することだが、俺以外の誰も犯人ではないと、今俺が証明したばかりだ。

「どうしよう。俺じゃないのに、俺以外に犯人がいない」

「お前なあ。冗談でやってるのか本気でやってるのか分かんないけど、まあ、とにかく酷いなあ、おい」

 星一が笑いながら、ばしばしと自分の膝を叩いている。いっそ笑い飛ばしてくれた方がありがたい。話し始める前までは、犯人が特定できる手ごたえがあったのだ。

「全然違う」

 葉子がぽつりとつぶやいた。そうだ、全然違う。俺は犯人じゃない。

「そもそも、条件が間違ってるんだから、犯人も間違っていて当たり前」

「おっ、さすが葉子。言うことが違うね」

 星一がはやし立てるが、葉子は少し嫌な顔をしただけで話を進める。

「進の推理も、途中まではあってた。それに、進も犯人じゃない」

「でもさっきの話だと、進以外は誰も犯人じゃない理由があったじゃん。それとも、進が犯人じゃないって証明できるの?」

 英美里が口をとがらせて葉子に反論する。俺が犯人じゃない証明なんて、自分でも分からない。

「進、ケータイ貸して」

 言われるがままに、ケータイを葉子に渡す。葉子はケータイを操作して、電話帳を開いた。

「ほら、登録されてるのが、村上の次が村松になってる」

「だから?」

 意図を理解できない愛希が、不満げに問う。

「電話帳に村田の名前がない。進は村田に連絡がとれない」

「あっ」

 愛希が驚きの声をあげる。俺は村田の連絡先を知らないので、出発が遅れたことも、急に英美里の家に行くことになったのも、伝えられない。そもそもそれ以前に、昨日の時点で村田に助けを求めることができないのだ。

「進が間違えた条件は、これ」

 葉子が煙草の箱を取り出す。

「おいおい、車内は禁煙だよ」

 星一が優しくたしなめる。しかし葉子は箱から煙草を一本取り出すと、俺の口にくわえさせた。

「ふぁにふるんだ」

 驚いたのと、煙草を咥えながらなのとで、うまく喋れない。口から落ちそうになる煙草を慌てて手でキャッチする。

「未成年でも、煙草は吸える」

「どういうこと?」

 どうやら吸うつもりで出したわけではないようだ。相変わらず葉子が何を考えているのか分からなかった。俺はずっと追いつけないのかもしれない。

「免許がなくても、車の運転はできる」

 葉子の言葉を聞いて、ようやく理解する。間違っていた条件は、『運転免許を持っていること』だったのだ。

 車の持ち主である星一がまず除外され、河原と面識のない愛希も違う。俺は村田に連絡をとれないので、犯人ではありえない。 

「私は犯人じゃないから、残るのは一人だけ」

 自分は自分で犯人じゃないと分かっているから除外できる、とは乱暴な論理だが、葉子が犯人でないのは、俺がさっき説明したとおりだ。

「エミリ、あなたが村田に頼んだのね」

 俺たちは一斉に英美里の方へ、顔を向けた。

「……ごめん」

 英美里が声を震わせて、頭を下げる。葉子の推理は当たっていたようだ。英美里の言葉は、星一に向けられているのか、それともみんなに対してなのか、俺には分からなかった。

「でも、なんでそんなこと……」

 愛希が首をかしげると同時に、がくん、と車が揺れた。

「星一に気付かれないように車を修理したかったんでしょ」

「修理っていっても、今朝見た限りでは、キズもなかったし、どこにも異常はなかったはずだよ」

「キズじゃなくて、ライト。ほらよく見て」

 葉子が前を指差すが、何を見ていいかも分からない。前をよく見て運転しろ、という意味ではないだろう。

「ライトの色が、右と左で違ってる」

 言われてみると確かに、左側はオレンジ色だけど、右側は少し青っぽい光が出ている。

「右だけ新しいライトに交換されてる。たぶん、昨日の運転中にライトが切れて、それを星一に気付かれないように直したかったんだと思う。ライトの交換なら、ガソリンスタンドでもできるけど、それでも十分くらいはかかる。普通の方法で、持ち主に気付かれないように直すのは難しいから、車ごと入れ替えてその間に直した。近くのスタンドに純正のライトがなかったから、左右で色違いになったんでしょ」

