円卓の主役

 演劇部の扉が叩かれた。

 部室からもれる、話し声。寄せては返す波のように続いている。

 配役や、誰が一番か。

 廊下に立つ女子生徒が何かを言おうとして、扉が開いた。

「申し訳ありません。近くの席の者が立ち上がらなかったので、遅れました」

 もさもさとした男子生徒は非礼を詫びた。整った顔立ちに、どこか憂いを湛えた目。男前だ。

「いえ。気にしないでください。あ、そうだ。先生から伝言を頼まれて」

 女子生徒は慌てていた。部屋の中の視線が自分に集中しているのに気付いて、体が小さくなっていく。

 中には大きな机と、周りに並ぶ椅子。円卓会議が一時中断していた。

 机を囲むのは十一名の部員。

 表情は、あまり穏やかではない。椅子の上に両足を乗せた、柄の悪そうな男子部員が口元を緩める。

「なんだ、彼女じゃないのか。かわいいね。彼氏いる?」

「変態かお前は! 誰でもいいのかよ。土下座、しろ。土下座を」

 すぐに、隣の女子部員がツッコミを入れた。切れ味が鋭い。

 扉を開けた男前は、頭を抱えていた。

「わたし、お邪魔みたいだし、あとはみなさん仲良く……」

「彼の言葉。第一声としては不適切です。しかし、内容は間違いではない」

 小さな声を出して後ずさりしていく女子生徒を、男子生徒が引き留めた。


 円卓会議に椅子が追加された。

 入り口から一番遠い場所。男前の右隣に、十三番目の生徒が座る。

「開けっ放しだとうるさいからネ。なんの話だっけ?」

 小柄な女子部員が、気さくに話しかけた。小さな体を机に乗せて、くつろいでいる。

 扉から二番目に近い位置。かわいらしい顔が机から離れる気配はない。

「そろそろ演目を決めるように伝えてって、わたし、頼まれて」

「ふーん。わたしちゃんネ。こう見えても、アタシが部長」

 小柄で地味な部長は、かわいくなければ許されない不遜な態度だった。

 わたしと呼ばれた生徒も、かわいさでは負けていない。

 部長のすぐ左に座るスタイルのいい女子が、唐突に口を開く。

「なるほど~。いつも話が進まなくて、決まらないよね~」

「全くだぜ。さっさと決めるぞっ。やっぱりアクション超大作に――」

 左隣には、鍛えられた体の男子。いまにも机を破壊しそうな迫力が、黄色いオーラとなる。

 すぐに左隣の女子が反応した。愛嬌のある大きな目を、男子に向ける。

「何? やっぱり、って。主役を決めよウ。まず」

「……」

 愛嬌がある女子の左隣の男子は、無言だった。彫りの深い顔に、不安の色が滲む。

「わたくし、ラブストーリーを希望します。欲するのは満面のエミ」

 無言の男子の左で、芝居がかった台詞が放たれた。スレンダーな女子が立ち上がって演技中。

 その左隣。面長の男子は表情を変えない。渋い雰囲気を放っている。

「体をIの字にしたのか。愛だけに」

「お、面白いですね。あはは」

 わたしと呼ばれた女子生徒は、右隣の男子の言葉に反応した。表情は引きつっている。

「無理しないでください。彼はいつもこの調子で、皆慣れていますから」

 左隣の男子が優しい言葉をかけた。

 その左には、柄の悪そうな男子。相変わらず椅子に足を乗せ続ける。

「こんな調子で決まらないから、わたしちゃん決めてくれ。かわいいから許される」

「まだ言うか! この、ケダモノ! にやにやするな」

 暴言を連発する男子の左隣の女子が、即座に言葉を発した。大声を出して気まずいのか、きょろきょろする。

「そうだね。それでいいんじゃない」

 男子は、隣の騒ぎに動揺せず、落ち着いていた。左側で悠然と構える。

「自分の意見を言わなくていいのか? まぁ、オレは反対しないけど」

 男勝りな女子が、隣の男子を見つめていた。

 その様子を部長が見守っている。

 会話は、円卓を一巡した。


「どんな話が好きなの? 気になるよネ」

「いきなり脱線してんじゃねぇぞ。チラチラ脚を見せやがって」

「やっぱり、誰でもいいのかよ! 不潔。黙れ、このサル」

「まあまあ~。落ち着きましょうよ~」

「心をつかんで離さない、ってな。話だけに」

「……」

「ファンシーな、かわいいのがいいと思ウ」

「俺にはきついぜ。熱血を所望するっ!」

「人肌恋しい季節。体温が高そうで、羨ましい限りです」

「何? 二人くっ付いちゃう? オレは構わない」

「僕は困るな。というか、そういう意味じゃないと思う」

「全否定ではないのね。意味深ですわ。そのフクミ」

「……早く決めてもらおう。日が暮れる」

 彫りの深い男子が意見を述べた。窓の外は、赤く染まっている。

 後ろを向いたわたしは、窓の外に見たことのない女子を見た。中等部の生徒だろうか。

「どうかしましたか?」

「いえ。分かりました。わたし、決めました」

 もさもさとした男子に見つめられた女子生徒は、赤く染まった顔を円卓の中心に向けた。


 わたしの提案がとおり、順番が決まった。

「ありがとう。助かりました。それで、頼みがあるのですが」

「はい?」

 左に座る男前は、真面目な顔をしていた。

「近くに寄ってもいいですか? 寒がりなので」

「だ、ダメですよ。誤解されますよ。それじゃ、わたしはこれで」

 席を立ち、扉の前まで歩く女子生徒。

 扉を開ける前に、振り返って口を開く。

「わたしが名前じゃなくて、名前、ネコです」

 開かれる扉。しっぽを上げて、女子はそそくさと立ち去っていった。

 白い毛の男前が、少しだけ渋い顔になる。

「フられちゃったネ」

 話しかけた小柄な女子は、人間基準で手乗りサイズ。机の上に乗っていた。

「え~? 恋の話あった~?」

 左に座るモノクロな女子は、体が大きい。椅子も専用の大きなものだった。

 主役は順番に巡ることになる。

 ネ・ウシ・トラ・ウ・タツ・ミ・ウマ・ヒツジ・サル・トリ・イヌ・イ。

 十二体の動物たちは、満足そうな表情で家路についた。

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