ショートショート B

多田七究

サムライ

 拙者は侍。

 夜の街に参上。刀の意思に従い、悪を斬る。

 いたるところに、灯りが溢れているではないか。せっかくの月が泣いておるわ。

 和の趣が感じられぬ建物ばかり。

 舗装された道。土の見える場所もなし。風が冷たい。

 致し方ござらん。

 現代において、着物とちょんまげを兼ね備える者は、ごくわずか。

 拙者は、師匠が息災なことを祈った。

「なんだ、キミは」

 むっ。拙者を呼ぶ声。ちょんまげが似合いそうな年配男性でござるな。

 かなり酔っているではないか。なげかわしい。

 白か黒か?

 迷ったときは刀に従え。師匠の教えでござる。

「よく、できているじゃないか。撮影かね?」

 拙者は年配男性に近付くのみ。

「な、なにをするー!」


 若者を斬る。中年男性を斬る。

 寒空に立ち尽くす拙者を、月だけが見ていた。

 とはいかぬ。

 灯りが多すぎて、風情も何もないでござる。そして緑は少ない始末。

 人に囲まれぬように、その場を去らねばならぬ。

 拙者は家路を急ぐ。

 一瞬で移動できる特殊能力がほしいでござる。


 拙者は、日の出より前に目覚めた。

 空気が乾燥しておる。体調には気を付けねばならぬ。

 布団をたたむ。寝間着から普段着に着替えて、厠へ。

 出たあとは軽く身体を動かすのが日課。

 いつものように、何の変哲もない和食を作り、食べる。食器を洗う。

 三十分ほど鍛錬をし、歯を磨く。

 すでに、外は明るくなっておる。

 外出準備よし。拙者は、和の趣がある自宅をあとにした。

 普段の拙者、いや、ぼくはただの一般人。

 洋服で普通の髪型。

 どこも怪しいところはないはず。誰にも気付かれてはいけない。

 ぼくが、侍だということに。

 宿場町までは少し遠い。

 高い建物のあいだを、冷たく鋭い風が吹き抜けていく。

 道行く人は、みな足早。

 何かに追われるがごとく行き交う。

 言葉が交わされることはない。寒いのは気温のせいだけではないはず。

 ぼくは街を歩く。

 昼の街で、多くの悪と出会った。

 まだ斬るわけにはいかない。いまはただの一般人だ。

「ちょっと、いいかな?」

 何奴!

 いや、誰かと思えば見回り中の巡査ではないか。拙者に不審なところはないはず。

 普通に応対して、納得してもらえた。

 学生と間違われるとは、鍛錬が足りない証拠。恥じねばならぬ。

 それにしても。

 警察がきちんと悪を成敗してくれれば、拙者が斬ることもないのだが。


「ぐわーっ!」

 月夜に響く奇声。崩れ落ちる悪。

 しかし風情はござらん。街は光に満ちておる。もはや何人斬ったか数えておらぬ。

 斬っても、斬っても、悪がはびこっておる。

 ぬ?

 憂いを湛える拙者を、若いおなごが見ておった。

 木の近くに立っている。気配を感じさせることなく。

 力が計り知れない。

 無用な衝突は避けねばならぬ。拙者は、かるくお辞儀をしたあと、走った。

 拙者は迷っているのか?

 迷ったときは刀に従え、という師匠の教えを思い出す。

 左様。

 拙者の刀は、人の心の悪を斬る。身体を斬りはしない。

 独りで世界を変えられるとは思っておらぬ。拙者にできることをするのみ。


「ひ、ひえぇー」

 聞こえてきたのは、悲鳴。

 何事かと近付く拙者。夜の街がざわついているように感じられる。

 人影が見えぬのに、妙でござるな。

 倒れている人の近くには、侍の姿が。友人になれそうでござる。

 否。

 全身からみなぎる殺気が、こちらに向いておる。

 相手の刀は、禍々しい負の力を放っているではないか。

 二人は戦う運命でござった。

「変身」

 拙者は姿を侍に変えた。着物にはちょんまげがよく似合う。

 鞘に手をかけ、オーラが形になった刀を握った。

 こやつ、できる。

 相対するふたつの刀。見た目は同じ銀色のはず。だが、相手の刀は黒く見える。

 二人の力が正反対という証。彼奴を野放しにしておくわけにはいかん。

 ここで必ず倒さねばならぬ。

 刀がぶつかり合う。鍔迫り合いをする暇もない。

 どちらも一歩も引かず、斬撃を放ち続ける。

 宙を舞う木の葉が地面に落ちた。

 相打ち覚悟。互いの刀が交差する。


 身体を起こす。

 人の気配が近付いてくる。

 相手はまだ倒れていた。この場は、闇へと消えるほかない。

 拙者は刀の意思に従う。人を悪に染める戦いに身を投じるのみ。

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