「でもなあ、それくらいの故障なら、ちゃんと言ってくれれば別に良かったのに」

「だって、無免許で運転したなんて、星一に、言えない」

 英美里がしゃくりあげるように言葉を区切りながら言う。ここからでは見えないが、泣いているのかもしれない。

「そもそも、星一にばれないように行動するのがおかしかった。星一はちゃんと謝れば許してくれるはず」

「まあ、修理にお金がかかるなら、実費くらいは請求するけどね」

「だから、どうしても星一に言えない理由があるって考えた方が自然」

「そうか、無免許運転だったから言えなかったのか」

「だってそんなの星一に言ったら、星一は許してくれても、恭一郎さんにも黙っててもらわないといけないんでしょ。星一に、迷惑はかけたくなかったから」

星一の兄、恭一郎さんはこの春から警察官になったばかりだ。報告の義務があるわけではないが、英美里を許す、ということはつまり、星一にあえて黙っているという選択を強いることとなる。

「それでも、やっぱり言うべきだったと思う」

 発言の内容は厳しいものだったが、葉子の声は優しかった。

「それで結局、何があったのよ」

 愛希が英美里の肩に手を置きながら、顔を近づけて声をかける。

「河原君に誘われて、運転の練習をしようって。私が教習所の卒業試験に落ちたって聞いたみたいで。なんか仮免さえ持ってれば、免許がある人が隣にいれば大丈夫だからって聞いたことあるし。もう、二回も落ちてるから、次は絶対に受からないとまずいって、思ってて。それで、相談したら車を借りてくるって。まさか星一のだとは思ってなかったから、当日に車を見てびっくりしたけど、でも河原君は大丈夫だって。それで少し走ってみて練習して、車を返すときに、私だけ先に降りて外から車を見て、ライトが片方ついてないのに気付いて、壊しちゃったと思って、びっくりしたの。そのときはどのくらいで直るかも知らなかったから、私が乗ったせいで、きっと変なところを触って壊しちゃったんだと思った。河原君に相談しようと思ったけど、言う前に鍵を返しにマンションに行っちゃったし、帰るときも、すっごく楽しそうに、今日のことは星一には内緒な、って笑ってて。それでなんか、言えなくなっちゃって……」

 仮免で公道を運転するのには、仮免練習中の札が必要だ。そもそも仮免は教習所から持ち出せないはずで、つまり勝手に路上で練習をするのは、完全に違法である。

「じゃあ、河原は気づいてなかったの?」

「うん」

 英美里が頷く。

「そっか」

「それで、英人に相談したら、本当は仮免で運転したらダメだから無免許と同じだって言われて。でも、それはもうやっちゃったから仕方ないって許してもらったんだけど、車を直すのは簡単でも、鍵がないとどうしようもないって」

「なんで、村田だったんだ?」

 その段階では、車の入れ替えなんて考えていなかっただろう。いや、英美里がそんなことを思いつくとは思えないし、仕掛け自体は村田の発案のはずだ。ならば、わざわざ村田に相談する理由がない。車の詳しい友人なら、他にもいるはずだ。

「そんなの当たり前じゃない。付き合ってるんだから」

 愛希がため息交じりに言った。

「えっ」

「あれ、進、知らなかったの?」

 驚いているのは、俺だけだ。

「私が村田を嫌いなのは、それもあるからよ」

 つまり、大切な友人である英美里を、とられてしまったのが気に食わないと、そういうことだったのか。なんで言ってくれなかったか、と問うと、わざわざ教えることでもないでしょ、と言われてしまう。確かにその通りだが、なんだか寂しい。

「そもそも、村田と付き合ってるのに河原とデートに行くのはどうなんだよ」

 星一が少し怒ったように言う。

「だって、デートだなんて言ってなかったし。あれは単に運転の練習をしただけで、そもそも練習だって、私から言い出したわけじゃないもん」

「はいはい、あんまりエミリをいじめないの」

 愛希が英美里の頭を両手で抱きかかえる。

「えー、俺が悪いのかよ」

 星一が拗ねたようにそっぽを向く。

「まあ、いいじゃん。それよりそろそろ次のサービスエリアにつくからさ。何食べるか考えておいてよ」

 葉子が話題を切り替えてから、そのあとはしばらく雑談が続き、少し落ち込んでいた様子の英美里にも、笑顔が戻ったころ、次のサービスエリアに着いた。

 駐車場で、見覚えのある男が手を振っている。こげ茶色の髪に黒縁眼鏡、村田だ。村田の横には、俺たちが今乗っているのと同じ車がとまっている。いや、俺たちもさっきまであの車に乗っていたのだ。そう思うと、なんだか奇妙な感覚がする。隣が空いていたので、車をとめて村田と合流した。車入れ替えのトリックがばれていることは、英美里がメールで伝えてある。

「いやあ、ばれちゃったかー」

 妙に楽しそうだ。そもそも、星一に怒られたくない、という理由で行われたのだから、その星一が許しを出した以上、まったく問題はないのだ。他の誰だって、無免許運転で英美里を警察に突き出したりしない。

 村田が加わって、旅が少し賑やかになった。星一と村田は昼食を食べる場所について楽しげに話している。英美里と愛希はまたも、きゃっきゃっとはしゃぎながらお土産屋へ駆けて行ってしまった。また集合時間と場所を決めていない、と気づいたころには、ばらばらになってしまっている。

 そのうち合流できるだろう、と諦めて好きに動くことにした。いつの間にかいなくなっていた葉子と話がしたくて、喫煙所に向かう。

 ここのサービスエリアの喫煙所は、海老名よりも狭かった。

「やっぱりここにいた」

「煙草、吸わないくせに」

 それを言われると困る。話をそらすためにも、すぐに本題に入ろう。

「葉子に聞きたいことがあってさ」

「なに?」

「きなこ餅が消えた理由が分かったって言ったあと、みんなに河原と知り合いかどうか訊いたでしょ。もしかして、あの質問をした時点で、誰が犯人か気づいてたんじゃないかと思って」

 そうでなければ、あの時点であんな質問ができたはずがないのだ。

 葉子は黙ってうなずいた。

「英美里と村田が頑張って隠したんだから。わざわざみんなにばらさなくてもいいと思った」

「じゃあ、なんで、あのあとすぐに話したんだ」

 あの短時間で、考えが変わるような出来事があったとは思えない。

「あのままだと、進が犯人になってたでしょ」

「えっ」

 思わず葉子の顔を見つめてしまう。相変わらず、何を考えているか、さっぱり分からない。

「本当、馬鹿なんだから」

 そう言って葉子は、見たことのない表情で笑った。

「じゃあ、目をつぶってたのは、言うべきかどうか考えてたの?」

「いや、目をつぶってたのは、車に酔ってたから」

 車に弱いとは、意外だった。

「運転してるうちは良かったんだけど、座ってるだけだとちょっとね」

「だったら、愛希と助手席を替わってもらえば良かったのに」

 後ろに座るより、前に座った方が酔いにくいと聞いたことがある。

「まあね。さて、そろそろみんなを探しに行こうか」

 葉子は煙草を灰皿に押し付けると、ひょいと立ち上がった。

「はい、鍵。先に渡しておくね」

 葉子から車の鍵を受け取る。次に運転するのは、俺の番だ。

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タイムスリップきなこもち 能登崇 @nottawashi

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